【行間 四】 理想郷
瞼を開く。
生まれて初めて目にしたのは、異様なオーラを放つ巨大樹であった。
儂の名はセラフィオス。生まれながらの救済者。
そして目の前のコレは創神樹。創神樹ゴルフィオン。
生まれた時から生まれた意味を知っていた。
自分が何を為すべきなのかを理解していた。
後から知ったが、知的生命体というのは生涯をかけてそれらを追求していくものらしい。儂はどうやら他とは違うようだった。
だからと言って別に何が悪いというわけでもない、生き方なんぞ千差万別。自分に落ち度がないことをクヨクヨ悩んだって何の益にもならない。
生まれながらに抱くこの使命を果たすため、儂は邁進し続けなければならない。
たとえどんな運命を辿ることになろうとも。
たとえそこに儂が存在しなくとも。
ただし、その前に……まずは仲間が要る。
儂の使命は儂一人では決して成し得ないもの。
故に、先ずは同胞が生まれ落ちるのを待つのみじゃ。
***
「うーむ、暇じゃな」
儂が目醒めて随分な月日が流れたが、儂は依然として独りぼっちのままだった。
この樹が神を生み落とす機構を持つことは知っている。だからこそ、今か今かとひたすらに待ち続けていたわけじゃが……寝坊助が多いようじゃな。
「もう待ってられぬわ!」
こんなに何もない場所で、こんなにも長い間独りぼっち! 頭がどうにかなりそうじゃわ!
そこで儂は樹が生み落とすよりも先に、自らの手で特別な神を創り出そうと試みた。
様々な手法で試行錯誤を繰り返しながら、来る日も来る日も同胞の生成に勤しんだ。時間も忘れて没頭した。
そして、ついに。
儂は一体の神を創り出すことに成功した。
「うーん……どこですの? ここは」
寝惚け眼であくびを噛み締めながら、一体の女神が目を覚ました。金色と菫色が混じり合ったくせっ毛が特徴的な、美しき人型の女神。
そう、待ちに待った同胞第一号の誕生である!
「おぉ、目が覚めたか! 儂の名が分かるか?」
「セラフィオス……様?」
「そうじゃ! いやー、大成功じゃな!」
興奮気味にわしゃわしゃと頭を撫で付けて迎え入れる。
こんなにも変わるのだ。
こんなにも嬉しいのだ。
独りと二人では、こんなにも。
「髪がボサボサになっちゃいましたの〜」
「ハハハ、大目に見ろ。さぁ、其方に名を与えよう。最古の神──「プラニカ」。これからはそう名乗るがよい」
「はーい、分かりましたの〜」
「マイペースな奴じゃなぁ」
儂がこの世に生まれ落ちて、最初に出逢ったのがプラニカだった。
話せば話すほどに此奴は馬鹿でマイペースで自分勝手な奴だと判明していったが、しかしとてもピュアな性格の持ち主だった。儂は我が子同然の存在であるプラニカを大層可愛がってやった。
「流石に二人だけじゃ飽きてきたんですの」
「本人を前に何たる言い草じゃ!」
とはいえ、それは全くその通り。
この樹はいつまで経っても神を生まなかった。いくら可愛がるとは言っても、二人だけでは流石に倦怠期くらい訪れる。
仕方のない樹じゃな……ここはもう一度儂が一肌脱いでやるしかあるまいよ。
「セラ様、頑張ってですの!」
「言われるまでもないわ」
そうして、儂は再び神を創り始めた。
プラニカがこんな調子なので、今回は真っ当な性格の持ち主が良いな……だが、こんなのでも一応姉はプラニカだ。大らかな気質の持ち主でなければ、コレを姉と認めた上で上手くやってはいけないじゃろう……。
諸々の事情を考えながら、儂は幾分慎重に生成に取り組んだ。
「……」
ある程度生成段階が進んできた時点で、儂は確信に至る。
プラニカはともかく、この二体目は間違いなく儂の後継として相応しい力を持つ。
もしも儂がいなくなるようなことがあれば、この神が同胞達を統率することになるじゃろう。それだけの素質がある。
「まだですの? 待ちくたびれたんですの」
「ええい、喧しい奴め。もうすぐじゃ」
「妹ですの? 弟ですの?」
「うーむ……多分性別はないぞ」
「じゃあ妹っぽいんですの? 弟っぽいんですの?」
「このままいけば弟っぽくなる」
「へぇ、まぁどっちでもいいですの」
「何じゃそれ。じゃあ何故聞いた」
「何となくですの〜」
「適当な奴め」
はっきりとした物言いではなかったが、プラニカは待ちきれなかったのだと思う。
妹にしろ弟にしろ、確実にプラニカは姉になる。その事実が楽しみでならなかったのじゃろう。
そして、それからしばらくした後。
二体目の特別な神が生まれた。
「ん……ここは……」
「わぁ! 私の髪と同じ色のボディカラーですの!」
「うむ! 目が覚めたようじゃな! さぁ、早速じゃが其方に名前を授けよう」
「パルシドですの」
「おい、儂より先に名付けるな!」
「よろしくですの。ちなみに私は貴方のお姉さんですの」
「おぉ、貴女が姉上でしたか。こちらこそよろしくお願いいたします」
大層嬉しそうに微笑むプラニカを見て、儂は呆れながらも頬を緩ませた。
「仲良くするのじゃぞ、二人共」
「もちろんですの!」
「はい、セラフィオス様」
独りから、二人へ。
二人から、三人へ。
そしていよいよ、創神樹から「一体目」の神も生まれ落ちようとしている。
「眩しいな……」
プラニカ、パルシド、そして今後も生まれ落ちてくる数多の神々。
神域の未来は明るい。世界はきっとより良くなっていく。
穏やかで、平和で、誰もが明るく過ごせる世界──『理想郷』を創る。それが儂の夢。
ただし儂の使命は、あくまでもこの世を脅かす敵を討ち倒すこと。
その先の夢は……この二人と、未だ見ぬ同胞達に委ねよう。
とろけるように幸せな、わたしの夢を……。




