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揺籃

「ハル様。無事お戻りになられたのですね」

「ああ、ステラティア。待っててくれたのか」


 ゲートを潜り抜けて神域に戻ってくると、何故かステラティアが待ち構えていた。見送りもしてくれてたからおかしくはない……いややっぱおかしくね? 神域(こっち)じゃ大分時間が経ってるはずなんだけど。


「今回の出撃は如何でした?」

「ん? 無事倒してきたよ」

「まぁ! この短時間で……凄いですハル様! これでもう二十七体目の大悪魔討伐ですね?」

「ああ、うん。それよりステラティアの方はどうだ?」

「もうバッチリです。ハル様の教えの賜物かと」

「俺っつーかセラの受け売りばかりだけど……良かった。いよいよ大詰めだからな、頼りにしてるよステラティア」

「はい!」


 俺やパルシド卿と共に最前線に立つ役割を与えられたのがこの女神だ。

 最たる要因となった「膜」を生成する能力……その練度は既に盤石の域に達している。やはりセラの言葉通り、ステラティアの才能は素晴らしいの一言だった。来たる決戦の日も、彼女ならば必ず期待に応えてくれるだろう。


「ステラティア、二時間後になんか用事とかある? 無かったらパルシド卿も一緒に三人で話があるんだけど」

「作戦会議ですね? もちろん構いませんが、何故二時間後に?」

「ん? いやー、ちょっと用事が」

「お供いたします」


 あっ!?


「いや、ごめん、大丈夫。大したことじゃないし」

「なら着いて行っても大丈夫ですね」


 うわうわうわ! どーしよ! どうやって撒こうかな!?


「えーとですね、行きたいところがありまして」

「敬語」

「行きたいところがあってさぁ!」


 この女神の情緒やべーだろマジで!


「二時間後にまた落ち合うのも面倒でしょう? 私は特に用事もありませんし着いて行った方が効率的です」

「ええと、そのぉ……行きたいとこっていうのが、セラの希望でぇ……」

「セラフィオス様の?」


 おっ、反応が少し変わった!


「ああ、どうしても俺とだけで話がしたいらしい」

「…………分かりました、それでは二時間後に落ち合いましょう。一旦失礼いたします」

「ああ、ごめんな」


 なんとか切り抜けたか……セラの意思であることを伝えれば、ステラティアに限らずほとんどの神が尊重せざるを得なくなるからな。

 俺が今から行く場所に、どうしてもステラティアだけは連れて行きたくなかったのだ。


 クライア様と犬猿の仲である、ステラティアだけは。




        ***




 庭園に聳り立つ、巨大な塔の頂上にて。

 クロッキングチェアに身体を預けてギコギコ揺れているのは、俺が最も付き合いの長い女神である。


「とりあえず茶でも飲んだらどうだ? ハル」

「いや、いいっす」


 丁重にお断りして、地球の女神クライア様の瞳をじっと見つめる。

 クライア様は、大層居心地悪そうに唇をもにょもにょさせていた。


「いきなりやってきてどうした? 余の貴重な休暇は神王に気を遣うためのものではないのだが」

「それはほんとすみません。ただ、何となく落ち着かなくって……」

「もうすぐガルヴェライザが来ることへの緊張か?」

「それもありますが……俺は未だに不完全体のまんまなんですよ」

「それを余に相談されても困るのだが」


 本当に困った表情で見つめ返される。突然空から飛んで来て一人きりのリラックスタイムを邪魔したことで、俺への好感度がじわじわ低下しているようだ。これは困った。


「方法ならセラフィオス様に聞けばよかろう?」

「アイツは「自分がハルの中から消えればいいだけ」と言うばかりで……挙げ句の果てにはすげー奥底に引っ込んで、受け答えもしてくれなくなっちゃったんです」

「えっ、セラフィオス様消えるのか!? サラッととんでもないことを言うな……」

「すみません」


 溜息をつかれたので俺は真顔で謝罪した。


 そう──セラは消える。


 俺の中でずっと俺と過ごしてきた、二心同体の存在……神王セラフィオスは近い内に消える……いや、彼女が言うには()()()()()()()()()()()()


 悪魔王が口にしていた完全な神王化へ到る最後の条件、それこそがセラの消滅……というか「完全な融合」。

 現時点でも俺とセラの魂は融合しているが、あくまでも不自由なく会話が成立してしまえる程度で、どうやらそれが問題らしい。

 真に融合を遂げていれば、そのような現象は起こりようがない、と。

 心の奥底に引っ込む前のセラが自分でそう言っていた。


 だが……俺にどうしろってんだ? どうして欲しくて引っ込んだんだ?


 それとも……自分で自分を消す為に必要な手順だったとか?

