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神火明滅 〈聖戦〉

 殴られた箇所から生温かい血が流れ頬を伝う。神王になってから初めて自分の血を見た──俺の血って、まだ赤かったんだな……。

 自嘲気味に手の甲で拭った鮮血を見つめ、ゆったりと瞬きをしながら顔を上げた。


 まず、大前提として。

『ドゥーム』は悪魔の最高到達点である。

 最下層の“下級”から幾度も進化を重ねる悪魔という生物……その中から極々稀に現れる、極限まで力を高めた選ばれし存在のことを指す。


 ゾフィオス。

 ガルヴェライザ。

 エメラナクォーツ。

 そして……シャルミヌート。


『ドゥーム』の位階に立てたのは、この世でたった四体のみ。悪魔を超えた悪魔として君臨する彼女らは、他の生物とはまさしく一線を画す桁外れの実力者達。

 しかし一方で、元ゾフィオスであるセラが言うには「最高到達点故に進化の余地が乏しい」らしい。

 まぁ当然だ。限界まで力を極めたから『ドゥーム』なんだ。それより先は無い。あってはならない。


 で、あれば。

 目の前のアレは何だ……!?


「神王よ、これまでのようにはいかぬぞ……!」


 身長は二メートル強。縮んではいるがそれでもデカい。

 見るからに屈強で暴力的な肉体。一メートル程度の強靭な尻尾も揺らめいている。

 燃え盛る炎のような禍々しい鎧に身を包み、実際に燃え盛る炎を纏っている人型の龍……まさしく『龍人形態』と称するに相応しい姿で、『ドゥーム』ガルヴェライザは陽炎の中を佇んでいた。


「……お前、何だよその姿は」


 剣を握り直しつつ、俺は率直に問い掛ける。動揺してばかりじゃいられない、少しでいいから時間を稼いで頭を整理するんだ。いつも助言をくれていた相棒は、もうこの世のどこにもいない……全て自分で何とかしなければ。


「我は炎熱系の頂点に立つ悪魔だが、その本質は「殲滅」を司る悪魔……星を滅ぼし、生命を根絶することに関しては『ドゥーム』随一を誇る反面、直接的な戦闘はからっきしでな」

「……からっきし」


 思わず乾いた笑いが漏れた。何が可笑しいって、こんな化け物染みた強さの悪魔が皮肉や冗談の類いではなく本気でそう思っていることがハッキリ伝わってきたからだ。


「だが……今は違うぞ。この姿は、貴様を殺す為に……神域を確実に滅ぼす為に我が望んだ理想そのもの。もう遅れは取らぬ……!」


 膨張し、凝縮される規格外の魔力──神域を絶望の底に沈めんとする破滅の使者が、恐ろしく滑らかな挙動で戦闘態勢に入った。

 そして、めきりと大地が割れる音──来る!!


 身構えた瞬間には、既に紅蓮の魔拳が目と鼻の先に放たれていた。速いッ……!!

 しかし、俺も神王としての意地がある!


「ふっ──!」


 紙一重ではあるが、即座に反応して避け切ってみせた。耳元では空を切った拳が途轍もない音を轟かせる。まともに当たればただでは済まない、今度こそ頭蓋を砕かれるだろう。


「さすがは……! だが、しかしッッ!!」

「うおおおおおォォォッッッ!!!!」


 爆炎を撒き散らしながら繰り出される激烈なインファイトを、俺はフォルテシアを振るって真っ向から応戦した。


 ──なるほど、そういうことか!


 応戦時間、約二秒。その間に二〇〇を越える攻防を繰り広げることで、俺はこの悪魔の身に何が起きたかを概ね把握した。


 端的に言えば、これは「進化」ではない。

 ガルヴェライザの内包魔力量は“据え置き”だ。確かにスピードは増しているが、パワーはこれまで通り。攻撃範囲は人型になった分だけ狭まり、体を動かすだけで周囲を破壊するような真似は出来なくなっている。

 悪魔特有の「進化」というよりも、奴の言葉通りまさしく「形態変化」と呼ぶべきものであり、別に『ドゥーム』の枠組みを破壊したわけではなさそうだ。

 その点は杞憂に終わった、それは幸い……しかし、かと言ってこれは……!


