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神火明滅 〈同位〉

 時は少し遡り。

 創神樹ゴルフィオンの麓にて、俺はようやく目を覚ました。


「ツッキーっ!!」

「むぐ」


 瞼を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは涙を潤ませた月ちゃんの顔だった。俺が何か喋る前に、むぎゅっと勢いよく顔を抱き締められてしまう。


「つ、月ちゃん……?」


 困惑気味に、胸に埋もれてくぐもった声で名前を呼ぶと、


「心配したよ、ツッキー……!」


 月ちゃんは心の底から安心した声を漏らしていた。声も身体も、ぶるぶると震えていた。

 喜んでくれている……のは間違いないが、それだけではない。その震えには、幾許かの恐怖も確かに混じっていた。

 俺は申し訳なさと、俺の目が覚めるまで彼女がずっとそばに居てくれたという事実、そして何より神域の悲惨な現状までもを把握して月ちゃんを抱き返した。


「ごめん、心配かけた」

「いいんだよ、ちゃんと目覚めてくれたんだから……! それとツッキー、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

「分かってる、ガルヴェライザが来てるんだな」

「……! う、うん、そうなの……」


 豊かな胸からそっと顔を離し、表情を窺ってみると、月ちゃんはほとんど泣きべそをかいている状態だった。余程不安だったのだろうと心が締め付けられる。

 どうにかそれを払拭したくて、俺は彼女の琥珀色の瞳を覗き込むように見据え、にこりと明るく笑ってみせた。


「すぐに向かう。月ちゃんは此処にいてくれ。絶対に近付けさせないから」

「わ、分かった……」

「もう大丈夫だ。奴は何が何でも倒す。それが俺の役目だからな」

「う、うん……」


 月ちゃんが緩慢ながらも頷いたのを確認し、柔らかな緑髪を撫でて身体を離す。

 踵を返して一歩踏み出すと同時に神王衣を纏い、純白のマントを払って靡かせた。


 さぁ、セラと完全融合した力を今こそ発揮する時だ。


 幾星霜に渡るセラの生涯、その終着点が俺であれば。

 セラの言葉を借りるならば、彼女は俺の為に生まれてきた。そして裏を返せば、セラの意志と願いを結実させる為に生まれてきたのが俺ということになる。

 残った俺は、必ず役目を果たさねばならない。何が何でもガルヴェライザを討ち倒すのだ。



「葉瑠っ!!」



 背後から普段とは異なる呼び方で名前を呼ばれ、思わず足を止めて振り返る。

 俺にとっては、いつだって頼り甲斐のある先輩だった女の子は。

 ぎゅうっと、祈りを捧げるように両手を組んで、絞り出すように言葉を紡いだ。


「どうか、あなたに幸福が訪れますように……」

「………………?」


 予想外の言葉が放たれて、俺は目を瞬かせた。

 いや、言葉というよりは祈りか。どちらにせよ、発言の意味がよく分からなかった。まるで頭に靄がかかったみたいだ。

 別に突拍子もないことを言われたわけじゃない、それくらいは分かる。なのに「意味」が分からないのは……いや、今はよそう。

「意味」は分からないが、月ちゃんが求めている言葉は察せる。それを口にしてやり過ごそう。


「ありがとう、元気出た。いってきます、月ちゃん」

「……いってらっしゃい、ツッキー」


 ……迷いは捨てろ、今は不要だ。

 中途半端な気持ちのままで通用する相手じゃない。

 俺が今から戦うのは……たった一体で神域を滅亡させられる存在なのだから。




        ***




「──ふぅ」


 『フォース』を解除した俺は神王剣を握り直し、地表の遥か下方へと沈んだ炎龍を睥睨する。


 アレが『ドゥーム』の一角・〈炎極〉のガルヴェライザ……事前に予想していたより、随分と凶悪な力の持ち主だ。

 成程、確かにあんな化け物が襲撃してきては神域が敵う道理はない──これまでは、だが。


『ハル! よく来てくれた……!』


 前々から持たされていたインカム型の神器から、心底ホッとしたラランベリ様の声が聴こえてくる。

 ここまで耐えてくれた感謝と謝罪の気持ちを事細かく伝えたいところだが、状況が状況だ。ここはぐっと堪え、己の責務を全うしなければ。


「遅れてすみませんでした。それとラランベリ様、すぐにメルギアスの放射を停止してください。輝力を温存し、次の放射に備えましょう」

