【急】 Advent
崩壊と融解が円転する。
爆炎と共に撒き散らされるは、恬淡とした絶望。
『神器最大展開!』
『おおおぉぉぉぉぉッッ!!!!』
デザルーキの神器『光曲光』が、空間に七つのリフレクションシールドを生成する。
そのシールドに向けて撃ち放たれたクライアの十燐砲が、通常ではあり得ない屈折を見せてガルヴェライザに襲いかかるも、奴が纏う爆炎に阻まれている間に悠々と躱されてしまう。
……躱されて? いや違う、奴はただ進んでいるだけだ。知略を要さない単純明快な進撃を止めることが叶わず、妾は震える拳を一層固く握り締めた。
「う、うぅ……」
「ラランベリ様、気温が……」
「このコントロールルームも、もはや安全圏ではなくなったか……」
ガルヴェライザの位置自体はまだ遥か遠く……それでも常軌を逸した凄絶な熱波によって、既に神使達では耐え切れぬ温度にまで上昇していた。
まずい、このままでは全滅する……!
「其方らは第四バッテリールームへ移動せよ。あとの制御は妾が引き受ける」
「しかし、私達は神使です。ラランベリ様を残しておめおめ逃げるなど……」
「つべこべ言うな、早く移動しろ。神使であれば神に従え、これは命令じゃぞ」
「…………承知いたしました」
各地点に散らばるバッテリールームは、いずれも地下深くにある。少なくとも此処に居続けるよりは安全じゃろう。
渋る神使達を無理矢理逃がし、一人残った妾はメインモニターを凝視しつつ大きく息を吐き出した。
クライアとデザルーキの二体は、まさしく神域のゴールデンコンビと称すべき組み合わせである。
十燐砲という強力な攻撃手段を持つクライアと、実体のない攻撃を任意で反射する性質及び神器を持つデザルーキ。この二体が組み合わされば直線的にしか放てぬ光線にも数多のバリエーションが生まれることとなる。
地球でもこのコンビで厄介な大悪魔を討伐したというのだから、実力的にも実績的にも申し分ない。二体ともステラティアの「膜」を付与されているから、魔力を帯びた高熱にも耐久することが出来ているし、現状最善の一手とも思える。
じゃが……。
「奴には通用しない、か」
クライアは、高速で移動するガルヴェライザを肉眼で捉えられる距離にまで詰め寄り、デザルーキと共同でギリギリの戦いを仕掛けていた。
しかし光線が悉く当たらない。奴はあらゆる方向からの砲撃をものともせず、ただひたすらに進み続ける。
『こちらクライア! フルバーストを連射し過ぎた、一時輝力の回復に専念する!』
「…‥了解!」
現状メインアタッカーであったクライアが離脱するとなると、もはや……。
『おれもクライアと一緒に退く。単独じゃ炙られ続けるだけだ、ステラティア卿もとっくに退避しているしな』
「ああ。追撃に気を付けろ、デザルーキ」
突如前線への急行を強いられるも、しっかりと自分の役目を果たしてくれたデザルーキに言葉をかける。
何にせよ、これで前線部隊は離散した。とはいえ、一時撤退という判断は至極真っ当じゃ。
特に、クライアとステラティアの二人は相当無理をしている。クライアは言わずもがな、一見涼しい顔をしていたステラティアも輝力の減少が著しい。
彼女の「膜」は素晴らしい性能じゃが、その分輝力の消耗も激しい。本来自らにしか使わない術だけに、他者への使用かつ短時間での連続使用はかなり堪えたのじゃろう。クライアとデザルーキをコーティングして即退散したのがその証拠じゃ。
もうすぐパルシドの回復が終わる頃じゃが、前線に出るならステラティアの「膜」は必須条件。つまり……、
「……瓦解したか」
こちらに残された手は、もはやメルギアスのみ。それも第一射に比べ、僅かとはいえ確実に威力が劣る。間違いなく防がれるじゃろう。
それでも撃たねばならない。撃たねば到達される。たとえ、それが早いか遅いかの違いでしかないとしても。
「……ふぅー」
メインモニターに映るガルヴェライザを見つめた。
残存魔力、未だ未知数。常時強大な魔力を放出し続けているというのに、まったく信じられん。これほどの化け物を妾は見た事がない。全盛期のセラフィオス様でさえ、ここまでイカれてはいなかった。
「エネルギーチャージ……完了」
誰に聴かせるでもなく独りごちる。
メルギアス第二射の準備は整った。これを撃てばいよいよ此方には……。
「……ん?」
思わずコンソールを操作する手が止まる。
唖然とした。高速移動を続けていたガルヴェライザが、どういうわけか空中で急停止したのである。
『聞こえているのだろう、神域の司令官よ』
重厚感溢れる声で、ガルヴェライザは確かに妾に向けて言葉を発した。
ここに来てメッセージじゃと……何のつもりじゃ。
『神王の器はどうした? 何故一向に出てこない。このままでは神域は滅亡するぞ』
……ハルを待っての急停止か?
