業火絢爛 〈融解〉
「『ドゥーム』ガルヴェライザ、出現と同時に魔力放出! “外界”は火の海です!」
「なんじゃあの威力は……!」
爆炎、爆熱、爆風──奴は、魔力を放つという基礎中の基礎とも言える単純行動でこれだけの事象を引き起こす!! まさしく意志を持った天災、カタストロフィの権化!!
ハルを除けば間違いなく神域最高の戦力であるパルシドが、ああも容易く吹き飛ばされるとは……!
マズイな、パルシドが奴にとっての小手調べすら防げないとなれば、残された道は蹂躙だけじゃぞ……!!
「パルシドの状態は!?」
「意識レベル正常・残存輝力八十五パーセント。継戦可能です」
「奴も大概丈夫じゃな……」
実際、パルシドは既に立ち上がって再び全身に輝力を纏わせている。並の神ならば奴の前に立つことすら叶わず丸焦げじゃろうに、やはり別格じゃな。
「ラ、ラランベリ様!」
「何じゃ!」
「『ドゥーム』ガルヴェライザ、残存魔力〈測定不能〉!」
「…………ッ、ふん、それは想定通りじゃろうが! 情けない声を出すな!」
あ、ありえない……大正門一帯の“外界”を炎で埋め尽くしてなお測定不能じゃと!? 魔力の底が見えぬ……化け物め!
じゃが狼狽えてばかりはいられない、指揮官の名折れと知れ!
「各地バッテリールームの状況報告!」
「第一、第二、第三ルーム総員集結、装填完了五十秒前! 第四、第五ルーム総員集結、装填完了八十秒前!」
「まだ主砲は撃てぬか……パルシド一人では長くは保たぬ、即時『メルビット』を起動せよ!」
「了解。浮遊型遠隔砲撃神器『メルビット』全基起動、全基射出」
直後、砲台から合計十二基の砲撃ユニットが流星の如く射出され、一目散に大正門へと突き進んで行く。
浮遊型遠隔砲撃神器『メルビット』──主砲たるメルギアス同様、神域内限定で使用可能な特殊神器である。
そして何を隠そう、このメルビットはクライアが使用する「十燐砲」の原型。
神域以外でも扱えるように改良し、連結することによって口径を拡張する機能を与えたのが十燐砲……じゃが、原点には原点の強みと意地がある!
「メ、メルビット最高速度到達! ラランベリ様! 大正門開門に間に合いませんよ!?」
「この勢いでは大正門と衝突します!」
「問題ない!」
指揮官席に備わる遠隔制御盤を鬼神の如き速度で操作してみせる。十二基全てを手動で制御するのは至難じゃが、誰よりもコレを熟知している妾ならば──出来る!
「拒絶型結界、起動ッ!」
複雑怪奇な操作の果てに、メルビット全基を結界で覆い尽くすことに成功した。
拒絶型結界──『設定した極小数の例外だけがすり抜けられる』堅牢極まる防衛結界。強力な大悪魔がしばしば使用するこの術を、神域内限定とはいえ模倣してみせた妾の叡智たるや!
そしてメルビットを覆う結界に設定された『例外』とは、まさしく「神造物」に他ならぬ! すり抜ける対象をそれのみに絞った神域内特化武装じゃ!
「十燐砲とは格が違うのじゃ、格が!」
その最たる要因こそがこの拒絶型結界の搭載。これに関してはたとえ『ドゥーム』とて決して無視できぬほどのファクターと言い切れる!
「メ、メルビット全基、大正門を透過! “外界”へ進出!」
「凄い、こんな機構が追加されていたなんて……」
「感心するのはまだ早い、ここからが腕の見せ所じゃぞ!」
制御盤の周囲に幾つもの簡易モニターをホログラム状に出現させ、一瞬にして状況を把握し、華麗に指を躍らせる。
『!』
突如最前線に現れた浮遊砲台にパルシドが反応し、すぐさまメルビットとの連携を前提とした戦闘態勢に移行していた。流石のバイタリティ、妾も遠隔操作に集中出来るというもの!
