Resurrection tentacle 〈残機〉
手応え充分……!
とはいえ一片も残さず消せたわけじゃない、確実に倒すなら全ての肉片を消さなくては!
『フォース』を途絶えさせないまま、取りこぼした触手の欠片を消しにかかる──案の定既に再生が始まっている、バケモンかこいつ!
一瞬で目を滑らせ全肉片の位置を把握し、光の奔流を猛々しく振るって消し炭にする。
これで全部……あれっ、なんだ!?
背後に気配を感じ、振り向きざまに剣を一閃すると、丸太みたいな触手が跳ね飛ばされて宙を舞っていた。
こんなデカいもんを取り零した覚えはねーぞ、どこから湧いてきやがった!
「ぐあっ!?」
バゴンッッッ!!!!
触手を斬り捨てた直後に完全な死角から背中を強打され、ガクリと片膝を着いてしまう。その強烈な一撃は、俺を中心として半径数十メートル規模のクレーターが出来上がるほどであった。
「ハハッ、ようやく膝を着いたか! 全く恐れ入るぜ、その頑丈さはよぉ!」
「いってぇなクソッ……どうなってんだよ、お前の身体は。一体全体どっから湧いて来た?」
クレーターの淵には、五体満足のブラルマンがしたり顔で触手を揺らめかせていた。
……俺は奴を跡形も無く消滅させたはずだ。取り零した肉片もすぐさま焼き払った。
だというのに、この現状……再生というより全く別の場所から湧き出てきたようにしか思えない。
それに加えて、俺を襲った不可解な攻撃もまた頭を悩ませる要因だった。
俺の背中を打ったのはブラルマン本人からの攻撃だ、それは何らおかしくない……が、その前に俺に襲い掛かった触手は一体何だ??
「いやぁ、実はおれも驚いてるぜ。おれほどの悪魔でさえそう頻繁に進化出来るわけじゃねぇ。それがよぉ、テメェと戦えば戦うほど自分の力が高まるのを感じるのよ。本当に最高の気分だぜ……テメェと殺し合うことは、おれの人生における重大な岐路かもしれねぇ」
「やだなぁ、お前にそんな運命的な物言いされるの……」
ボヤきながらゆっくりと立ち上がる。さて、どうしたものかな。
ブラルマンの台詞は抽象的だ。それも当然だろう、この戦いは本気の殺し合いなのだ。具体的な説明など求める方が間違っている。
であれば必然、打開策は自分自身で見つけなくてはならない。
「…………」
“ハル、儂からの助言が欲しいのか?”
「ば、馬鹿言え! こんくらい自分で分かる!」
そりゃあ助言を受ければ解決できるのかもしれないが、セラに頼り過ぎるのもどうかと思ってしまう。自分でも驚きだが、一丁前に現神王としての自覚が芽生えているらしい。
とはいえ、ただの強がりではない。抽象的ながらも、奴の台詞からは確かな情報が読み取れるからだ。
「ってオイ!」
傷一つ無い八本の触手が狂気的な動きで襲い掛かってきたため、俺は一旦思考を中断させて対処に専念する。
水玉を生成する暇がなかったため、今回はフォルテシアを振るって斬り捨てた。
問題ない、もはや触手攻撃の対処はお手のものだ。
案の定再生を遂げられるも、その隙に大量の水玉を生成・放出し荒ぶる触手を打ち払っていく。
……パワーが少し増している? 今はギリギリ水で凌げるが、今後はどうなるか分からない。
俺はブラルマンと違って強者との戦闘に喜びを見出す類いの人種ではない。セラは「強い相手の方が良い修行になる!」とか言いそうだが……これ以上強くなられると正直困る、早急にケリを着けたいな。
うん、結局のところ“そういうこと”だ。奴は極限的窮地に陥ったことで進化を遂げ、それに伴って会得した力が、奴を全く別の場所から“発生”させている要因となったのだ。
問題はその“発生”条件。きっと何か条件があるはずだ。
肉体が完全に消滅しても無条件で復活を遂げるなど、もはや生物というより概念だ。奴が生物である以上、何らかの条件を満たさなければこの現状は起こり得ない。
「もう一度試すか」
初見で見抜けなかったのは仕方ないと割り切ろう。
次だ。次の完全消滅で能力の性質を暴いてみせる……!