「……聞こえるか、ガルヴェライザ。妾の名はラランベリ、本作戦の指揮官を務めている」
『貴様の名など興味は無い。我の使命は貴様ら神域の者共を絶滅させる事。そして神王の使命は神域……延いては“世界”を救うことのはず。ここまで我を野放しにする理由が分からぬ』
此奴、結構喋るな……?
それもそうか、この悪魔は悪魔としての極致に至った者。思想はどうあれ、知能の高さはそこらの大悪魔の比ではない。
つまり……使えるぞ……!
「どうした、怖いのか?」
『……何?』
焦燥や諦観などまるで滲ませぬまま、妾はゆったりと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「我らが救世主が出てこない理由、じゃと? そんなもの、其方に言うはずがないじゃろう。これは互いの命を懸けた決戦……違うか? ガルヴェライザ」
『違わぬな』
「我々は常に本気じゃ。其方を倒すためなら、どのような策も厭わない。その覚悟がある」
「……ほう」
無論、ハッタリである。神王を出さないことがさも重大な策の一環であるとして誤認を促すような、さもしいハッタリでしかない。
じゃが、奴にとっては違う。ハッタリだと確信を抱ける材料を持ち合わせておらぬからじゃ。
大悪魔ガルヴェライザの頭には、神域を滅ぼすにあたり「神王との直接対決」は避けようのない必須事項という認識が強くあるのじゃろう。
そしてそれは大変真っ当な思考と言える。何故ならこの一大決戦に神王が出てこないことは、主観的にも客観的にも絶対ありえないことだからじゃ。
その絶対にありえない事態が今まさに起きているわけじゃが、奴には知る由もない。むしろこの上なく不気味に感じているはずなのじゃ。
たとえガルヴェライザほどの存在でも、完全体の神王は決して無視できない障害……だからこそわざわざ進撃を中断し、こうして妾に問うたのじゃ──「神王は今、何をしているのか」と。
単なる好奇心、純粋な疑問……という線も勿論あるじゃろうが……おそらく、今奴の胸中の大半を占めるのは「戸惑い」じゃろう。
自分の行動が裏目に出てはいないか、神王に足元を掬われたりはしないか……様々な憶測が湧いて止まらなくなっていると見た。
悪魔王への絶大なる忠誠心が思考にノイズを生み出しているのだとすれば、これほど皮肉な話はない。
やはり「神王」は神域にとって最強の切り札じゃ。この場に居ようが居まいが、戦局に絶大な影響力を齎してくれる……!
『……ここまで自陣を灼かれて尚、か? 馬鹿な、それでも王か。本末転倒ではないか』
「全滅するよりはマシじゃ。言ったろう、覚悟はあると」
淀みなく言い放つ。ここで少しでも上擦った声など出せば、すぐに勘付かれて終わりじゃ。
さぁ、どう反応する……?