『それだと強制的に砲身冷却が……』

「構いません。冷却時間は、俺が稼ぎます」


 虚空に向けて告げた瞬間、全開速度でガルヴェライザ目指して降下していく。そして、通り過ぎる際に大穴の断面を注視した。

 融解している……信じ難いが、規格外の強度を誇る神域の大地を炎弾か何かで溶かしたのか。それも、地下のバッテリールームに通じるほどの距離を。

 メルギアスの大規模光線のどさくさに紛れて、こんなテクニカルな真似まで出来るとは……流石『ドゥーム』の一角、魔力の扱いも超一流だ。

 にしても、咄嗟の緊急措置だったから仕方ないとはいえ、上から下へ攻撃するしかなかったからな……早くガルヴェライザを地上へかち上げなければ、バッテリールーム内の仲間が危険に……ん?



「貴様──神王の器だなッッ!!」



 こりゃあ良い、わざわざ俺が向かうまでもなかった。奴の方から御出ましとはな。


「初めまして。行く手間が省けたよ、ガルヴェライザ」


 至近距離で見ると一層凶悪な風貌だ……だが、当然見てくれだけで怯むほど愚かじゃない。

 今の俺は全てを背負っている。背負わされているのではない、自分の意志で背負っている。

 たとえどれだけ強大な敵が立ち塞がろうとも、恐怖に足が竦んで動けなくなるなんて愚行はありえない。

 神王・月野葉瑠とはそういう存在でなくてはならない……!


「フン、力は本物のようだな。貴様のような小僧がゾフィオス……いや、セラフィオスの器とは」

「不服か?」

「「セラフィオス」はともかく、「ゾフィオス」は我等『ドゥーム』の一角を為していた存在だぞ。我等と同位の悪魔ということだ。貴様がそこに並び立てたつもりでいるのなら、それは……」

「最初に言っておく。悪いが「撃退」の線はないぞ」

「……何?」

「お前は「殺す」。神域の総力をもって、今日ここで確実に殺す」

「──戯言を抜かすな、容れ物風情が!」


 急激に高まる魔力濃度に呼応するかの如く、その巨躯は莫大な妖光に包まれていく。

 こんな中途半端な場所で全開の炎を出されちゃ堪らない、バッテリールームの皆がただでは済まないじゃないか。


「挑発しておいてなんだが、そう逸るな。地上で思う存分相手をしてやるよ」

「黙れ小僧! どの道神域は今日滅ぶ! 貴様も、雑魚共も、この神域全てがだ! 地上も地下も関係ない、全て焼き尽くしてやろう!」

「ならいいさ。無理矢理連行させてもらう」


「──ぬっ!?」


 余りに緩慢──舐めるなよ、『ドゥーム』!


「『セラ=フォース』」

「ヌグゥゥゥゥッ!!!?!?!?!?」


 瞬時にガルヴェライザの背後に回り込んだ俺は、がら空きの後背部へ巨大光剣を叩き込んで上部の大穴──地上へとかち上げた。すぐさま追撃できるよう、俺自身も猛スピードで上昇していく。


「グ、オォ……!」


 打ち上げられ回転しながら宙を舞う巨体に追いつき、見据え、流れるように剣を構える。


「後退しろ──ここから先へは行かせない!」


 心の内側から湧き上がってくる力を、幾千もの恒星が如き煌めきに変換し、



「『セラ=フォース』」

「グガァァァァァァァァァァッ!?!?」



 ただ一点目掛けて解き放つ……!


「ガッ……アァァァ……!!」


 ガルヴェライザは魔力障壁の生成を間に合わせられず、俺の目論見通り『フォース』の直撃を受けてミサイルのように吹き飛んでいった。


 ──分かる。誰に言われずとも魂が理解している。今撃った『フォース』の威力も含め、あらゆる点が比較にならないほど強化されている。

 加えて、一分にも満たない間に『フォース』を三発放っても、俺の輝力は余力充分。ほぼ影響がないと言っていい。

 これが完全体……悪魔王が何としてでも成らせたがっていた意味を、俺は身を持って体感していた。

 だが同時に、『ドゥーム』の悪魔に対する驚嘆にも似た感情はまるで払拭されなかった。


「……短期決戦が理想なんだけどな」


 現実として、超強化された『フォース』を三度直撃させても致命傷になり得ていない……自らが奴と渡り合えるほど強くなったからこそ、相手の強さも正しく測れてしまう。確かに、完全体以前の俺では十中八九手も足も出なかっただろう。

 臆さず、驕らず、死力を尽くさねば勝てない相手だ……!




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