「おおぉぉぉぉッッッッ!!!!」

「ぐっ……!」


 まずい、あまりに苛烈な攻撃によって専守防衛を強いられている……!

 俺がガルヴェライザに対し明確に勝っていた要素が「スピード」だ。元々膂力では劣っていたのにそこで並ばれた今、形勢は全く分からなくなった!


「よく凌ぐものだ、我が連撃を!」

「俺にも意地がある! 王としての意地が!」

「よく言う、即席の王が!」

「モノを言うのは時間じゃねぇ、覚悟だ!! そうだろう!?」


 爆炎を集約させた殴打や蹴りを超高速の斬撃で対処しつつ、俺も周囲で数多の水玉を生成しにかかる。全力で攻撃を凌ぐと同時にこんな真似が出来るのも俺が強くなった証だ。

 そして何より、()()()()()

 まだ俺は俺自身に限界を感じていない、完全な神王化はあくまでもスタートラインに過ぎないのだ。俺はまだまだ強くなれる……!


「飛べッ!!」


 ボンッッ!!!! という空気が張り裂ける音と共に全ての水玉からウォーターレーザーを発射する。生成から発射まで一秒にも満たない神速の水撃──剣戟の片手間で防げるほど甘くはねーぞ!!


「ごぼぁッッ……!?」


 一斉射撃を浴びたガルヴェライザが遥か彼方へ吹き飛んでいく。それでも稼げる時間は僅かだろう、全速力で輝力を練り上げろ……!


「今の内に……!」


 一際巨大な水玉を何発も空へ打ち上げて飛ばした。全ての水玉に、上空から継続的に水をばら撒くよう念を込めてある。つまりは特製の巨大スプリンクラーを神域各地に送り込んだわけだ。

 神域を覆うガルヴェライザの獄炎は、俺の水でなければ消火が難しいだろう。奴を殺したとて神域が焼き尽くされては意味がない……これは今後の未来の為に必要なリソースだ。


「『セラ=プラチナム』……!!」


 あらかた水玉を送り込んだ後、流麗かつ迅速に輝力を集約させて奥義を行使する。

 凄まじく洗練された神王剣を一瞥しつつ、肩の力を抜いて息を吐き出した。


 ……ふぅー……はぁ……常に纏わりつく強烈な熱波が、ここにきて妙に(こた)える。完全体神王の肉体を持ってしても、流石に消耗を隠し通せなくなってきたようだ。

 あの『ドゥーム』と本気の殺し合いを演じているのだ、もはや仕方のないことなのだろうが……だからこそ、早々にケリをつけるのが望ましい。

 そしてそれは、奴も同じこと……! 当たり前だが、形態が変わったからといってこれまで与えてきたダメージが無くなるわけじゃない。幾重にも及ぶ攻防を経た結果、俺はその事実を確信していた。奴の動きには多少のブレとラグがある。当初は確実に無かったものだ。

 無尽蔵に思えた奴の魔力にも、ようやく底が見えてきた……決着の時は近い!


「……よし、行く!」


 たった数秒のインターバルを終え、今一度気合を入れ直しつつ俺は飛び立った。神域各地の消火に充てた輝力の不足分は立ち回りでどうにかする。奴に比べて俺の方がダメージは少ない、多少輝力が不足しているからといって弱音なんて吐いていられないのだ。


「……ッ! このプレッシャーは……!」


 猛烈な速度で奴の元へ駆け付けていた最中、針の(むしろ)に突っ込んでいくような感覚に囚われて唇を結んだ。


「来やがったな、ガルヴェライザ……!」


 鬼気迫るほどの鋭利な魔力を纏わせながら、驚異的な速度で真っ直ぐ俺の方へ向かって来ていた。

 相当遠くまで飛ばしたはずだが、流石に復帰が速い。しかもあの雰囲気、俺と接近戦で殺り合う気だな……!? 遠方から炎弾を撃ちまくって再び神域を業火で塗り潰すことも出来ただろうに……何を置いてもまずは俺を殺したいってことかよ!


