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【破】 Hyper

「……何故見つからない。こんなにも探し続けているというのに、何処にもないとは」


 最終撃滅輝力砲メルギアスのコントロールルームにて。

 妾は各地から送信されてくる経過報告に目を通し、落胆していた。

 ワームホールの位置が未だに判然としていない……由々しき事態じゃ。いよいよ来たるべき時が迫っているというのに、奴がどこから現れるかも分からないままとは……!


「ラランベリ様、ラランベリ様ーーーッッ!!!!」


 コントロールルームの扉越しから、直属の部下であるポッピンラブキッスの呼び声が轟いた。

 っと、そろそろオペレーターを担う者共が来る時間か。ワームホールのことは一旦置いて、まずは作戦会議を……。


「ラランベリ様、大変ですッッ!!!!」

「なんじゃそんな声……出し、て……」


 室内に飛び込んできた部下の姿を視認した瞬間、絶句した。

 彼女が、その小柄な身体を精一杯駆使して背負っていたのは……。


「ツッキーです! ここに来る途中、庭園付近のエリアで倒れていたのを発見して……」

「な、何ということじゃ……!」


 すぐに歩み寄ってハルの容態を確認する。

 外傷は無い……眠っているだけか? だがどちらにせよおかしい、()()()()()()()()()()()()。妾はセラフィオス様が眠っているところなぞ一度たりとも見た事がない。

 今、ハルの身体に何が起こっている……!? 何がどうなってこんな状態に陥ったというのじゃ!?


「いや……待て」


 原因もさる事ながら……()()はいつまで続く……? もし、もしも決戦の刻までに、ハルが目醒めなかったとしたら……?


「わ、私はセラフィオス様のことを知りませんけれど……「神王」ともあろう存在がこんな風に昏睡することって、あるんでしょうか?」

「……少なくともこの神域でハルを昏倒させられる者は存在しない。物理的にも、精神的にも」

「ですよね……だとしたら……まさかガルヴェライザがもう来ている、なんてことは……」

「それはないじゃろう。奴は存在するだけで広範囲に高熱を撒き散らすらしいのでな」


 細く長く溜息をつく。ある程度考えがまとまった。

 妾の希望的観測が大半を占めるものの、客観的に見てもこの結論は間違っていない……と思う。


「現在の状況を整理すると……これは“蛹”じゃ」

「さなぎ?」


 きょとんとしたあどけない表情に頷き返し、


「完全な神王化を“羽化”と呼ぶならば、今のハルはその前段階……つまり“蛹”じゃ」

「ということは、このまま寝かせてあげれば良いんですね! ツッキーが次起きた時には完璧な神王になってるから、全く問題ないと!」

「いや、問題大アリじゃぞ」


 滑るようにハルの寝顔へ視線を移し、焦燥に満ちた眼差しで一点に見つめ続けた。


「ハルがいつ目醒めるかは妾にも予想が付かぬ。一分後かもしれぬし、三日経っても目醒めぬかもしれぬ」

「……『ドゥーム』との決戦に間に合わないかもしれない、ということですか?」

「うむ……」


 受け入れ難い現実だった。それでも、自らの発した言葉を薪にしてなんとか闘志の炎を絶やさないよう心掛ける。

 そう、まだ間に合わないと決まったわけではない。ほんの少し待てばパチリと瞼を開けるかもしれぬのじゃ。


 だがそもそも、根本的な話として。

 何故ハルは完全神王化を試みたのじゃ? 

 どうにも腑に落ちない。もう間に合わないから現状のままでいく、と口にしていたのはハル本人じゃ。しかも話したのはつい先程。あのハルが相談もなく独断でこんな真似をするじゃろうか? 