周囲で爆ぜる水の音を聞き入れながら、剣の柄を固く握り締め、
「フォルテシア、全開!!」
背中を打たれた拍子に通常状態へ戻っていたフォルテシアを再び覚醒させた。
『セラ=フォース』で跡形も無く消し飛ばす。話はそこか……らッッ!?!?
視界の隅で。
俺の顔面目掛けて、触手の先端が肉薄していた。
──これは当たる、避けられない
しかしただでは終わらない。直撃までの刹那にて、俺はこの現象の絡繰を概ね看破する。
何しろこれを受けるのは二度目だ、三度目は許されない。これ以上好きにさせねーからな、ブラルマン……!
バチィィィンッッッ!!!!
「──ッぐぅ……!」
ひどく痛快な音を響かせながら、右頬に強烈な一撃が入った。ミシリと首の骨が軋んだ程度で済んだのは良いが、やはり神王衣に覆われていない顔面だと滅茶苦茶痛い。
だが、痛みに見合う成果は得た! こいつの新能力、その正体を!
「とうっ!!」
身体から無数の水玉をばら撒いて追撃を凌ぎつつ、遥か上空へ飛び上がって地上を見下ろす。
上から俺が特に注視したのは、ブラルマン本体──ではない。
「やっぱりそうだ……動いてる」
俺とブラルマンが戦闘を繰り広げていた一帯に、満遍なく散らばっている触手の残骸。
とうに斬り離されたはずの意思持たぬ肉片が、不気味にもウゾウゾと百足のように蠢いているのだ。
“どうやら儂と同じ結論に至ったようじゃな”
「多分な。俺が散々斬り落としてきた触手の残骸も、今のブラルマンなら自在に操作出来るんだ。予想だにしない方向からの攻撃も、地面に転がってる残骸の不意打ちであれば納得だ」
“不可思議な“発生”も同様の原理じゃろう”
「ああ。奴は打ち捨てられた肉片からでも再生出来る。たとえ本体を完全消滅させたとしても、どこかに肉片一つ転がっていればそこから完全再生を果たす……!」
どんなに小さな肉片からでも無傷で元通り……なのはもはやどうだっていい。重要なのは、本体を完全に消し去ろうとも何処かに肉片さえあれば復活する、という点だろう。
すなわち、奴は「命」を大量にストック出来る反則的な生物ということ……!!
「くっ! まったくしつこいなぁ!」
動きを阻害する水玉を掻い潜り、五本の触手が天を駆け上がってくる……が、この期に及んで切断するなど以ての外! 水で防御する!
自らを中心に巨大な水の環を放出し、迫り来る触手を纏めて弾き飛ばす。
“ほぉー、土星みたいじゃな”
「言ってる場合かよ! 水での防御は所詮その場凌ぎだ、俺の水じゃブラルマンの肉体を損傷させることは難しい。どうしたってフォルテシアの力は必要になる……けど……」
もう斬れない。これ以上奴の“残機”を増やせば、流石の神王と言えども形成が傾くことは必至。
とはいえ、既に相当数の“残機”があるのは明白だ。
今回の戦闘において、俺は自分が斬り落としてきた触手の数を覚えているか? 答えはNoだ。とにかく沢山、としか言えない。細かい数など覚えているはずがない。
奴はそれらを全て自在に操れるようになった。
復活の依代として“発生”することさえ可能になった。
考えるだけで気が遠くなるほどの数に間違いはなく……。
「ッ!?」
その時、地上から数多の触手が湧き上がり、俺を撃墜すべく一斉に空を駆け上がっていた。
それは、優に千を超える膨大な数……!
「地獄みてーな光景だ!」
“まぁ焦るな。視覚的インパクトは強いが、賢い選択ではない。むしろ厄介な残骸を一掃するチャンスじゃ”
それもそうだとセラの言葉に頷いた俺は、弓を引き絞るようにググッとフォルテシアを構え、触手を逃れて更に上昇していく──よし、ここだ!