「併せるぞ、パルシド!」
『了解』
その返答を聞くや否や、敢然と佇む砲撃対象の周囲を取り囲むようにメルビットを配置させ、一斉に高出力の輝力光線を撃ち放った。
『む』
絶え間なく放たれる爆炎と熱波を突き破った光線は、十二発全てが奴の肉体に直撃した。
「何!?」
攻撃しておきながら思わず叫んでしまう。奴にまるで対処する様子が見られなかったのだ。
いや、まぁともかく、当てられたのは良し! 連結時のフルバーストを除けば、十燐砲よりもメルビットの方が一発一発の威力は格段に上……これで倒せるとまでは思わぬが、ダメージを与えるくらいは……。
『くだらん』
一言そう言い捨てたガルヴェライザは、翼を広げると共に魔力を放ち、降り注ぐ光線を豁然と掻き消してしまう。
くっ、そうヤワな攻撃ではないはずじゃが……魔力量だけではない、純粋な肉体の頑強さも規格外か!
しかし一方でモニターには、決して闘志を失う事なく力を研ぎ澄ませる一体の神が映っている──!
『はぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!』
観ている此方にまで伝播するほどの集中力……!
そうじゃ、一撃お見舞いしてやれ! 其方と其方の持つ神器ならば、たとえ『ドゥーム』であろうとも……!!
『銀芒槍、大展開ッッ!!!!』
パルシドの咆哮に呼応するが如く、芸術的なまでに無機質な長槍が激しい光に包まれた。
そして彼の背後に顕現するは、夜空の星々を彷彿とさせる無数の光槍──!
『突き抜けろ!!!!』
宙で引き絞られた光槍が一斉に射出されると同時に、パルシド自身は銀芒槍を構え猛烈な速度で突貫していく。
妾が生み出した神器の中でも最高峰の性能を誇るのがこの銀芒槍。十燐砲とは違い手軽に大規模な破壊を齎すものではないが、特筆すべきは極めて高い貫通力、殺傷力! 大悪魔との近接戦闘において、銀芒槍に比肩し得る神器は存在しない!
『そうか──貴様がパルシドか』
ガルヴェライザは、視界を埋め尽くすように放たれた無数の光槍と猛進する神を視認し、ようやく立ちはだかる敵が何者なのかを理解していた。
おそらく狂界側にも同様の認識があるのじゃろう──神域を永らく纏め上げてきた神の名を。白銀に煌めく槍の名を。
『受けてやろう──この“熱波”を破れるならば』
カッ!! と。
ガルヴェライザの巨躯が眩く光る──!
「超々高熱反応──来ますッ!!!!」
『ラランベリ!!』
「分かっておる!!」
『オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーッッッ!!!!!!』
地響きのような咆哮と共に、圧倒的な魔力を帯びた爆熱波動が全方位に放たれた。
さ、先程の比ではない……何というエネルギー量! これが奴の本気か!
しかし、間に合わせた! 間に合わせたぞ!
「無事じゃな、パルシド!」
『辛うじて!』
拒絶型結界を纏ったメルビットを全基集結させ、突き進むパルシドと強烈な熱波を隔てる盾とする。
砲撃だけでなく、操作次第ではこのような使い方も出来うる圧倒的な汎用性……やはり良いものじゃ、メルビットは。
『下等なる神風情が、拒絶型結界の真似事か』
まるで衰えることなく力を放出し続けているガルヴェライザは、逃げも隠れもせず威風堂々たる様相で、パルシドとパルシドを守護する浮遊砲台を見据えていた。
発言通り甘んじて受ける気か……舐め腐りおってからに! 目にものを見せてやれ!
『押して参るッッッッッッ!!!!!!』
大気を切り裂く光槍の雨は、奴の波動によって全て消し飛んだ。
それでも銀芒槍と銀芒槍を握るこの神だけは突き進み、到達し、そして──十全の威力を持った一撃が、メルビットを透過してガルヴェライザの外殻に突き立てられた!
『──フル・ブラストォォッ!!!!』
突き立てた瞬間に槍に組み込まれた特殊機構が発動し、尖端が一段伸びて射突した。
『ぬぅううううん!!!!』
地鳴りのような唸り声を上げながら、ガルヴェライザが純白の大地で蹈鞴を踏んだ。
まさに完璧! 完璧に決まった!
パルシド渾身の一撃は貫通とまではいかずとも、ついにあの巨体をよろめかせることに成功した。
『ドゥーム』の悪魔に初めて明確なダメージが入ったという紛れもない事実は、我等を何より鼓舞する!