 一つ心当たりがあるとすれば、セラフィオス様の一方的な行動。完全な神王化を諦めたハルの意に反し、セラフィオス様が神王化を強いた結果こうなった、とか……? 正直あの御方ならありえそうなのが何とも……。


「む!」


 ポーン、ポーン。

 コントロールルームに耳心地の良い鐘の音が木霊した。

 この砲塔最上階にて、妾と共にメルギアスの制御と戦況の把握・伝達を担ってくれるオペレーターの神使達がこの階層に到達したのだ。あと数分もしない内にこのコントロールルームへ入ってくるじゃろう。


 逡巡する。対ガルヴェライザに向けて、現在神域の士気は最高潮に達している。

 その最たる要因、希望の象徴とも言える「神王ツキノハル」が昏睡している姿を見せても良いものか……!?

 仮にハルが間に合えば何の問題もないが、もし間に合わなかった場合、何故遅れたのか嫌でも事情を話すことになる。後から知るよりは先んじて知っておいた方が良いか……いや、良いに決まっている! ただし……!


「ポッピンラブキッス!」

「えっ、はい?」

「ハルの現状は、皆にも伝えておくべきじゃ」

「はい、私もそう思います」

「ただしハルは隠せ! 皆の士気を下げぬよう、妾の方である程度脚色する……が、何も実物を見せることはない!」

「ええっ!? か、隠すったって、どこにです?」

「一目に付かぬとこならどこでも良い! 急げ!」

「は、はいっ!」

「起きたらすぐに連絡するのじゃぞー!」

「はいーっ!」


 ハルを背負って裏口からコントロールルームを脱出するポッピンラブキッスを尻目に、妾は大きく深呼吸した。

 全く、厄介事というものは何故重なって起きるのか……。

 とはいえ泣き言を言っている場合ではない。妾は妾の為すべきことをする。


「入って良いぞ」

「はっ! 失礼いたします、ラランベリ様! オペレーターの役目を仰せつかった神使五名、全員到着いたしました!」

「御苦労。さぁ、各自持ち場につけ。各々、この部屋で自分がやるべき事は把握しておるな?」

「はっ!」

「決戦の刻は近い。これより対メルギアスを想定した最終演習を……」


 と、その時。

 懐の通信端末が鳴り響く。

 妾は眉を顰めつつ、白衣の内ポケットに仕舞われていたそれを取り出した。

 ……パルシド?


「こちらラランベリ。どうした、パルシド」

『──ム……、──ろ……』


 何じゃ、この凄まじいノイズは……?


「パルシド、どうした」

『──ホー……、──すぐ……』

「聞こえぬぞ! はっきり申せ!」




『ワームホールだ、今すぐ備えろッッッ!!』




 ……な。


「……ッッ!! 其方ら、神域全土に緊急警報を轟かせろッ!! 来るぞッ!!」

「く、来る、とは……」

「『ドゥーム』ガルヴェライザじゃ! 一刻の猶予もないぞ!!!!」


 そう言い放った瞬間、神使達は弾かれたように持ち場へ駆け寄ってコンソールを操作し始めた。迅速な判断じゃ、流石に選抜されただけはある!

 妾も負けじとコントロールルーム中央──メルギアスの制御中枢を握る指揮官席に到達した。



「総員に告ぐ! 総員に告ぐ! 『ドゥーム』襲来!! 『ドゥーム』襲来!! 至急「バッテリールーム」に急行されたし!!」



 マイクを握り締め、神域全土に向けて怒鳴るように警告を発した。メルギアスにどれだけ破壊力があろうとも、砲撃分のエネルギーがなければどうにもならない。ガルヴェライザの熱波に巻き込まれる前に、早く皆を「バッテリールーム」に辿り着かせなければ……!


「ラランベリ様、神域全域に緊急警報を発令! 直後から全住人がバッテリールームへ急行しております!」

「分かった! パルシド、聞こえるか! 応答しろ、現状は!?」

『こち──……門──“外界”──……感知──』


 またノイズ……強力すぎる魔力の余波を受けてのものか? だが端々の言葉から察するに、まだ予兆を感じた段階で到着自体はしていないと見た!


