凱歌
未だ熱波の影響が色濃く残るコントロールルーム内にて。
ハルと繋げていた通信を切断し、今度は全バッテリールーム内へ繋げる。
神域側の勝利を祈り続けている同胞達へ向けて、妾は震える掌を固く強く握り締めつつ、全力で勝鬨を上げた!
「……きたぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!! やったやった、ハルがやりおった!! やったぞ皆の衆! 我等が救世主、我等が神王がやったぞ! 我々の勝利だぁーーーーッ!!!!」
『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!』
神域各地で爆発的な歓声が湧き起こる。なんと……なんという感慨深さ……! 神域がこれほどの大戦果を上げられる日が来ようとは……!
「おいクライア、何を黙りこくっておるのじゃ!? ハルが使命を果たしたのじゃぞ!!」
「ええい、耳元で叫ばずとも分かっている。少しは感傷に浸ったらどうだ」
「しみじみ感傷に浸っている場合か、冷静ぶりおって!! これは快挙じゃ!! もっと爆発させろ、感情を!!」
「余はしっとりと余韻に浸りたい」
「つまらん!!!!」
様相は異なれど歓喜の応酬を交わし合う。それもそのはず……遂に、遂にあの『ドゥーム』の一角を落としたのだから、無理もあるまい!
「……おいラランベリ、喜んでばかりいられないだろ。神域の大部分が焦土と化したんだ、完全修復には相当かかる。それにバッテリールーム内の奴らの具合は? 結局メルギアスを三発撃つことになっただろうが」
「先の歓声を聞いたじゃろう? 勿論問題ないとも、デザルーキ。全バッテリールームの生命反応は確認済み、深手を負った者は一体もおらん」
「ガルヴェライザが最も接近した第四ルームもか?」
「うむ。流石に神使達は多少の火傷も負ったが、重症者はゼロじゃ。そしてメルギアスの三発目についても同様。そもそも二発目を途中停止して輝力を温存出来た為、実質的には二発しか撃ってないのも同然……負担を抑えることに成功した。何れにせよ、ハルの現地到着があと一秒でも遅れていれば分からなかったじゃろうがな」
「……その分ハルが割りを食ったというわけか」
デザルーキは、円盤のような体を淡く発光させつつ静かに呟いた。
「……何が言いたい、デザルーキ」
「分かっちゃいたが、本当に全てを背負わせているなと」
「…………其方、ハルを憐れんでいるのか?」
「さぁ、どうかな」
「…………」
妾の質問を受け流すデザルーキと、沈黙を貫くクライア。まるで妾がハルを顧みない冷徹な合理主義者だと言わんばかりの目をしている。
非常に気に入らない。特にクライア。クライアが人権派ぶっているのは大変度し難い。
此奴ら、本当に妾に口出し出来る資格があると思っているのか……?
「ハルは、覚悟の上のはずじゃ。セラフィオス様を継ぐということ……“神王”になるとはそういうことじゃ。真なる覚悟を抱いて先頭に立つハルを憐れむ方が不敬であろうが」
「つい最近まで地球でぬくぬく暮らしていた人間だっただろ、あいつは。一体どれだけ追い詰めればこれほど……」
「やめろ。言い争いをしている暇があったらハルを……神王を出迎えに行くべきだ。余は行くぞ」
「出迎えは既にステラティアが行っておる。妾やデザルーキならまだしも、クライアが行ったら機嫌悪くしそうじゃし止めておけ」
「……全く、色々と難儀だな」
……何はともあれ、神域はこの一大決戦を勝利した。
『ドゥーム』の一角を落としたとて、狂界との戦いに終止符が打たれたわけではない……が、しかし。
それでも〈炎極〉のガルヴェライザを討ち倒した事実は、神域に明るい未来を予感させた。
***
ふらふらと地上に降り立った俺は、どちゃりと膝から崩れ落ちた。
大きく肩で息をしつつ、フォルテシアを杖代わりに何とか倒れ込むのを阻止する状態だ。かつてないほどの疲労感……これが『ドゥーム』の悪魔と戦うということか……。
しかし……勝った! 俺は、俺達は、間違いなく勝ち切ったんだ!
あとは犠牲者の有無……特に神使は心配だ。早く各地のバッテリールームを周り、無事を確認しなければ……。
「ハル様……! ハル様、ご無事ですか!」
「ん……あ、ステラティア卿」
「“卿”は要りませんよ!? 大変……記憶が混濁しているようです!」
いや、ついうっかり付けちゃっただけなんだけど……まぁいいや。わざわざ訂正するほどのことでもないし、そんな気力もない。
「ご、ごめんステラティア。悪いんだけど肩を貸してほしい。みんなの無事を確認しに行きたいんだ」
「肩は貸します。当然貸させていただきます。しかし皆の無事を確認するよりも、ハル様には優先すべきことがあるはずです」
毅然と言い放つステラティアに、俺は目をぱちくりとさせた。
「え……? いや、それ以外に優先することなんて、別に……」
「ハル様の回復、です」
「……はぁ?」
何を馬鹿なことを……と笑い飛ばそうとして、思わず口を噤んだ。ステラティアの瞳が確かな怒気を孕んでいたからだ。
「ハル様……もう少し御身を労ってください。ハル様より大切なモノなど私共には存在しません」
「……大袈裟だよ」
「いいえ、断言します。断言させてください」
参ったな、いつもクールな…………振り幅が激しくも基本的には柔和なステラティアに、こんな目をされてしまうなんて。
「本当はお疲れなのでしょう?」
「……うん、実は結構」
「結構どころではないでしょう。自分を顧みず、誰が見ても分かることを誤魔化すだなんて、本当に……セラフィオス様そっくりです。あの御方は最後まで治りませんでしたが、ハル様は治してくださいね、そういうところ」
ステラティアは俺に肩を貸すと同時にふわりと浮き上がり、そのままぐんぐん上昇していく。
なんか……懐かしいな、この感じ。何の力も無い人間だった頃を思い出す……。
「回復用のポッドは既に確保してあります。ハル様の為に、この私が、確保したのです……着いて来てくださいますね?」
「……分かった。世話かけてごめん」
「お世話になっているのは私共の方です……いえ、どうか今は何も考えず、ゆっくりお休みになってください。今のハル様に必要なのは、心からの休息と存じます……」
慈しむような美しい声を聞き入れながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた……。




