神火明滅 〈開花〉
「……っと」
吹き飛ばしたガルヴェライザを追いかけて来た俺は、やがて聖ベルフィリア庭園に着地する。
様式は違えど一貫して美しい景観を誇っていた庭園は、見るも無惨な地獄絵図と化していた。
その元凶である炎の化身は、俺の眼前で業火を放ちながら魔力を練り上げている……!
「貴様が邪魔だ」
自らを中心に爆炎の渦を巻き上げながら、ガルヴェライザは荘厳な声を吐き出した。
「我が王の崇高なる意志の元、貴様の命を否定する」
「……崇高だって? 笑わせるなよガルヴェライザ。彼に大義なんて無いだろう」
「ハッ、浅い。浅過ぎる。やはり所詮は容れ物か」
「いいよ、聞いてやる」
「王の存在そのものが崇高なのだ。あの御方はこの世で唯一の完全生命体……矮小な貴様目線の大義など元より不要だ」
「なるほど──聞いて損した」
全身から輝力を噴き上げると同時にフォルテシアを全開状態にし、そのまま突貫していく。
この巨体で俺と近接戦闘を演じるのは難しいはずだ……懐にさえ入れば俺が絶対的優位に立つ!
「ガアッッ!!」
俺が突っ込んだ瞬間、奴の肉体から堰を切ったかのように爆熱波動が解き放たれた。全身を輝力でガードしていてもなお完璧には防ぎきれないほどの、常軌を逸した高熱……! しかし今の俺なら耐えられる、このまま突っ込め!
「はっ!!」
白金色の閃光を纏う純白の剣を、禍々しい胸部めがけて横薙ぎに振り抜いた。だが間一髪のタイミングで高速のバックステップを繰り出されて回避を許す。
決して鈍間と侮っていたわけではない、なんて反射速度だ! 分かっちゃいたが、ブラルマンとは全くレベルが違う!
「愚か也ッ!」
俺が剣を振り抜いた直後には、既に奴の周囲に無数の炎弾が生成されていた。そして生成とほぼ同時という隙の無さで、俺の逃げ場を塗り潰すかのような火柱が一斉に放たれる。
超近距離かつ大出力の攻撃──あっ、これはちょっと無理だ!!
ボォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!!
回避は叶わず、視界を完全に埋め尽くす業火が直撃した。
炎焼と爆発が何重にも織り重ねられた苛烈な衝撃が全身に伝播する。ともすれば攻撃の規模感が掴めないほどの凄絶な威力だ。
それでもその場で踏ん張り続けられるのは完全神王化の賜物だろう。手痛いダメージには違いないが、黒焦げになったり肉体がドロドロに融解したりなんて事はない。
くっ……しかし長ぇな、もう数秒間放出し続けてやがる! 撃ち切りだと思ったが甘かった、無理矢理にでも脱出しなければ……!
「ぐぅ……おおおぉぉぉぉっっ!!!!」
烈火の渦中にて、俺は気力を振り絞って剣を構える。対象の位置を捕捉──よし、当たる!
「『セラ=フォース』!」
「甘いッ!」
巨大な光剣が爆炎の壁を突き破ったはいいが、肝心のガルヴェライザには躱されてしまう。
くそっ、流石に読まれていたか……だが業火の牢獄からは抜け出せた、身体の自由が利くなら何とでもなる!
「灼け墜ちろッ!」
「やなこった!」
爆熱波動はデフォルトで放ちつつ、降り頻る無数の炎弾と共に強大な魔力を帯びた両翼を振り翳し俺を追い立てるも、今回はその悉くを避けきってみせた。まともに動ける状況下であれば、今の俺に避けられない道理など無い。
「お返しだ、ガルヴェライザ」
俺は左腕で純白のマントをはためかせると同時に、背後で無数の水玉を生成する。
さぁ、まずは炎弾全てを対処しよう。そして隙を見て本体に強烈な一発を叩き込む。リソースはいくらでもあるんだ、お前が満足いくまで撃ち合ってやるよ。
「はぁっ!!!!」
全てを焼き尽くす為に降り注ぐ炎弾の雨を、極限まで澄み切った神水の嵐でもって真っ向から勝負を仕掛ける。
「舐めるなァ、容れ物ォォォッ!!!!」
一発一発、互いに明確な殺意を込めた攻撃の応酬は熾烈を極めた。
ベルフィリア庭園どころか、その何百倍も広大な領域を舞台に繰り広げられる水炎の狂躁は、天災すら通り越して世界の終末すら想起させる。
「グオァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
「……ッッ!!」
強い……!! これがガルヴェライザ! “ゾフィオス”を加え入れた『ドゥーム』四体の中でも、随一の殲滅力を誇るという悪魔の真髄か!
だが、しかし。そのガルヴェライザ相手に一歩も引かず戦えている時点で、俺は奴に並び立てていることになる!
──いや、並んだだけじゃダメだ! 俺は“ゾフィオス”を超える者としてガルヴェライザを殺す! 俺がコイツを殺すことで得られる証明が、少なくとも二つある!
一つはセラの生まれた意味! もう一つは俺の生まれた意味だ!
「──っ!」
視界の端々まで水と炎で埋め尽くされる三次元的攻防において、ついに極僅かな隙が奴に生まれた。
以前の俺では到底突けるものではない、だが今の俺なら突ける!! ここを逃すな!!
「『セラ=プラチナム』ッッ!!!!」
膨大な輝力を極限まで剣身に凝縮し、局地的ながら圧倒的な威力を発揮する奥義──目指すは短期決戦、一気にケリを着ける!