「大正門の映像をメインモニターに映せ! 件のワームホールは“外界”にある!!」


 “外界”。それは神域の「外側」を指す。

 次元の狭間に顕在する神域の周囲は、一点の曇りも無い真っ白な特殊空間が広がっている。それこそ無限の星々にとっての宇宙のようなもので、我々はその空間を便宜上“外界”と呼称している。

 そしてパルシドの現在地はおそらく大正門の外! 『セラ=ララステラプラニカーナ』のような転移術を使わない場合、大正門だけが神域唯一の出入り口となっている。ワームホールが設置されていたのは大正門外側、まさしく神域の玄関口だったというわけか!


「……悪魔王め、どこまでも癪に触る」


 奴ならば、たとえ神域のど真ん中でも気付かれることなくワームホールを設置することも可能だったはず。奇襲を仕掛けることなど朝飯前だったろうに、腹立たしいほど正々堂々ではないか……!


「大正門、急激な温度上昇を確認!!」

「現れるか、ガルヴェライザ!」


 唇を噛み締めながら、モニター越しに陽炎に揺れる大正門を睨み付けた。


「大正門の外側を映せるか!? おそらくパルシドは“外界”、ワームホールの近くにおるぞ!」

「やっていますが、凄まじいノイズです!」

「只今私の方で調整しています、暫しお待ちを!」

「頼むぞ!」


 やがて、ノイズだらけで碌に視認出来なかった映像が鮮明に映し出されていく。

 画面上には、大正門から数十メートル離れた場所で敢然と仁王立ちしているパルシドの姿。

 そして、パルシドから更に数十メートル離れた位置にソレはあった──悪魔王が難なく設置せしめた、狂界からの直通ワームホールである。


「こ、これが……?」


 一目見た瞬間に鳥肌が立った。

 目を凝らしてもなお純白の世界に溶け込んでいるソレは、蜃気楼による揺らぎでようやく視認が可能になる程度。

 な、何という……『セラ=ララステラプラニカーナ』とは全く比較にならない、恐ろしいほどの完成度! 一体どんな手を使えばあんなモノが創れてしまうのか、悪魔王……!!


「パルシド! 一度“外界”から神域内に退避した方が良いのではないか!?」


 ノイズだらけの通信端末を投げ捨て、指揮官席のマイクを握り締めてパルシドの居る場所へと声を飛ばす。

 金色と菫色の流麗なボディに濃密な輝力を纏わせている同胞は、揺らめくワームホールを前にしても敢然とした態度を崩さなかった。


『吾輩はここで奴の出鼻を挫く! 今すぐにメルギアスの起動と、それからハルとステラティアを此処へ向かわせてくれ! 手筈通り各部隊に分かれて応戦するぞ!』

「う、うむ、ステラティアは既にそちらへ向かっている……が」


 思わず口を噤んでしまった。だが躊躇している暇はない、今は時間が惜しい!


「ハルはすぐには向かえない! 前線部隊はステラティアとパルシドに頼る他ない!」

『……何ッ!?』

「えっ、ラランベリ様!? どういうことですか!?」


 パルシドだけでなく、室内のオペレーター達も驚愕を露わにする。

 くっ、妾も損な役回りを引き受けたものじゃ……!