 何にせよ、碌に別れの言葉も告げずに消えることだけは許せない。勝手に人の身体に住み着いておいて、サヨナラも言わずに消えようなんて一体何様なんだ? それだけは何が何でも阻止せねば……。


「いや、ハルよ。そもそもなぜお主はここに来た?」

「昔……ってほど昔じゃないですけど、以前ここでクライア様に相談したこと思い出して」

「あぁ、セツナの……そんなこともあったな」


 カッコンカッコン揺れながら、器用に頬杖を突くクライア様。まだセツナの状態がそこまで悪くなかった頃、本当に戦闘の後遺症なのか聞いた時のことだ。


「皮肉か? セツナの体調についての相談を、余ははぐらかしただろう」

「でも覇天峰位が……パルシド卿が原因であることは教えてくれました」


 大真面目な顔でそう言うとクライア様は苦笑いを浮かべ、造り物の右手でくしゃりと髪を掴む。


「買い被ってくれるなよ。余は逃げたかっただけだ。パルシド卿にカリンの魂を譲ったのは余だからな、時期的に見てもセツナの存在はおかしいと前々から思っていた。それを知った上で忖度していたのが余だ。お主にとっては……」

「クライア様に罪なんてありません。俺にとってのクライア様は、いつだって頼りになる偉い偉い女神様ですから」

「……ふはは、参った。相変わらずの盲信癖だな、ハル」

「心外ですよ、普通に褒めただけなのに」


 クライア様が冗談めかした口調で肩をすくめる姿を見て、俺もニコリと微笑み返した。


「まぁしかし、何度も言うが……余は神王化についての助言など送れぬ。お主が何とかするしかない」

「……それはそうなんですが、正直途方に暮れてます。もしかして、っていう方法があるにはあるんですけど……」

「なんだ、じゃあ試せばよかろう」

「それだと決戦に間に合わなくなるんです」


 間髪入れず放った言葉に、さしものクライア様も動きを止めた。

 まさしく地球のような色彩の美しい瞳と数秒見つめ合う。


「……何故そう思う」

「勘です」

「あのなハル……」

「でも確信めいてもいます」

「……フッ、まるでセラフィオス様みたいなことを言う」


 俺の返答に小さく吹き出したクライア様は、天を見上げながら小さく溜息を吐いた。


「ま、当人でなければ分からぬ感覚もある。お主がそうだと思うのならそうなのだろう」


 クライア様は俺の無茶苦茶な言い分を落ち着いて聞き入れてくれた。この御方はいつだって真摯な態度でモノを言ってくれるから、俺も包み隠すことなく口を開けるんだ。


「だが、どうする? 此度の決戦がハルありきなのは重々承知していると思うが」

「たとえ完全体になっていないとしても、間に合わないくらいならこのまま決戦に行こうかなって」

「ふーむ……悩みどころだな。今後のことを考えたら完璧な状態に仕上げておくべきだが……目先の決戦に参加できないのでは意味が無い」

「ですよね? ですからまぁ……」


 詳細は伏せられているが、ラランベリ様の秘密兵器もある。神王化に躍起になって戦闘に参加できないよりはマシだろう。


「どれだけ遅れるかにもよるな。間に合わないといっても、どれくらい遅れる算段なのだ?」

「うーん、具体的な数字は何とも言えないです。丸々遅れることは無い……と信じたいんですが」

「なるほど、その口振りなら確かに完全神王化は避けた方が良さそうだな。少なくとも今ではない」

「ですね」


 俺の方針は定まった。けれど、セラは一体奥底で何をしている……? 何のために引っ込んだ? 

 結局そこの疑問は分からない。もう少し何かヒントを残してから引っ込んでくれればいいものを……。


「よし、それじゃあ俺は戻ります。ありがとうございました」

「よい。もはや猶予は無いのだ。悔いの無い道を歩め、ハル」

「ええ、それでは」


 純白のマントをたなびかせながら空へ飛び立つ。

 さて、と。そろそろパルシド卿のところにでも行くか。いや、その前にステラティアを見つけておいた方が……ん? あの若葉色の頭は……。


「おーい、月ちゃーん」

「あっ、ツッキー!」


 地面をてとてと駆けていた月ちゃんに声を掛けてみると、予想以上に真面目な表情だったので驚いてしまう。

 ゆるゆると地面に降り立ちながら、肩で息をする月ちゃんに目を丸くして問い掛けた。


「どうした? そんなに急いで」

「はぁ、はぁ……ツッキーを探してたの!」

「俺? なんで?」

「最終調整が終わったんだよ! ラランベリ様が今すぐ会いたいって!」

「あ、そういうことか」


 噂の“アレ”が無事完成に至ったのか。それが具体的に何なのかすら俺は知らないが、神域側にとってのジョーカーとなり得るものであることは確信している。

 とくと拝見させてもらおう、ラランベリ様の最高傑作とやらを……。


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