『……フン、成程。神域を甘ったれた烏合の衆だと思っていたが、流石に背水の陣ともなればワケが違うか』
一拍置いて、ガルヴェライザはどこか感慨深そうにそう独りごちた。
随分上から目線だと鼻を鳴らしつつ、妾は一瞬だけ簡易モニターに視線を滑らせる。
『貴様らの覚悟は受け取った。故にこそ、我の選択は一つ──攻撃を続ける』
「……此方の思う壺じゃ」
『それならそれでよい。神王の器を温存する事で実現する最善策……うむ、見事だ、我には皆目見当も付かぬ。おそらく理外な戦略なのだろうし、その発想力は認めてやらんこともない。だが……』
ガルヴェライザは鋭い牙を剥き出しにし、ぼうっと炎の息を零した。
『“覚悟”の度合いによるな。我は貴様らを根刮ぎ焼き払う所存だ。最善策遂行の為、神王は同胞達の死にどれだけ堪えられるか……見ものだな?』
……まぁ、そういう思考になるわな。ハッタリを信じようが信じまいが、そのような思考に行き着くことは悪魔ならば必然。
しかし──
「──時間は稼いだぞ、パルシド」
『銀芒槍、大展開ッッ!!!!』
ガルヴェライザの頭上より飛来するは、無数の光槍を従えた覇天峰位のトップ。
完全回復を果たしたパルシドが、最大限練り上げた輝力を纏って肉薄している──!
『パルシド! いい度胸だな!』
全方位に強大な爆熱波動を放ち、全てを薙ぎ払いにかかるガルヴェライザ。
だが止まらない! パルシドは鮮烈に輝く長槍を突き出したままぐんぐん加速していく!
「あれはステラティアの「膜」……! 彼奴め、やってくれるわ!」
限界ギリギリの状態だろうに、それでも最高の働きをしてくれたロリータドレスの女神を思い浮かべてほくそ笑む。
さぁ、ぶちかましてやれパルシド! 此方も準備は万端じゃ!
『どおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!』
本物の殺意が籠った尖端が炎の壁を突き破ってガルヴェライザの頭部に突き立てられると、
『フル・ブラストォッッ!!!!』
銀芒槍に仕込まれた特殊機構により、接触と同時に尖端が射突して凄まじいインパクトを生み出す。
『ぬぅっ……!』
肉体強度が高すぎて流石に貫けはしないが、その威力と衝撃によって強制的にガルヴェライザの視線が切れる──!
「今じゃ!」
既に完璧な準備を済ませていた妾は、即座にメルギアスを最大出力で撃ち放った。
回避不能の超巨大光線が、空間を引き裂かんばかりの速度で再びガルヴェライザに迫る──!
『またアレか……! 邪魔だパルシド、失せるがいい!』
『ごぁっ!?』
メルギアスの発射をすぐさま感知したガルヴェライザは、驚くほど機敏に空中で体勢を翻し、強靭な尾でパルシドを遥か彼方へ吹き飛ばした。
此奴め、ここに来て初めて魔力放出以外の攻撃を繰り出しおったか!
しかし体勢が悪いのは確か! そして何より、第一射時よりもガルヴェライザは遥かに近い場所にいる。今度こそまともに呑まれてしまえ!
『チッ、あれほどのエネルギー砲を、大して間を置かず連発するか……ならば!』
パルシドの奮闘もあり、絶対不可避の位置まで光線が迫ったところでガルヴェライザがとった行動は──先程のような「防衛」ではなかった。
奴の頭上で身震いするような魔力と炎が急速に集中、凝縮し──
『オオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!』
想像を絶する威力の巨大炎弾が、光線を迎え撃つ形で打ち上げられた。
奴は先の攻防とは違い「防衛」ではなく「迎撃」──奇しくも我々とは真逆の方針に舵を切ったわけじゃが……ば、馬鹿げている!! 何じゃこの魔力濃度は!?