「ハルは完全神王化に向けて最終段階に突入しており、現状身動きがとれない。ハルの意思ではなく偶発的なもの故、どうすることもできぬ」

『……成程、いつ目が醒める』

「それは……そろそろじゃ」


 いつ目が醒めるかなど、本当は妾にも分からない。ハルとセラフィオス様にも分からないのかもしれない。

 それでも今、この場ではこう言う他ない。神域の命運が掛かった一大決戦の、指揮官を任された身としては。


『……承知した! 逐一報告頼むぞ、指揮官殿!』

「……ふん、任せるのじゃ! 精々働け、戦闘要員!」


 心の中でパルシドに畏敬の念を抱く。自分が狼狽えていては下の者共に不安を与えることを、奴は誰より理解していた。

 流石、長年に渡り神域を引っ張ってきた元トップ……適応力や切り替えの速さが並みではない。

 妾はいつものように眼鏡のブリッジを指で押し上げ、今一度マイクを握り締めた。

 今度は神域全土に余すことなく聴こえるよう設定し直し、大きく息を吸い込む。



「──総員に告ぐ!!!!」



 責任感と、緊張感と、認めたくはないが幾許かの恐怖が頭の中で綯い交ぜになっていた。

 しかしそれをおくびにも出さず、ひたすら勇猛さだけを押し出して。



「これより『ドゥーム』の一角・大悪魔ガルヴェライザ迎撃作戦を敢行する! 此度、神域の未来を決定付ける史上最大の決戦となる! 総員、持てる力の全てを振り絞れ!!!!」



 状況は決して良くない。むしろ悪い。

 それでも譲れないものが神域にはあって。

 それでも護りたいものが此処にはあって。



「──勝つぞ!!!!」



 あらん限りの声を張り上げ、堂々たる面持ちで発破をかける。

 我々に残された選択肢は、勝つことだけ。

 敗ければ滅びる、滅ぼされる。きっと完膚なきまでに。

 そうはさせない。

 今、神域の心は一つとなっている──!!




        ***




 良い吶喊だ、ラランベリ。彼女に指揮官を任せた吾輩の眼に狂いは無かったな。


「……」


 穴から漏れ出る熱にやられぬよう、常に強大な輝力で全身を覆っておかなければ死に至ってしまう。まだ姿も見ていないというのに、改めて力の差を思い知らされるようだ。


「……ッッ!! 遂に……!」


 穴から漏れ出る魔力と熱がより一層増していく。次元の狭間から次元の狭間へ……全く御苦労なことだ。遥かな道のり、どうか多少は疲れていて欲しいものだが……期待するだけ無駄だろうな……!!


 事前に顕現させていた愛用の神槍『銀芒槍(クリアランス)』を固く握り締めた。

 出鼻を挫く。先制攻撃。まずはそれからだ、それすら決まらなければ戦闘自体が成立しない。



 ──キーーーーーーーーーーーーン……



 ……耳鳴りがする。

 五月蝿くて五月蝿くて堪らない。ざわざわと肌が色めき立つ不快な感覚。

 恐ろしいほどの速さで、恐ろしいほど滑らかに弩級の脅威が迫り来る焦燥感。



「──来たな、『ドゥーム』!!」



 槍を構える。

 槍を振りかぶる。

 全身からありったけの輝力を放出させる。

 全てだ! 吾輩の全てをこの一撃に注ぐ──!!





「誰だ貴様は」





 一瞬だった。

 世界が一変した。


「────ッッ!?」


 気付けば身体が宙に浮いていた。

 目が眩む、息が出来ない、身体が燃え盛るように熱い。


「ご……はっ……!?」


 純白の大地に叩き付けられ、今しがた起きた現実をようやく理解した。

 身体が灼けている。あれだけの輝力を纏っていたにも関わらず灼かれ、吹き飛ばされたのだ。

 苦痛に塗れた顔を素早く持ち上げ……蜃気楼で歪む“ソレ”を直視した。


 禍々しく巨大な翼。

 大樹の如く剛健な四足。

 大蛇の如き雄々しき尾。

 そして、痛々しいほどに燃え盛っている巨躯。


「ほう……貴様、ただの神ではないな」


 重厚感溢れる声が、灼熱の炎と共に吐き出される。




「貴様が何者かは知らぬが……我が王より賜りし勅命、その邪魔立てをするというならば──排除するまで」




 『ドゥーム』の一角・〈炎極〉のガルヴェライザ。

 爆炎を纏った災禍の化身とも言うべき怪物が、遂に次元の壁を越えて此方まで到達した。


 相手は一体。たったの一体。

 だというのに、何故だ。

 この眼で奴を見た瞬間、どうしようもなく。



 勝てる気が、しない……!!




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