業火絢爛 〈飛翔〉
「主砲、大正門“外界”を隈無く埋め尽くしました!」
「よし!」
妾はモニターを確認し、力強く拳を握り締めた。
無事命中した事も喜ばしいが、命中直前でステラティアが間に合った事も吉報であった。彼奴の強化した「膜」があればパルシドも死にはしないはずじゃ。
あとは、ガルヴェライザをどれだけ削れるか……!
「エネルギー残量、現在五十四パーセント。システム異常無し」
「うむ」
メルギアスの威力は絶大、まさに期待通りの成果を見せてくれている。このまま殺せれば最高じゃが、多くは望まぬ。今はとにかく可能な限り削ってやろう……!
「しかし見えぬな……」
メルギアスの難点は、あまりに絶大な輝力によってモニターや計測器を含む現地機材に多大な影響を及ぼす点か……要改善じゃな。
『──リ……──ベリ……』
ん? ノイズ混じりの声……ステラティアか?
『──ラランベリッ!! 当たっていませんよ!!』
……は?
『──オオォ……──グオオォォ……』
光線で埋め尽くされた映像から、低く獰猛な声が断続的に聴こえてくる。
奴が生きているのは想定内も想定内……じゃが、当たっていないとはどういう了見じゃ!?
「くっ……」
重大かつ咄嗟の判断を迫られる。
メルギアスの光線は一度解き放てば途中で停止させることが出来ない。
いや、「緊急停止」は可能なのじゃが、それをしてしまうと砲身冷却モードに自動移行する。そうなれば第二射に多大な影響を及ぼすことになる……!
かといって、当たっていないと分かっていながらエネルギーを無駄に消費し続けるのも問題か? 神域が総力を結集して掻き集めた貴重な輝力……砲身冷却時間と引き換えにその分輝力を溜めておける選択も採れるが……。
「──否!」
停止はしない、このまま撃ち続ける!
やぶれかぶれになったわけではない、確かな論拠をもって継続を選択する!
『オオオオオオオオオオォォォーーーーーーーッッッッッッ!!!!』
神域中に轟くような絶叫。焦燥と憤怒が綯い交ぜになった本物の叫び。これが演技であるはずがない。
「各員、メルギアスの全制御を妾に託せ! 其方らは現地機器の遠隔調整及び目標の正確な位置を特定せよ!」
「了解!!」
導き出される結論はたった一つ。まったく信じ難いことじゃが、ガルヴェライザはメルギアスの一撃を防いだ。いや、現在進行形で防ぎ続けている。
超高密度の魔力障壁か……何にせよ、ありえん速度でありえん強度のバリアを張って直撃を防いでいることは疑う余地もない現実。
だからこそ、撃ち続けるべきなのじゃ。
それだけのバリアを張るには相応の莫大な魔力が必要になってくる……たとえガルヴェライザほどの存在でもそれだけは変わらない! それが絶対普遍の道理というもの!
確かに直撃させることは出来なかったかもしれぬ、じゃが奴の底知れぬ魔力を大幅に削ることは出来る!
走攻守、何をするにも魔力は不可欠。そのリソースを削ることは勝利に直結する重大事項といえる。
「ステラティア、応答せよ! 聴こえるか!」
『こちらステラティア、現在パルシドと共に光線内を後退中』
「現在現地機器を調整中じゃが、もしガルヴェライザの位置が分かるなら教えてくれ!」
『目視では既に確認出来ませんが、目撃時点での座標なら』
「頼む!」
『一五〇七八の六八九』
『了解した!』
これである程度の位置は絞れた。いつ現地機器の調整が済んでも良いように、此方もメルギアスを……、
「熱源感知っ!! 情報送ります!!」
「よくやった!」
ステラティアの座標情報と熱源反応の位置情報がぴたりと重なる──流石じゃ、これ以上ないほどスムーズに“次”へ移れる!!
再び両指を踊らせ、高速で制御盤を操作する。
瞬きなどしている暇はない、コンマ一秒だって間怠っこしい!
「集束しろメルギアス──全てを潰す『極大』から、全てを貫く『極限』へ!!!!」
大正門付近の“外界”を埋め尽くす大規模光線を無理矢理圧縮・集束させ、補足した“敵”ただ一点を狙い撃つ。
範囲を犠牲に威力を高める荒業──それも放射真っ只中ともなれば相当な無理難題であった。
それでもやる──それが妾の為すべき事だからじゃ!