これまで散々繰り出されてきた凄まじい爆炎も、この炎弾の前では蝋燭の火同然! それほど別格の威力を秘めた一撃が、迫り来るメルギアスの光線と激突する……!
「むっ!?」
なんじゃ、爆ぜたぞ!?
第一射と同じく撃滅砲の一撃が辺り一帯を塗り潰したまではいい。流石に威力自体はメルギアスが上回っていたということ……じゃが、激突の瞬間にあの炎弾が爆散したのを見逃すほど妾の眼は節穴ではない。
あれが何を意味するのかは分からぬ。ただ一つ確かなのは、映像には映っていないものの、ガルヴェライザには光線が直撃していないということだけじゃ。
理屈ではない、直勘でもない。これまでの戦闘で、妾を確信に至らせるだけの力を見せつけられただけのこと。
妾はメルギアスをここから一点突破型に集束させ、第一射と似たような我慢比べを仕掛けて奴を抑え込む腹積り……じゃが、きっと何かある。
いくら何でも不可解じゃ。第一射時に生成していた異常に固い魔力障壁は、弱体化した第二射なら完璧に防げる性能を誇っていたはず。それが最も確実にやり過ごせる方法じゃろうに、何故わざわざ炎弾をぶつけた? 魔力障壁ではなく炎弾を選んだ理由は何じゃ?
そもそもあの爆発は何を意味する? メルギアスの光線に打ち負けたという感じではなかった、そもそも爆発ありきで設定されたような異質さを感じた。
コンソールを操作し、ジリジリと光線を集束させながら歯噛みする。
何かあると分かっていながら打つ手がない。なんというもどかしさ……!
いや、悩むな! 悩んだ時点でドツボにハマる! ここは強い気持ちで光線を集束させ、奴を少しでも長く抑え込むしか……!
『愚かだな』
────ッッッ!?!?!?!?
『そんなことだから、貴様等は弱いのだ』
メインモニターとは別視点の簡易モニターに映る現実が受け入れられず、脳が認知を拒絶しかけた。それでも神としての矜持を辛うじて保ち、全身を震わせながらその映像を凝視する。
「……ど、どうして」
ガルヴェライザが居る場所は──「地下」だった。
どうやって到達したのかを考えている暇はない、結果が全てだ。この眼で見ているものが現実だ。
奴が其処に居ることが、一体何を意味するのか、もはや考えるまでもなくて。
「……や、やめろ」
地下深くに所在する、第四バッテリールーム。
多くの同胞達が膨大な輝力を供給してくれている場所。
奴とバッテリールームは分厚い壁に隔たれている。それでも関係ない。奴にかかればそんなものは脆弱な薄氷同然なのだから。
「やめろぉぉぉぉーーーーーッッッッ!!!!」
妾のなりふり構わぬ絶叫など、当然聞き入れるはずがない。
地獄の業火を纏った化け物は、容赦なく全身を発光させ──
『滅びよ』
あらゆる命を融解させる爆炎を、一切の容赦なく解き放つ──
『『セラ=フォース』』
──えっ?
『ゴァッッッ!?!?!?!?』
それは、一瞬だった。
災禍の化身とも呼ぶべき圧倒的な脅威が、天より来たる光の刃に一瞬にして呑み込まれたのだ。
「……ッ!!」
瞠目したまま、モニターを食い入るように見つめる。
光刃の出所。遥かな空の上の上に──“彼”はいた。
『すみません、遅くなりました』
全天最輝星すら霞む、冠絶した光を放つ者。
この世全てを照らす、我等が究極の救世主。
「──ハル!!!!!!」
これまでとは桁違いの光を纏うその姿に、妾は自然と拳を握り締めていた。
御託は要らない。視れば分かる。
──今、此処に完全なる神王が光臨した……!