猛烈な勢いで肉薄する俺に対し、ガルヴェライザは「見えているぞ」と言わんばかりの眼差しで即座に周囲の炎弾を俺に差し向けた。
襲い来る巨大炎弾、数にして十五!
甘く見られたもんだ、この程度の火の玉で!
身体の内側、完全融合を果たした魂を炉として超高速で輝力を練り上げ、限界ギリギリの加速を果たす。 炎弾の威力がどれほど凄まじかろうと、当たらなければ意味は無い。そしてよしんば避けきれない位置に差し向けられたとしても、この『プラチナム』であれば……!
「おおォッッッ!!!!」
しつこく追尾してきた炎弾二つを、加速しつつ一太刀で斬り捨てる。その勢力を保ったまま、ついにガルヴェライザの懐に入り込み──渾身の力でもって横一閃に振り抜いた!
「グッッ……!?」
手応え有り……!
煌々と輝く神王剣は恐ろしく堅牢な外殻を斬り裂き、奴の皮膚に深々と裂傷を刻み込んだ。
当然だが、『プラチナム』の威力も劇的に向上している。ただでさえ強力だった技が更に強化されているとあれば、『ドゥーム』にだって通用する!
「グヌゥ……オオォォッッ!!!!」
「チィッ!!」
更に追撃を加えようしたところで、ガルヴェライザは両翼を身体に纏わせ、ドリルのように回転しながら一瞬にして剣が届かない距離まで退避してしまった。
何だ今の挙動は……!? デタラメな動きをしやがって!
だが『プラチナム』はまだ解除されていない、ここは一気呵成に畳み掛ける……!
しかし俺の殺意に呼応してか、光に集う羽虫の如く周囲の炎弾が吸い寄せられてくる。くそっ、追撃が阻まれる……! 避けるにしろ斬り払うにしろ、もうフォルテシアの刃は奴に届かない!
それでも!
「おおぉっ!!」
正確無比な剣捌きで炎弾を処理する傍ら、俺は俺で周囲の神水弾を掻き集めて凝縮させ、一瞬にして巨大な水の剣を作り出した。
強化されたのは奥義だけじゃない、俺の根幹たる水の能力で目にものを見せてやる!
「狙い撃つ……!」
即席ながら強大な威力を誇る水剣を宙で弓矢のように引き絞り、高速で旋回しているガルヴェライザの巨体に狙いを定める。
これほど絶大な輝力の塊に当然奴も勘付いている。すぐさま回避を試みるが、俺がそれを許さない。即座に周囲の神水弾をぶち当てて無理矢理押し戻す。
逃がさない……何としてでも墜とす!
「はぁっっ!!!!」
会心のタイミングで神水剣を射出させた。空間を穿つような速度で放たれた剣の尖端が、縦横無尽に動き回る標的を確かに捉えた……!
「グアァァァァァァァァーーーーッッ!!!!」
耳を劈くようなガルヴェライザの絶叫が、天より地へと流れてゆく。
どれだけ翼をはためかそうと無駄だ……墜ちろ、ガルヴェライザ!
ドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーンッッッッッッ!!!!!!!!
超高高度から放った俺の一撃は、ガルヴェライザ諸共地表に突き刺さり神域全体を震わせた。
着刺の瞬間、神水剣はまるで花が咲き誇るように美しくも激しい水飛沫となって巨大なクレーターを生成する。
「ガッ……ハァッ……!」
荒れ狂う水の華の中心にて、ガルヴェライザはかつてない苦悶の声を漏らしていた。これまでに蓄積したダメージがようやく表面に現れたのだろう。
俺が与えたダメージだけじゃない。ラランベリ様やパルシド卿を筆頭とした神域の総力を結集した抗戦が、ついに実を結んだ……!
いよいよトドメを刺そうと、俺は再び『プラチナム』を発動した状態で超高高度から急降下していく。
確実に息の根を止める為、首と胴を斬り離す。クレーターで伸びている今が、最初で最後の絶好機かもしれない!
──そして、到達する
剣を振るうに最適な位置。
剣を構え、振りかぶる。
魔力障壁が生成される気配もない、どのような挙動で動かれようと、こいつの巨体じゃこの刃は絶対に躱せない──!
「おおおおォォォッッッ!!!!」
雄叫びを上げながら全身全霊で剣を横一文字に振り抜き──煌めく剣は虚空を切っていた
……なんだ!? 消えた!? 消滅した!? 馬鹿な、攻撃が届く前だぞ、一体何処へ……!
「ごっ……!?!?!?」
突如として側頭部に流星のような“拳”がめり込み、俺は真横へ大きく吹き飛ばされた。
拳──そう、拳だ。今のは間違いなく拳による殴打だった。
つまり、これは……ッッ!!
「──撤回しよう、貴様は強い」
聴き覚えのある荘厳な声色。それは紛れもなく、先程俺が居た地点からのもので。
拳による殴打を受けた以上、目の前のアレは幻覚などではないと認めざるを得なかった。
「貴様ほどの強者を相手にした一対一の戦闘において、巨龍形態のままでは分が悪い──よって」
紅蓮の炎を纏った人型の龍は燃え盛る拳を突き出し、威風堂々たる様相で言葉を紡ぐ。
「我が新たなる姿……この『龍人形態』にて、貴様を荼毘に付す」
悪魔としての極致。
悪魔としての限界。
その領域に立つはずの『ドゥーム』が、新たな境地に至った瞬間であった──




