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 前回のあらすじ。

 セラがセクハラ。


「さて、冗談はさておき」

「冗談ではないのじゃが……」

「冗談であってくれよ……」


 ジト目で黄金の瞳を見つめるも、当の本人は澄まし顔で肩をすくめるだけだった。


「一応真面目に考えた末の結論じゃ」

「まずそこに至った過程を聞こうかな?」

「肉体的に合体することで精神的にも同化作用が働くものなのでは?」

「過程というか根拠だなそれ。あと俺に聞かれても困る。経験ないもん」

「えっ」


 心底驚いたように目を丸くされた。セラからは俺が経験豊富な男に見えるということだろうか? 


「シャルミヌートとは?」

「即日破局だよ、忘れたとは言わせねーぞ」

「ふむ、藪蛇じゃったか」


 まぁ、ミヌートと俺の仲についてはあまり話題にしてこなかったしセラも聞いてこなかったので、知らなくても無理はないけど。

 ともあれ俺は未経験者である。婚約者だったイヴは地球の生命と引き換えに消えてしまったし、想いを通じ合わせたミヌートとはすぐに敵対関係になってしまった。俺の人生において恋愛関係にまで発展したのはこの二人だけなので、必然的に未経験が確定してしまうのだ。


「とはいえ、まさかハルに接吻経験がないとはな」

「……ん?」

「やたら「初めて」を大切にするのが人間というものの性らしいが、其方もか」


 ……あれ? なんか認識に齟齬があるぞ。


「待て、お前の言う肉体的な合体ってキスのことだったのか?」

「当然じゃろう? どうしたそんな顔をして」

「いや、俺はてっきり……」

「何じゃ? 交尾の事だとでも思ったか?」

「思いました」

「若いのぅ」


 セラはツボに入ったのか小さく吹き出し、軽快に俺の背中をバシバシ叩いた。


「ははは、流石に無理矢理交わろうとはしないとも。何より儂には性別も性器も無い。其方が創れと言うなら創るがな」

「べ、別に創んなくていい。もう忘れてくれ、恥ずかしいから」


 右手でさりげなく顔を隠しつつ、明後日の方向へ視線を逸らす。

 くそぅ、恥ずかしくて顔が熱い。でもさぁ、「合体」と聞いて先にキスを想像する日本人がどれだけ居るのかって話だよな? あの言い回しならどう考えてもキスの方じゃねーって……。


「ふむ、ということは接吻であれば抵抗は無いのか?」

「ん? うーん……まぁキスに関しては初めてってわけじゃないし」

「となると、初めてはやはりシャルミヌートと?」

「いや、初めては姉さんとだ。子供の頃にされた」

「うわっ、姉と? うわっ」

「小さい頃に姉とキスするくらい、よくある話だろ。少なくとも姉さんはそう言ってた」

「とんでもない姉じゃな」

「酷い言い草」


 確かに内緒にするよう言われてはいたが……まぁいい、昔のことだ。


「さて、では早速やるぞハル。近う寄れ」


 あくまで事務的な口調で手招きするセラ。正直、いくらセラが相手でも気恥ずかしさはあったわけだけど……こうも事務的だとそれも消えていく。

 そりゃそうだ、恥ずかしがってる場合じゃない。このキスにこの世の命運がかかっていると言っても過言ではないんだから……!


「うん、分かっ──んむっ!?」


 言われた通り一歩踏み出した瞬間、あっという間に唇を奪われた。首を両腕でガッツリホールドして逃げられないように唇を重ねてきた彼女に、俺は口付け中にも関わらず目を見開いてしまう。


「んっ、ち、ちょっと……」

「喋るな、やりにくい」


 無理矢理抗議しようとして、また強引に塞がれた。じ、事務的だなんてとんでもない……まるで貪るような凄まじい熱量の籠ったキスだ! 


「ん、く、ちゅむ……!?」


 ついばむついばむ! こんなについばむかってくらいついばむ! まだついばむ!


「れろ」

「!?」


 抵抗する間もなく舌が捩じ込まれた。流石の姉さんもディープキスはしてこなかったというのに……! 

 婚約者だったイヴともプラトニックな口付けしかしなかった俺に、舌の挿入と共に未知の感覚が送り込まれているようだ。

 てか、苦しい……息が苦しいんですけど……!


 必死にセラの背をタップする。ギブアップのサインに気付いたセラは、それまで瞑っていた瞼をパチッと開いた。なんてつぶらな瞳だろうか……。


「んむ」


 つぅーっと糸を引きながら、ようやくセラの端正な顔が離れていく。恥ずかしさと驚きが濃密に絡み合い、俺の顔は途轍もなく紅潮していた。


「はぁ、はぁ……やり過ぎだよお前……」

「そうか? 初めてにしては上手く出来たじゃろう?」


 こいつこそ初めてだったのかよ!? ちくしょう、なんか負けた気分だ……。


「まったくだらしのない……」

「いや垂れてるよ。口の周り拭ってから言え」

「むっ」


 不覚じゃ、とか言いながら口元を拭うセラ。なんとも締まりのない……。


「ともかく周りを見てみろ、ハル。随分同化が進んだと思わぬか?」

「ん? うーん……あっ、海の水が澄んでる! イタリアのランペドゥーザ島に来たみたいだ!」

「は……なんじゃそれは。何はともあれ、うむ!!」


 してやったりと胸を張るセラ。ということは、彼女の目論見通り今のキスで魂の同化が進んだのか……なんだかちょっぴり悔しいけど。


「でも、相変わらず周囲はほとんど真っ暗だよ」

「そうじゃな。肉体的な合体は第一候補じゃったが……元よりそれだけが唯一絶対の効力を発揮する方法とは思っておらぬ。魂の完全融合に向けて、まだ候補はいくつかある。どんどん試すぞ」

「で、次の方法は?」

「そうじゃな……まず椅子を出してくれるか、ハル。以前そうしてくれたように」

「あ、ああ」


 以前『セラ=ヴァース』でここに来た時、セラに言われるがままポンと椅子を発生させ、膝を突き合わせての会談に及んだことがあった。

 ここは俺の心の世界なので、俺が念じればそういったことも可能らしく……あれ?


「どうした?」

「あ、いや。今出すよ」


 おずおずと頭の中で念じ、椅子を二つ発生させて二人同時に腰を下ろした。今回は対面ではなく横並びにして発生させてみた。

 俺が念じれば……心の世界ではこんな事だって出来てしまう。

 それなのに、俺は何故。


「ハル、其方は今こう思っているな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と」


 水平線の彼方を見据えたまま、セラは神妙な声色で囁くように言った。

 隣に座る俺は、セラの顔を見るのが怖くて怖くてたまらなくなった。かといって眼前に広がる美しい海を見るのも怖くて、ひたすら真顔で俯くしかなかった。

 かつての俺なら何も言えず逃げ出してしまっていたかもしれない。

 だが、前に進むしかない。今の俺に許されるのは前進だけだ。後退も停滞も許されない。


「……なんで晴れないんだ?」


 吐き気すら覚えながらも、鉛のように重い唇を動かして音を繰り出した。


「儂も何度となく思考を重ねた……結論はたった一つ。ハル……其方は“神王の器”である前に“特異点”なのじゃ」



 ……特異点? 




「完全融合のため、そして何よりハル自身のため──()()()()()()()()




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