「『セラ=フォース』!!」
複雑怪奇に絡み合い、巨大ドリルのような凶器と化した触手に向けて、明星の如き輝きを放つ一撃を天より解き放つ。
燦然と煌めく光剣と、赤黒く蠢く触手ドリル──つまりは、極大の輝力と魔力の激突である。
互いの一撃が触れ合った瞬間、圧倒的な衝撃波によりただでさえ地形変動を起こしていた大地が更に割れ、砕け、剥がれ落ちていく。
クソッ、やはり長期戦は駄目だ! 星の方が保たない!! ここで決めるくらいの覚悟でなければ……!!
とはいえ、『セラ=フォース』と巨大触手ドリルが拮抗しているのは僥倖だ。やはり、とうに切り離された残骸は、ブラルマン本体の触手八本に比べて強度で劣るらしい。
“手数が増えたとて魔力の絶対量が変わるわけではない! 臆するな!”
「分かってる!」
力と力の鬩ぎ合いが続くも、光刃がジワジワとドリルを裂き始めた。いける、このままなら斬り裂ける──いやちょっと待て、本体は今何処に居る!?
違和感に気付くと同時に、触手ドリルの少し上方から猛烈な勢いで突貫してくる物体に気付く。
“来てるぞ、ブラルマンじゃ!!”
「見りゃわかる!」
奴め、『フォース』発動中は俺の動きが鈍化するのに目を付けたか! てことは触手ドリルはあくまでも『フォース』を撃たせるためのデコイ! 本懐は本体による直接攻撃か!
だけどな、動きが鈍化するなんてのは張本人の俺が一番理解してんだよ!
上昇してきたブラルマンが全身に魔力を漲らせ、大気を突き抜けるような速度で八本の触手を突き出してきた。一連の動作は一秒にも満たない、敵ながら惚れ惚れする程洗練された挙動だ。
だが俺の水玉生成速度はたとえ後出しでも奴を上回る。これぞまさしく“神速”の“神業”……!!
“よし! いいぞハル!”
『フォース』でドリルに対処しつつ、即時生成した無数の水の砲弾で触手を弾く。そして今この瞬間にもドリルは崩壊の一途を辿っている……どちらが優位かなど一目瞭然だ!
「クソがッ! だがおれはまだ……!!」
「いいや、無い! 墜ちろブラルマンッッ!!」
動揺する奴の顔面スレスレの位置に水玉を生成し、ほぼ零距離から会心の一撃を叩き込む。当然一発だけじゃすぐ立て直される、呼吸の暇さえ与えるな!
「おおぉぉっっ!!」
もう一発。
もう一発。
更にもう一発!
立て続けに。絶え間なく。一方的に。
奴の顔面に特大の水弾を食らわせ墜としていく──巨大な光と触手がせめぎ合う、死地へと。
「もう逃さない……!! お前の残骸諸共……!!」
「ごぼっ、がぼっ、テ、メェェェェ!!!!」
大量の水に溺れながらも抵抗し、激怒するブラルマンを容赦なく撃ち続け、そして……!
「これで終わりだ!!!!」
聖なる剣から溢れる暴力的な光の奔流が、八本の触手含めブラルマンの巨躯を余すことなく呑み込む…….!!
「ご、ォォォッ、ォォォオォ、グオォォォォォォオォォォォーーーーッッッ!!!!!」
耳をつんざくような絶叫が鼓膜を激しく震わせる。だが当然力は緩めない、緩めるはずがない。
今の俺に出来る、最大出力──全てを、余す事なく注ぎ込む。こうでもしなけりゃ倒せない。ブラルマンとはそういうレベルの悪魔なんだ……!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!」
ドリルが裂ける。
裂け目から眩い光が溢れ出る。
全部だ……全部纏めて突き抜けろ!!!!!!
「神王ォォォォォォーーーーーッッッ!!!!」
怨嗟の籠った雄叫びと共に。
ブラルマンと、奴の残骸の全てが。
完全消滅に至る──!




