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業火絢爛 〈月日〉

 淡い光に包まれた創神樹ゴルフィオン。

 ラランベリ様から「人目につかないところ」を指定された私は、昏睡状態のツッキーを連れて神域の最奥に逃げ込んでいた。

 ここに辿り着いた矢先、耳を劈くような警報音で『ドゥーム』の襲来を知ったわけだけど……。


「……ツッキー、目醒めないなぁ」


 こんな奥地に居ても、凄まじい戦闘音が残響となって鼓膜を震わせる。

 戦況は……きっと、あまり芳しくないんだと思う。そもそもツッキーが戦場に出ていない時点で、神域が優位に立つのは難しいだろうし……。


「……綺麗な寝顔」


 左手を伸ばし、そっと彼の頬を撫でる。

 傍目からは安らかに眠っているようにしか見えないけれど、ツッキーは今、神王化を完全なものにするために頑張っているんだよね……。

 そして、私に手伝えることは……ない。

 悔しくて堪らない、でもそれが現実。私がやれることと言えば、子供をあやすように彼を撫で付けることだけ。


「……葉瑠」


 普段はちょっぴり気恥ずかしくて呼べない彼の名を、ポツリと小さく呟いた。


 ──本当に、改めて月野葉瑠という男の子の人生は壮絶だと思う


 お姉さんのこと。

 両親のこと。

 セツナさんのこと。

 半神使化。

 神王様。

 『ドゥーム』。

 そして、悪魔王……あまりにも怒涛の現実は、どれもこれも平穏な日常を望む彼には好ましくないものだらけ。


 かく言う私のことも……彼は、好ましく思っていないかもしれない。

 私はツッキーと一緒に居られるのが嬉しすぎて歓迎ムード全開だったけれど、当の本人は内心うざがってたりして……。

 いや……そんなの今はいいでしょ? こんな状況で一体何を考えてんだか、私。


「はぁ……」


 遥か上方で騒めく大樹の葉を、溜息混じりに見上げた。

 どうにも弱気で卑屈になってしまうのは、一大決戦の最中という状況以上に、啾々と響き渡る葉音の影響が強そうだ。


 創神樹ゴルフィオン。今日初めて実物を見たけれど、なんて神々しい樹なのだろう。

 まるで、生命の神秘や世界の神秘……その答えをこの樹が持っているような、理外の感覚すら得られるみたいで……言葉を選ばず言えば、なんだかこわい。一先ず、畏れ多くて直視するのが憚られる……とでも理由を付けておこう。


 目を伏せ、私の腕の中で規則正しく寝息を立てるツッキーに視線を戻す。


「ツッキーが目醒めなければ、皆も私も、今日で死んじゃうんだよね……」


 嘆くように呟いた。ただ、自分が死ぬのは別に怖くない。神使である以上、いつでも命を捨てる覚悟はあった。

 それに私は、別に高潔で意味のある死を望んでいるわけでもない。自分の死に様なんて、大恩ある神様達の足を引っ張らない程度にコロッと死ぬくらいで全然良かった。


 ただ、一つ心残りがあるとすれば……それはツッキーのことだけ。


「傷付いちゃうよねぇ、あなたは……」


 自分が眠っている間に神域が滅亡したとして。

 焦土と化した神域を目の当たりにしたとして。


 ツッキーはきっと、その責任を背負い切れない。無理にでも背負おうとして、いつしか自壊してしまうのは目に見えている。

 どれだけ力を得たとしても関係ない。どこまでいっても、彼はとても優しい“人”だから。


 私達を守る為に頑張ってきたツッキーが、私達が弱いせいで心を壊されるなんて、決してあってはならないこと。

 だから私達は滅ぼされてはいけない。だけど私達を救えるのはツッキーしかいないという度し難い矛盾。

 結局のところ、ツッキーが心を守る為にはツッキーが頑張るしかないという救いようのない結論に行き着いてしまう。


「…………ごめんね、ツッキー」


 じわりと涙が滲んだ。

 情けない。悲しい。申し訳ない。

 こんなにも自らの無力さを呪ったことはない。どうして私は、ツッキーの隣で戦えるような力が無いんだろう。もしも私に力があったなら、命が尽き果てるまであなたの為に尽くすのに。


 そして、私がどんなに綺麗事を並べたところで彼の苦悩を解消することは出来ない。

 これを運命と言うしかないのなら、それは理不尽が過ぎる。何故に世界は彼に全てを押し付けてしまったのか。


「お願いだよ……」


 みんなを救ってくれる救世の主は、一体、誰に救いを求めればいいのだろうか。

 それとも、救いを求めることすら許されないのか。運命はその権利すら彼に与えなかったのか。


 考えれば考えるほど、彼の道はあまりに険し過ぎる。彼の行く末に思いを馳せれば馳せるほど、胸が張り裂けそうになる。


 だから。

 だから、私は、(こいねが)うんだ。




「どうか、あなたを救ってくれる誰かが、あなたのそばに現れますように──」




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