「ラランベリ様、砲身が……!」
「分かっておる!」
案の定、メルギアスの砲身が悲鳴を上げている。想像を絶する異音が辺りに木霊している。
だが構わん、どうせあと一発しか撃てぬのじゃ! ここで無茶せずいつやれと!!
「削れぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
極限まで集束したこの光芒こそが神域最強の攻撃と言っても過言ではない!
我等を見縊ったことを後悔しろ、ガルヴェライザ……そして悪魔王!!
『グッ、ゴッ、オオォォ……!! ゴガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!!』
世界全体を震撼させるかの如き決死の咆哮。
此方が光線を一点突破型に切り替えたのを見て、奴の魔力障壁もより小さく、より強固に凝縮されてゆく──!
「エネルギー残量低下、現在十五パーセント!」
「何っ!?」
あと少しで障壁を破り、その先のガルヴェライザへ光線を叩き込めそうだというのに……!
いや、諦めるな! 最後の最後まで撃ち切れ!
「ガルヴェライザァァァァァッッ!!!!!!」
『グゴォォォォォォォォォォッッ!!!!!!』
破れぬはずがない……破れぬはずがないのじゃ!
「エネルギー残量、レッドゾーン突入! カウントダウン開始します! 十五、十四、十三……」
くそっ、くそっ、ちくしょう!! 何故破れぬ!! 神域の総力を結集した一撃を、奴は何故たった一匹で防いでいる!? 冗談も大概にしろ化け物めが!!
あと一押し! あと一押し、力が加わったなら……!!
「聖ベルフィリア庭園より飛来する熱源感知!」
「これは……『十燐砲』のフルバーストです!」
「……クライア!!」
焦燥から一転、全身総毛立つほどの歓喜が湧き上がる。
これじゃ! 妾が必要としていた一手は……!
『グヌッ……!?』
ガラ空きの胴体部を十燐砲の光線が呑み込み、巨龍の口から苦悶の声が漏れ出た。
碌なダメージではないじゃろうが、それでも今は充分!
その証拠に──
「──弛んだな!?」
堅牢極まる魔力障壁が、ほんの一瞬明確に弱まった。
ここだ、ここしかない! 貫け!!
「六、五、四……!」
それでもカウントダウンは刻まれ続けている。
破れ、貫け、間に合え──!!
「三、二、一……!!」
──零。エネルギーが尽き果てるその瞬間、メルギアスの光線は、
『グォォォアアアアッッッ!!!!』
ついに障壁を撃ち破り、一瞬とはいえガルヴェライザの肉体に叩き込まれた……!!
「主砲、目標に着弾!」
「よしっ……! よし、よしっ!!」
閃光と共に純白の大地に撃墜していく様をモニター越しに眺めながら、妾は幾度となく拳を握る。
大幅に魔力を削ったうえ、一瞬だけでも光線を直撃させるまでに至った。素晴らしい成果じゃ……!
「各地バッテリールームに通信を入れろ! 第二射に向けて即座にチャージを開始する!」
「ラランベリ様、ステラティア卿からの通信です。一時戦線離脱し、パルシド卿を回復用ポッドに投入したと」
「迅速な処置じゃな」
ステラティアの到達により、本来死んでいたはずのパルシドが生き残り、回復次第戦線復帰させることも可能という状況を生み出した。
ガルヴェライザの魔力をかなり削れたことも相俟って、状況は決して悪くない! むしろ此方へ傾いていると言っても過言ではない!
「クライア、聞こえるな? パルシドが一時離脱している、今は其方が頼りじゃ」
聖ベルフィリア庭園から狙撃をしてくれた女神に労いの言葉を掛けると、簡易モニターに映る彼女は肩を震わせながら怒号を飛ばしてきた。
『たわけた事を抜かすな、ハルはどうした!? ハル抜きで勝てるわけがないだろう!!』
「いや、ハルは……」
未だ事情を知らぬクライアに真実を話そうとした、その時であった。
「ラ、ラランベリ様!」
「む?」
「………………あの」
「どうした、はっきり申せ」
「…………ガルヴェライザの残存魔力……依然〈測定不能〉です」
「──は?」
……悪夢でも見ているのか?
