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彼の名は

「……ふぅ」


 赤黒い空へ舞い上がる灰を見送り、小さく息を吐いた。

 ようやく終わった……本当に疲れた……。


“よく頑張った、ハル”

「ん、ああ」

“だが腑に落ちぬな。何故さっさと処理しなかった”

「する必要がなかっただろ。『セラ=プラチナム』の効力はお前が一番分かってるはずだけど」


 『フォース』が「面」の破壊に特化した奥義であるのに対し、『プラチナム』は「線」と「点」の破壊に特化した奥義だ。

 『フォース』と比べて攻撃範囲は著しく狭まるものの、こと局地的な突破においては比類なき破壊力を誇る。

 『フォース』で放出していた莫大な輝力をこの純白の剣に集約し、極限まで濃縮することで別格の輝力を編み出す強引な奥義……それが『プラチナム』。その状態で一太刀浴びれば、たとえ再生能力があろうとも即時対応出来ないほど深刻なダメージを負う。あの大悪魔ブラルマンでさえすぐには再生出来なかった所以である。


“無論、分かっておる。儂が言いたいのは言葉を交わす必要があったのか、ということじゃ。そんな暇があるなら、一刻も早く『フォース』で残骸を消滅させるべきじゃった”

「だからさ、さっき俺とブラルマンの会話を聞いてたなら分かるだろ。決着はもう付いてた。必要がないからしなかった」

“……心配じゃ。その甘さが、いつか其方に牙を向くのではないかと”

「さぁね。何が何でも即殺するより、時と場合によって物事の取捨選択を採れる方が「上」じゃないか?」

“…………生意気にも弁が立つようになったのぅ”

「俺も俺で色々考えてんだよ。とにかく、流石に疲れたしさっさと帰ろう。セツナの様子も確認しないとだし……」


 軽く腕を振ってフォルテシアを消失させる。もちろんこれは消滅したわけではなく、あるべき場所に仕舞っただけだ。神王は神王剣を任意で仕舞い込んだり顕現させることが出来る。いついかなる場所で敵と出会おうとも遅れを取ることはない。


「『セラ=ララステラプラニカーナ』」


 帰還のためのゲートを開く。

 さて、とりあえず帰ってステラティア達に事態の報告をしよう。あとはとっとと家に戻り、セツナの様子を……、




「まぁ待てよ」




 ゲートが消滅した。

 あまりに一瞬、あまりに脈絡無く。

 思わず思考が止まる。馬鹿みたいに口を開けて目を丸くする。

 何だ、何が起こった、どういう現象だ? 

 いや、そもそも今、誰かの声がして……。


 恐る恐る、ゆっくりと背後を振り返る。

 そこに佇んでいたのは。



「よぉ、久々だな……ハル」



 漆黒の喪服に漆黒の外套を羽織った、長身痩躯の男──彼は、確か……神域と旅館の図書室で少しばかり話をした、あの人だよな……? 


“な、何故……何故奴が此処に居るッッッ!?”


 突如、もはや悲鳴のような叫びが頭の中で反響する。あまりにも聴き覚えのないセラの声色に、俺の身体は自然と警戒態勢に入った。

 えっ、あの人って、そんなにヤバいのか……?


「旅館で絵本を読んだ時以来だな」

「え、ええ……あの、あなたは何故ここに……?」

「見せて貰ったぜ。テメーとブラルマンの戦いを」

「…………」


 何故ブラルマンの名を知っている?

 背筋にとてつもない悪寒が迸った。

 待て、待て、頭を使え、状況を整理しろ。


 俺が初めてあの人と出会ったのは、神域だ。

 神使だと思った。

 でも違った。

 だから神だと思った。

 それ以外で神域に居る存在なんて居るわけないと思ったから。

 けれど事実として、彼は神ではない。神ではないのだ。

 では、何か。果たして彼は何者なのか。


 ……いや、何も難しく考える必要なんてない。


 だって、そうだろ? 神域にはたとえ『ドゥーム』でさえ侵入できない。神域に侵入し、あまっさえ一方通行の“道”を生成してしまえるような存在は、この世にたった一人だけ。



「──あなたが、悪魔王なのか」



 これ以上ないほどに声が震えていた。本当に情けないけれど、俺は心底震え上がっているのだ。


 何故気付けなかった……以前の俺ならまだしも、神王となった今の俺が、どうして一眼見た瞬間に気付けなかったんだ!?