『ふ、神王の器以外にも骨のある奴が居たか。だが、故にこそ──力量差は明確なれば!』
爆炎と爆風が生まれる中心地にて、巨龍の躯が更に光り輝く──!!
「ガルヴェライザ、妖光ッ!!」
「パ、パルシド!!」
『分かっている、全開だッッ!!!!』
なりふり構わず、パルシドはより一層強大な輝力を放出して全身を包み込む。限界の先を行っておるな、パルシド……!
メルビットの結界と併せて二重の障壁、防御力は飛躍的に増した──はずだが、何だこれは!? 何だこの力は!?
「な、何という魔力……何という業火……!」
「大正門、融解! 三十秒足らずで“外界”と神域を隔てるものが完全に消失します!」
「融解自体は想定内じゃが……!!」
猶予期間中に相当な耐熱処理を施したというのに、もう保たぬのか!? いくら何でも早すぎるじゃろう!?
信じられぬ……奴は今の今まで本気を出していなかったとでも……!?
『ぐ、ゔぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!』
必死に耐えるパルシドの叫びに歯噛みすると共に、とある現象を目の当たりにして瞠目する。
「メ……メルビット……?」
『例外』以外は決して通さない、あらゆるモノを拒絶する結界を纏った砲台さえ融解が始まっていた。
こんな……こんな事が……!
「拒絶型結界は正常に動作しているはずじゃぞ!?」
「機構に問題があるわけではなく、結界そのものに異常をきたしています!!」
「は……ま、まさか……「中和」されているとでも言うのか!?」
信じ難いが、そうとしか思えない事象が起こっていた。
限定条件下において無敵の防御力を誇る結界が、今はみるみるうちに溶けてしまっているではないか。
『愚か者! 拒絶型結界は大悪魔の専売特許! 『ドゥーム』たるこの我が対処法を心得ていないとでも思ったか!!』
おぞましい程の猛々しさを誇る炎渦の中心で、巨龍は瞋恚の咆哮を轟かせた。
拒絶型結界の中和……言葉で言うほど単純なものではない、あり得ないとさえ言っていい! どれだけの研鑽を積めばそんな事が可能になるというのじゃ……!?
ま、まずい、メルビットがもう保たぬ……!
「ラランベリ様! メルビットも大正門も、もはや……」
「……っ! パルシド! 即刻退避せよ!」
『従えぬ!!』
守護していたメルビットが結界諸共溶かされ、自らの発する輝力のみで耐え忍ぶその姿に、妾はどうしようもなく胸を締め付けられた。
たった一人でガルヴェライザを抑え込むなどとても無理だということを、彼奴が誰よりも理解している。
それでも、彼奴は…….。
「本作戦の指揮官は妾じゃぞ! 退避しろ!」
『黙れラランベリ! 戯言を言っている暇があれば主砲を撃て!!』
戯言を抜かしておるのは其方じゃろうが! 死にたいのか!?
……………………いや、分かっている。つまり、自分を犠牲にしてもいいからメルギアスを撃て……と、そういうことなのじゃろう?
── 死を前提とした作戦は立案しない。この妾が決してそんな真似はさせぬ
先刻、ハルと交わした自らの言葉が脳裏をよぎる。
無論、悪魔に対する輝力攻撃と神に対する輝力攻撃ではワケが違う。悪魔に発揮される殺傷能力は、神の場合だと相当に軽減されることになる……が、此度放とうとしているのは最大最強の撃滅砲。たとえ神であろうと──たとえ覇天峰位最強のパルシドであろうと、巻き込まれれば十中八九命を落とす。
そんな一手を。
同胞が必ず死に行く選択を。
この妾に、むざむざ選ばせるというのか……?
『ララン……ベリ……貴様は……』
灼熱の業火に炙られながら、振り絞るように。
『この化け物を相手に……誰も、一人も、死なずに済むと……本気で思っているのか?』
その一言は。
あまりにも残酷で、あまりにも確信的。
だが、もう、現実として──思ってはいけない。
甘えは捨てろ。捨てなきゃならぬのじゃ、ラランベリ。
全を救う為に一を捨てる。
我等が守ろうとしているのは、この世の未来だ。犠牲も無しに守り切れるはずがない、そんなのは虫が良すぎる。
あぁ、認めたくはないが……どうしたって「礎」が要る。
「……装填状況報告!!」
「は、はい! 全バッテリールーム装填完了! いつでも撃てます!」
すまぬ、パルシド……!