「──ク、クライアッッ!! 弁明する暇はない、とにかく攻撃を続けろ!! 撃ち続けろ!!」
『……チィッ! 後で覚えていろラランベリ!』
悪態をついて力を蓄え始めるクライア。「後で」……か。そんなものがあれば幾らでも説教を聞いてやるわ。
にしても、信じられん……! 『ドゥーム』とはこれほどまでに規格外なのか!
『少々遊びが過ぎた』
決して大きくはない、しかし荘厳な声が妾を心根から震え上がらせた。
未だ魔力の底が見えぬ化け物が、映像越しからでも伝わるほどのプレッシャーを放っている──動くか、ガルヴェライザ……!
ボンッッ!! という大気を切り裂く爆発音の直後、爆炎を纏う龍が天を衝くように登り詰め、放射方向──つまり此方へと猛進し始めた!
『まだ神王の器も残っている。我は粛々と滅亡を齎さなければ』
どうもメルギアスの主砲を喰らって頭が冷えたのか、奴の纏う魔力は禍々しい見てくれに似合わぬほどの流麗さであった。
「ガルヴェライザ、爆炎を放ちながら高速で接近中!」
「奴が通り過ぎた地点は焦土と化す! 何としても押し留めなければ……!」
しかし手段は限られている。元よりこの決戦はハルありきで組み立てられたもの。それが早々に瓦解した今、我々が奴を抑え込める策はメルギアスだけじゃ。それも、あと一発しか放てぬという…….。
『ラランベリ、聞こえますか? 私は再び前線に出ます』
突如飛び込んできたステラティアからの通信内容に、妾は目を見開いた。
「待て、其方単体では何も出来まい。無意味な自己犠牲は不要じゃ、パルシド復帰まで待機せよ」
『いえ、自己犠牲のつもりはありません。私はそれほど勇猛な性分ではありませんので』
覇天峰位の一角を担う女神は、あくまでも滔々と語った。
以前、前線に出るのが嫌でゴネていたとは思えぬ胆力……いや、そうなのじゃ。元々そうなのじゃ。
やるとなったらとことんやる……ステラティアはそういう神じゃ。だからこそ信頼をおけるというものよ。
『しかし私とクライアだけではお話にならないのも事実です。ので、今すぐバッテリールームからデザルーキ卿を寄越してください』
「承知した。不足分の輝力は此方で何とかする」
正直、デザルーキが抜ける分の輝力補充は難しいが……今はステラティアの判断を信じるのみじゃ。
『それでは頼みましたよ、ラランベリ』
「う、うむ………………何も聞かぬのじゃな、其方は」
思わず戦意に直結するような、指揮官としてどうなのかという言葉を呟いてしまう。
ステラティアは一瞬だけ意外そうな顔を浮かべ、すぐにやんわりと顔を綻ばせた。
『私はハル様を信頼していますので』
多くは語らず、何の躊躇もなく。
彼女はそれだけ言い放って、あっさりと映像を遮断した。
「……ハッ、見事じゃ」
あまりにも彼女らしい言葉に、妾は小さく吹き出していた。
これだけの絶望的な状況においても尚、自分らしくあれる……その最たる要因こそ神王であり、ハルなのじゃ。
「信じる……か。そうじゃな、その通りじゃ」
彼奴は必ずこの決戦中に目を醒ます。完全なる神王と化したハルが神域を救ってくれる……そうでなくては困るのじゃ。
もし、そうでなければ……我々は全滅するしかない……。
「と言っても、ハルが目醒めた時に既に全滅していては救いようがないわな……」
自嘲気味に口角を歪め、眼鏡のブリッジを押し上げた。
ここからは、戦い方を変える。
これまでの猶予期間から今に至るまで、常に念頭に置いていた「迎撃」の方針を完全に捨て去る時がきた。
ここからは……「防衛」に徹する。要はひたすらに時間を稼ぐ方向へシフトする。
我等が救世主が現れることを信じ、それまで何が何でも耐え忍ぶ……それこそがこの神域に残された唯一の術なのじゃ。
「だから、どうか我等を見捨ててくれるなよ──ハル」
全滅か、救済か。
全ての鍵は彼が握っている──!