「貴様さえ殺せば全て終わりなのだ……!! 我が使命、誰にも阻ませぬッ!!」

「いいや、必ず阻止する!!」


 奴の両手足に煉獄の炎が灯る──先程と同じくインファイトを仕掛けてくるか? 今のフォルテシアは『プラチナム』を発動した状態だ、接近戦なら俺の方が有利……いける、仕掛けるぞ!


「おおおおォォォォォッッ!!!!」


 愛剣の柄を固く握り締め、勇猛果敢に斬りかかる。奴の強固な外殻も『プラチナム』ならば斬り裂ける、これは既に証明済みだ。奴の消耗度を鑑みれば、一太刀浴びせることさえできれば勝敗の天秤は大きく此方へ傾く! 冷静に、的確に、効果的に手数を増やしていけ! 


「猪口才ッッッ!!!!」


 決死の雄叫びを上げたガルヴェライザは、襲いかかる神王剣の悉くをひらりひらりと最小限の動きだけで回避する。

 なんという身のこなし……いや、異常なのは眼か!? どちらにせよ、追い詰められたことで凄まじいまでの集中力を発揮してやがる! 俺の神速の(つるぎ)を完全に見切るとは……!

 チィッ、それなら神水弾で牽制しつつ──


「ぬぅんッ!」

「うぐっ!?」


 不意に伸ばされた強靭な尻尾が左腕に巻き付く。しまった、尻尾の警戒を怠っていた……!



「砕け散れーーーーーーーッッッッ!!!!」



 魂の咆哮をそのまま大気に放出しつつ、全魔力を注ぎ込んだ豪炎の蹴りが迫る──回避は無理だ、輝力を集中させろ!!


 ──ズドンッッッッッッ!!!!!!


「かはっ……!!」


 胸部に渾身の蹴りが炸裂した。輝力障壁も神王衣もまるでお構い無し。心臓が止まるどころかそのままぶち抜かれるかと思うほどの絶大な衝撃が骨の髄まで伝播する。口から吐き出された大量の鮮血はマグマのように煮えたぎっていた。

 しかも腕を尻尾に捕まえられているせいで吹き飛ぶことも出来ない──このままじゃ一方的に嬲り殺される──血なんか吐いてる場合じゃねぇ、とっとと抗え! 

 お前は世界の救世主なんだろう!? 

 その為に生まれてきたんだろう!?


「あァッッ!!」


 焼け付くような熱い血を奥歯で噛み締め、右腕に巻き付く強靭な尻尾を力の限り叩っ斬る。


「グッ!?」


 火事場の馬鹿力なら俺だって負けない。厄介な尻尾を機能不全に持ち込むと同時に身体の自由を取り戻すことに成功する。

 悲鳴を必死に噛み潰して痛みを堪えるガルヴェライザに構わず、俺は血反吐を吐きながら一瞬で体勢を整えた。

 かと言って激痛も衝撃も碌に抜けきっていない……だが、それでも俺の身体は動くのだ。

 過去も、今も、この先の未来も。

 この身が背負うあらゆる希望を薪にして心を燃やす。勝利への推進力に変換する。

 止まるはずがない、動かないはずがない……!



「でやぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!」

「ぬぐっ……おおォォォォォォッッッ!!!!」



 互いに絶叫しながら、全てをかなぐり捨てる勢いでより一層熾烈な攻撃を放ち続ける。

 俺もガルヴェライザも必死だ、余裕なんてもうまるで残っちゃいない。心に蔓延る残火を懸命に焚き付けて、自らの威信と使命を胸に死闘を繰り広げる……!


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」


 ダメージが徐々に蓄積されていく。

 振るう腕が馬鹿みたいに重い。

 剣撃の精度が落ちていく。

 それらはもはや歯止めが効かない。


「……ッ!!」


 しかし一方で、消耗してゆく肉体と反比例するかのように研ぎ澄まされる集中力と殺意──互いの死力を尽くした攻防が、尚も神域全土を巻き込んで展開されていく……!


「ぜぇ、ぜぇ、はぁっ……!!」


 こいつ、やっぱ化け物だ……! その傷でまだ『プラチナム』と真っ向からやり合えるのか! 爆炎を極限まで圧縮させた拳とはいえ、つくづく……!