「最終撃滅輝力砲メルギアス──最大出力!!」
「了解、メルギアス最大出力!」
「砲身最大展開、照準確定! 目標、『ドゥーム』ガルヴェライザ!」
我等が同胞、パルシドよ……其方の死は決して無駄にはせぬ!
この世を脅かす悪魔を! 敵を! 完全に討ち滅ぼす──その為に!!
「メルギアス第一射──放てッッッ!!!!」
凄まじい閃光と雷のような輝力が砲口に迸る。
製造者である妾でさえ戦慄する、狂気すら孕んだ前代未聞のエネルギー。
それが、ただ一匹。
憎き大悪魔ただ一匹に向け──
──空間を穿つように、放たれた
***
「──ッ!? 何だ!?」
「ハッ、どう……した……何か、感じ取ったのか?」
爆炎に包まれながら、吾輩は嫌味ったらしく尋ねてやった。
反応からして、この化け物ですら動揺せざるを得ないほどの脅威が此処へ迫っているのだ。そしてその脅威とは……もはや言葉にする必要もない。
「フン、只事ではないなこの輝力量は……塵も積もれば山、というわけか」
急遽魔力の放出を取り止め、吾輩のことなど見向きもせず翼をはためかせて空に浮かぶ。奴が神域に侵入して初めて見せた回避・防衛行動であろう。
神域最深部には、創神樹ゴルフィオンがある。
そしてそれを守護するかの如く聳え立つのが、あの超々巨大砲塔及び最強の神器メルギアス。
あの地点から此処までの距離は、実に遠い。最果ての地と、ほぼ最果ての地……当然と言えば当然だ。
「成程、驚嘆すべき威力だ。だが当たらなければ意味は無い。むしろ神域の破滅に一役買うことになるかもしれぬな」
くだらん憶測を口にしながら、準備運動とばかりに宙を旋回するガルヴェライザ。これだけの距離があるなら避けるのは容易、という思考に至るのも必定か。
おそらく奴は、自らが回避に徹しさえすれば必ず躱せると思っている。絶対的な自信と絶対的な実力を併せ持っているのだから、それは至極真っ当な帰結と言える。
だが、あの神器には関係無い。標的の位置が地表だろうと空中だろうと、まったくもって関係が無い。
撃てば当たる。
その身を持って思い知れ、ガルヴェライザ……我々の誇りを! 我が命に代えても、貴様に神の雷霆を叩き込んでやる……!!
「!」
大正門という防壁を失ったこの地に、煌々とした光が射し込んだ。
見えた! 遥か遠くより迫り来る光──あれこそがメルギアスの超絶的な輝力光線!
「あの規模……チッ、そういうことか!」
ガルヴェライザは彼方の光を睨み付けていた。今更気付いたか……逃げ道が何処にもないことに。
メルギアスの光線はまさしく「極大」と呼ぶに相応しい。如何に『ドゥーム』と言えど、一個体に対しては過剰なまでの圧倒的攻撃範囲を誇る。
つまり、撃てば当たるというのは、実に単純明快な理屈。
超絶的威力かつ極大の範囲を誇る光線で、一切の空白を塗り潰してしまえるからだ。
そして、アレは同時に……この吾輩に死を齎す光でもある。しかし恐怖は無い。後悔も無い。微塵も無い。
既にこの身体は焼かれ過ぎた。今生き延びたとて後の戦闘では足を引っ張るだけだ。
であれば、逃げる意味など皆無。あの光諸共華々しく散ってやる。
あとは頼んだぞ、ラランベリ……そしてハル!!
ハルさえ起きれば、必ずや──!!
「何を諦めているのです?」
は──?
ひどく馴染みのある透明な声が背後で聴こえた。
視界の全てが光で塗り潰されようかという直前に、吾輩の後ろに立っていたのは。
「はい、コーティングしときますね。まだまだ動いてもらわないと困りますよ」
覇天峰位の一角・ステラティア。
すっかり「他者へのコーティング」を会得した彼女は、普段通りのクールな表情で佇んでいた。
そして。
メルギアスの極大光線が、ガルヴェライザ諸々全てを呑み込んだ……。