 その事実が何より恐ろしかった。そしてそれを認識した瞬間、あまりにも未知の絶望に直面したことを実感し、全身の震えが止まらなくなった。


 ……本当に、まるで分からなかったのだ。何も感じなかったのだ。


 魔力や敵意、通常この場にあるべきモノを、目の前の男は……一切合切全く持ち合わせていない!


「ま、そう怯えるな。オレに怯えるのはテメーが成長した証でもある。実に喜ばしいことじゃねぇか。なぁゾフィオス……いや、今はもうセラフィオスか」

“…………っ、ハル、とにかく落ち着け。落ち着いてやり過ごせ。分かっておるじゃろう、悪魔王が今ハルを殺すわけがない、当たり障りなく話して退くぞ……”


 な、なんて情けない声……。

 落ち着けと言うセラが一番動揺しているせいで、俺も落ち着くに落ち着けない。彼女とは四六時中一緒にいるが、こんなに頼りないセラは初めてだ。


「ハル、セラフィオスはなんて?」

「…………」

「おいおい、いくらオレでもテメーの頭ん中までは覗けねぇ。言葉にしなきゃ分からねぇだろうがよ」

「……隙を見て逃げろ、と」

“馬鹿、ハル、其方! 正直に言う奴があるか!”


 そうは言うが、しかし……直に対面することでしか感じられない感覚というものはある。そして俺の直感として……コイツに嘘や誤魔化しは通じない。可能性の話ではない、確実にそうであると根拠も無しに断言できてしまう。


「別に殺しはしねぇよ。今日は経過観察だ」


 漆黒の瞳が、俺の全身をじっと捉えて離さない。ほんの僅かな間だったが、俺は蛇に睨まれた蛙のように指先一つ動かせなかった。


「あともう一歩、ってとこか。やっぱりまだ完全体じゃねぇな。神王ってのは不純物が混じってると完全体にはなれねぇもんなのか……」


 散々俺を観察し、訳知り顔で頷いた悪魔王は、外套のポケットに両手を突っ込んで、


「ハル。神王ツキノハル。()()()()()()()()()


 おもむろに、口を開いた。



「地球基準で二日後、神域にガルヴェライザを送り込む」



 淀みなく、どこまでも明け透けに。

 悪魔王は、破滅的な宣告を述べた。


「『ドゥーム』の一角、〈炎極〉のガルヴェライザ。不完全体のテメーじゃ相手にならねぇ。二日の間に不純物を取り除いて完全体になっておけ。でなきゃ終わりだ……神域も、テメーの命も」


 そう言い残し、くるりと踵を返す悪魔王。

 俺は震える身体を無理矢理抑え付け、精一杯の勇気を振り絞って声を張り上げた。


「待て、悪魔王ホロヴィア!!」


 何故神域を滅ぼそうとする。

 本当に退屈だからって理由だけなのか。

 何かあるんだろ? そうでもなけりゃ、いくらなんでも……!!

 気持ちだけが沸き立って言葉が上手く出てこない。情報を処理しきれずにフリーズしてしまったコンピュータのようだ。

 何をしている、俺は立ち向かう義務がある。言え、聞け、悪魔王との対話などこれが最後かもしれない……!




「………………ハル。今、なんて……」




 ……何だ、この反応は?

 それまで一切感情に揺らぎを感じさせなかった悪魔王が、わざわざ振り返ってまで瞠目していた。

 何をそんなに驚いているんだ? 俺はただ……。


“……ハル、やはり其方こそが……”


 困惑している俺を余所に、神妙な口振りでセラが呟いていた。それは全てが腑に落ちたような、悟りに満ちた声色で。故にこそ俺は無性に不安になった。


「……いや、いい。今日は来た甲斐があった。おかげで確信が持てた……じゃあな」


 悪魔王はポツリとそう言い残すと、音も無く忽然とその場から消え去った。

 ……気配はない。いや、たとえ居たとしても俺には感じ取れないのかもしれないが……今の言葉と共に、この星を離れたと見て良いだろう。


“……戻るぞ、ハル。まず何よりも、ガルヴェライザの件を神域の皆に伝えねば”

「あ、ああ……そうだな」


 俺は力無く頷き、粛々と神域へのゲートを開いて飛び込んだ。

 結局、アレは一体、何だったんだろう?

 あの、悪魔王の反応は……。


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