 だが、この焦燥は奴も同じはず……攻めろ、迷うな、攻め続けるんだ!!


「ぐうゥ……何という醜悪さか! 貴様がどれだけ足掻こうが、神域に未来など無いというのに……何故こうも見苦しいのだ!」

「お前が決めるな、俺達の未来を! 否定なんかさせない、お前にそんな権利はない!」

「愚か者! 我を否定する権利も貴様には無いわ!」

「ああ、どこまでいっても平行線だ!! だから殺し合ってんだろ!! これはそういう戦いなんだよ、ガルヴェライザ!!」


 下から上へ──全てを見抜いた的確な一振りを繰り出し、奴の拳をド派手にかち上げた。


「むぐっ!?」


 完璧な隙! 完璧な空白が生まれた! 

 今度こそ仕留める──俺の全てを、この一撃に懸ける!!!!



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」



 喉どころか魂を擦り潰すような叫び声と共に、奴の心臓目掛けて全身全霊の一突きを放つ……!!



 ギュイイイィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!



 耳を劈く甲高い音が断末魔のように木霊する。

 全てを込めた決死の一手──だがおかしい、手応えが硬すぎる!! 直撃していない、魔力障壁を張られているのか!? 一瞬と形容することさえ躊躇われるほどの僅かな時間で、これほど強固な代物を!?


「────、」


 視界の端で、奴の頭上で生成されている超圧縮炎弾を捉える。それが今にも放たれようかという様を視認する。

 全力の一撃を防がれた俺の硬直を見越した美しすぎるカウンター、完璧としか言えないタイミング。俺はアレを避けることも防ぐことも出来ないだろう。それほど見事なカウンターであることは火を見るよりも明らかだった。雌雄を決する為の極限的状況下において、奴の方が一枚上手だったと認めざるを得ない。


 脳裏に浮かぶのは敗北の二文字。自覚すると同時にこの世の全てがスローモーションに見え始める。死の間際、あまりに絶望的な状況が俺の体感時間を著しく緩慢にしているのだ。

 それに抗うかのように脳だけは擦り切れんばかりにフル回転しており、それがまた如実に俺の心を削っていた。

 これが俗に云う走馬灯現象……終わってしまう、このままでは本当に終わってしまうぞ……!!

 打開策を見つけ出さなければ──しかしどうする──何か無いのか──何か──!!!!


 藁をも掴む思いで様々なことを想起する。戦闘にまるで関係ないことすらも思い起こす。

 何かあるはずだ、何かあるはずだ、何かあるはずなんだ──!!!!




 ──擬似的な、自己再生……




 唐突に──しかし必然的に。

 記憶の中で、“彼女”の声と共にとある“音”が引っ張り出された。

 それは、深夜の俺の部屋。終わりと始まりが混在するあの夜に聴いた、俺と“彼女”を引き裂く水の音。




 ──ぱしゃっ




 無意識の内に仕舞い込んでいた事実。

 無意識の内に目を逸らしていた現実。

 しかし、しかしだ。

 あの時の“アレ”を意図的に起こせたのならば──まさしく全てが一変する!!



「終わりだッッ!!!!」



 ガルヴェライザの叫声で我に返る。緩やかだった世界が正常に動き始める。

 限界まで圧縮された業火の塊が超高速・超至近距離で放たれた。当初抱いた認識に変わりはない、これは避けることも防ぐことも叶わない必殺の一撃だ。

 それならば。

 俺に残された、たった一つの選択肢を。

 この手で掴み取るしかない──!!



「────何ッッッ!?!?」 



 狼狽。そう称するほかない声音が確かに俺の鼓膜を震わせた。

 極めて強力な炎弾は、間違いなく俺の顔面に直撃した。真っ当に現状を鑑みるのなら、奴は歓喜の声を上げることはあっても狼狽する必要は皆無と言っていい。

 そう──()()()()()()()


「馬鹿な……()()()()()()()()()()……!?」

「ああ、御名答!!」


 どぷどぷと独特な音を立てながら俺は力強く言葉を返した。爆散した顔面を身体から湧き上がる水で完璧に形成・再現しつつにやりと口角を上げる。


 そう──これこそが“彼女”の言う「擬似的な自己再生」であり、あの日俺自身が体験した驚異の御業……肉体の「水化」。

 この状態で攻撃を受け肉体を損失したとしても、無事な部位があれば水を生成して損失部を模り、再現することで元通りにする……まさに擬似的な自己再生、形勢逆転を秘めた驚異的能力だ。

 ぶっつけ本番だったが、これこそ俺が選び、掴み取った結果……!!


「ふざけるなッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 魔力を持たぬ貴様が、何故!!」

「知るかそんなこと! 俺は月野葉瑠だ!」


 理不尽な怒号に怒号で返す。出来た理由など今はどうでもいい、それが結果だ。そして今俺に求められている最大の結果はコイツを殺すこと……!

 その為に、今ッ!!


「おおォッッ!!!!」


 声を振り絞ると同時に宙を蹴り上げ、ガルヴェライザの頭上へ回り込んだ。

 しかし流石と言うべきか、奴は一瞬にして自身の頭上に魔力障壁を生成する。轟々と燃え盛る炎を纏ったおまけ付きだ。

 だがそれも関係ない、同じ手は食わない!

 魔力障壁など一切お構いなし、俺は瞬時に巨大な水玉を生成してガルヴェライザを丸ごと呑み込んだ。


「ごぼぼっ……!?!?」


 急ピッチで頭上にのみ創られた魔力障壁など、所詮は局所的なものだ。凄まじい硬度を誇るダイヤモンドでも激流に呑まれれば単なる石ころに過ぎないのと同じく、どれだけ強固であろうとも大局的規模の力には対応出来ない。


「捕えたぞ!!」


 ガルヴェライザを取り込んだまま、巨大水球を一滴残らず宙へ留め続ける。更に、奴の身体を捩じ切るように凄まじい速度で渦巻かせて動きを阻害した。

 まさに水の監獄……とはいえ奴が魔力を解放すれば、こんなの容易く吹き飛ばされてしまうだろう。

 だがそれでいい、コンマ一秒あれば充分! 


「グゥゥゥゥオオオオォォォォォーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」


 憤懣(ふんまん)を爆発させるように魔力を解放するガルヴェライザ──この隙を逃さない、確実に捉えた!!

 決めろ……ここで全てを出し尽くせ!!!!



 ──なぁ、セラ



 剣を構える最中(さなか)、在りし日の会話が脳内で湧き上がる。それはまだ、魂を融け合わせた無二の相棒が居た頃の、そう遠くはない日常の一欠片。



 ──お前の奥義ってさぁ、なんで全部自分の名前が入ってんの?



 それはさしたる考えも無く発した、単なる興味本位の質問だった。



 ──そんなの、決まっておるじゃろう



 けれど、彼女から返ってきた答えは、あまりに真摯なもので。



 ──「自分こそが神王」だという啓示、矜持、覚悟。その顕れじゃよ



 ……俺はあの時、あの言葉を聞いて何を思っていたのだろう? 正直あまり覚えていない、つまり俺にとっては本当にただの日常会話に過ぎなかったんだ。

 だが今は違う。今なら、あの時セラがどんな想いでその言葉を紡いだのか、手に取るように分かる。

 ──だから、俺は!!




「『()()()()()()()()()』ッッッ!!!!!!」




 冠絶した光と共に神王剣が花開く。

 従来の白金色に加え、透き通るような瑠璃色も混じり合った究極の光の束は、討ち滅ぼすべき炎龍へ愚直なまでに突き進んでいく……!

 偉大なるセラフィオスの奥義に、自らの名を加え入れる──これが俺の覚悟! 王の矜持を胸に、今ここに啓示する!!

 『月野葉瑠(ツキノハル)』──救世を成す者の名を、今、ここで!!!!


「ヌゥッ!」


 予想通り、ガルヴェライザは一瞬にして水の監獄を吹き飛ばした。しかし、回避或いは防衛に要するコンマ数秒の極僅かな空白に。

 最大最強の新たなる光が、奴の身体を余すことなく包み込む……!!



「グゴガアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッ!!!!!!」



 さらなる強化を果たした『フォース』をモロに受け、絶叫と称するのすら憚られるほどの声で世界を震撼させる。

 耐え切れるはずがない……!! もういいだろ、もう充分暴れただろう!!

 お前は、ここで、何としても!!!!



「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!!」



 振り絞る。

 声を。

 輝力を。

 これまで培ってきた全ての想いを……!!



「グァッ、ゴッ……オオオオオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」



 地鳴りのような呻き声──光の束の中でガルヴェライザの肉体が遂に綻び、崩れ始めるのを目視で確認する。

 だが絶対に緩めるな、ブラルマンのように新能力を会得しないとも限らない! その為に『フォース』を選んだんだ、塵すら残してなるものか!! 


「はあぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!」

「ヌグオォォォッ……こ、このガルヴェライザがッ……『ドゥーム』が神に滅ぼされるなど……あっては、ならない……あっては、ならないのだ……ッッ!!!!」

「お前に最期の言葉をくれてやる!! お前に俺は殺せないが、俺はお前を殺せる!! これが結果だ!!!!」

「ふざっ……けるな……ッッ!! 我はまだッ、王に託された、使命を……全う、していない……!!」

「当たり前だろそんなこと!! 互いの使命を挫く戦いで! お前の使命が果たされてたまるか!! 此処から!! 俺達の前から、今すぐに──消え失せろォッ!!!!」

「グッ……オォ……オォォォッ……!!」



 そして。

 極光か、或いは彗星か。

 形容し難いほど美しい光に包まれたその悪魔は。




「グギャアアアアアアアアアァァァァァアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!」




 凄絶な断末魔と共に、塵すら残さぬ完全消滅へと至った──!


「っ!」


 完全消滅を見届けた瞬間に『フォース』の光を収束させた。

 そして、幾許かの静寂が訪れる。本来此処に有るべき静かさを噛み締めるように、俺は数秒の間黙りこくった。



「…………ふぅぅ」



 ……終わった……ようやく、終わったんだ……。

 目下最大の脅威であった『ドゥーム』の一角・ガルヴェライザを遂に討ち倒した……とはいえ、達成感と疲労感は五分五分といったところか。

 歓喜の余韻に浸りたいところだが、マジで本当に疲れてしまった……肉体的にも、精神的にも……。

 とにかく、ラランベリ様と連絡をとろう……。



 ……えっ?



 少し視線を下へずらし、絶句する。


 ……火の玉だ。極めて強力な魔力を帯びた火の玉が、神域の大地へ現在進行形で落下している。


 どくん、と鼓動が加速する。

 死の間際、ガルヴェライザが放った置き土産か……いつの間に!? 俺が居たのは確かに超高高度の空中だが、決して気付けない距離じゃない!! 何故気付けなかった!? 

 くそっ、あんなものが落ちては洒落にならない! 

 今から動いて間に合うか、どう処理する、とにかく早急に輝力を掻き集めて──!!



『ハル、少し眩しいぞ』



 突如聴こえた声に、ハッと息を呑む。

 そしてその直後、遥か彼方より超絶的な輝力を感知した──これは、まさしく……!



『後処理は部下の仕事じゃ、我等が神王様よ』



 最終撃滅輝力砲『メルギアス』──圧倒的な威力を誇る光線が糸を引くように此方へ突き進み、今にも大地に触れようかという火の玉を瞬時に呑み込み消し飛ばした。音も立てず、完璧に。


「………っふぅ……」


 災禍の火種が完全に消えたのを見届けた俺は、宙で崩れ落ちんばかりに全身の力を抜いた。そんな俺の様子を映像で観ているのか、ラランベリ様は大変に晴れやかな声で、


『お疲れ様だったな、ハル──ありがとう』


 最大限の敬意を込めた、労いの言葉を贈ってくれるのだった。

 ……あぁ、今度こそ、本当に。



「…………終わったよ、セラ」



 俺自身が降らせた冷たい雨の中。

 弛緩しきった表情を浮かべ、天を仰いで呟いて。

 もういない相棒に向けて、勝利の報告を告げるのであった。



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