女神ステラティア
「──で、修行って何すんだよ」
月ちゃんとの交流を終えコテージから出た俺は、当てもなく神域の白い大地を練り歩いていた。来たるべきガルヴェライザの襲撃に備えて修行をするまではいいが、具体的なことはまるで知らないのである。
“前も言ったじゃろ、大悪魔との戦闘じゃよ。どこかしらの星におるはずじゃから、そこに赴き退治する”
「どこかしらって……」
“神域には、悪魔の位場所を特定する専属部門がある。そこに行けば分かりやすいじゃろう”
「そんなのあるんだ」
“当たり前じゃろ、この広い宇宙に散らばる無数の星からお目当ての悪魔を見つけるなら、相応の設備や人材が要る。神域の中でもかなりデカいグループじゃ。ちなみに、そこの元締めがステラティアなのでな、彼奴にも会えるし一石二鳥じゃぞ”
「へぇー、ステラティア卿が」
覇天峰位のメンバーは『ドゥーム』の研究に没頭してばかりと聞いてたけど……一応仕事してる神もいるんだな。名ばかりの役職というわけでも無いようだし。
「そういえば、どうしてステラティア卿は俺に会いたがってたんだろ? パルシド卿の勘違いでもないよなぁ」
“相当気に入られておるな、其方は。ステラティアの狭い交友関係を鑑みればかなり珍しいぞ”
「マジで? 懐かれるようなことは一切してないはずだけど」
“そりゃあアレじゃろ……神王衣の見た目じゃろ”
「あ、納得」
短い付き合いだが、その通りだろうなと思った。ステラティア卿は多分そういう御方なのだろう。
まぁ、覇天峰位に気に入られて損はない。それにステラティア卿の性格は難があるわけでもないし、気に入られるデメリットは皆無だ。素直に喜ぶべきだろう。
「気に入ってもらって光栄だけど、俺はステラティア卿のことよく知らないんだよなぁ」
“いや、充分知っとる。羅列してみろ”
「ええと……クールな雰囲気だけど実際は感情豊かで、ロリータファッションが大好きで、顔と性格が良い」
“それだけ知っていれば充分じゃろ。むしろ他に語る事がないくらいじゃぞ”
「そうかなぁ……」
結構失礼な奴だな、セラ。それだけ仲が良かったってことなんだろうけど。
***
「あら、ハル様! まさか貴方の方から会いに来てくださるなんて!」
「パルシド卿から会いたがってたって話を聞いたんで、何か用事でもあるのかなって」
花が咲くような笑顔で迎えられ、少々照れながらそう答える。こんな風に笑うことも出来るんだな、ステラティア卿……たぶん服のおかげだろうけど。
「別に用事などありません、私はただ会いたかっただけです。ところで」
「ところで?」
「神王衣、じっくり観察しても構いませんか?」
「あ、どうぞ」
どんだけ好きなんだよこの服。
「わぁ……何度見ても素晴らしいデザインです……なんてお似合いなのでしょう……」
恍惚、という表現がピッタリの表情と声色で、頭の先から爪先までを舐めるように観察される。俺としては普通に居心地が悪い。
「本当にこういう服がお好きなんですね」
「え? 確かに服も素晴らしいですが、一番重要なのはデザインではありませんよ。ハル様がこの服を着ているから良いのです」
「は、はぁ」
「以前見た時も随分似合っていましたが、髪の色が変わって更に磨きがかかりましたね! もうこれ以上ないってくらいです!」
「そ、そうですか」
こんなにテンション高い方だったっけ? まぁいい、とにかく話題を変えねば。
「それよりステラティア卿、実はここに来たのはもう一つ目的があるんですけど……大悪魔の位置情報って分かります?」
「あぁ、修行の件ですね? 勿論分かりますよ。ここは様々な星を観測して悪魔の位置を把握する為の機関ですから」
ステラティア卿は一瞬でこちらの事情を察すると、すぐに俺をとある部屋の前まで案内してくれた。
「ここです、どうぞお入りください」
「お邪魔しまーす」
軽く会釈をして部屋の中に踏み入れると、圧巻の光景が広がっていた。
今まで見たことがないほどの巨大なモニターが幾つも設置されており、星のように瞬く無数のランプが視界を蹂躙する。
さらに目を引くのが、広大な部屋の中央に浮かぶ球体のホログラムだ。どういう役割があるのかは不明だが、この部屋の中でも突出して異質なモノであることは肌で分かる。
なんか色々すげぇ……怪しい組織の基地みたいだ……!
「あれ、ステラティア卿に……神王様!?」
「うわ、初めて間近で見た!」
「髪色、セラフィオス様みたいになってる……」
部屋の中で仕事をしていたであろう三体の神が、次々に驚愕の声を上げた。姿形は多種多様だが、俺に注がれる視線だけは一様だった。
驚きと、尊敬。驚きはともかく、尊敬の眼差しを向けられたのは意外だった。神王剣の覚醒とレムシオラ討伐……この二件がそれだけ影響力のあるものだったということだろう。
「お初にお目にかかります、我等が神王様。皆、貴方様と話したがっていましたよ」
“おー、リントマットじゃな。全く変わらぬのぅ……そっちの神はグリューネル、あっちはスワデフナ”
「初めまして。あなたがリントマット、あなたがグリューネル、あなたがスワデフナですね」
セラの声に従って彼らの名を呼び、握手を交わしていく。初対面で名前を呼んだ俺に対し、彼らは目を丸くしていた。
「私達の名前……もしやセラフィオス様のお導きで?」
「はい、リアルタイムで教えてくれました。今も頭の中でペラペラ喋りたい放題ですよ」
「わっはっは、それは大変ですね!」
「目に浮かびます、セラフィオス様が早口で喋っているところ!」
ドッと場が沸く。神々と接するにあたって、セラに関する冗談めいた物言いが高い効果を持つことは、パルシド卿やステラティア卿で実証済みだ。おかげで、初対面にも関わらず一気に場を和ませることに成功した。
「ここには大悪魔の探索をしてもらうために来たんです。修行の一貫で大悪魔をバンバン倒してこい、とセラが言うものですから」
「おぉ、そうなのですか。危険な大悪魔を倒してもらえれば、神域としても願ったり叶ったりですからね」
「レムシオラを倒した御方です、そこらの大悪魔など相手にならないでしょう」
三体の神と談笑を続けていると、隣のステラティア卿がちょいちょいと俺の袖を引っ張った。
「ん、どうしました?」
「雑談はその辺りで良いでしょう。早く本題に移るべきかと」
先程神王衣に見惚れていたとは思えないほどクールな表情で、俺を部屋の深部へ引っ張っていく。いつも通りのステラティア卿……と言うと聞こえは良いが、この変貌ぶりは中々に怖い。ていうかちょっと刺々しい。
「ハル様、こちらのモニターをご覧ください。大悪魔が滞在している星の一覧です。その中でも危険度の高いものが上位に来ており……」
「あの、ステラティア卿。なんで急に怒ってるんです?」
やはり声の節々に棘を感じ、はにかみながら問い掛ける。気のせいだと断ずるには少々無理があると思ったため、質問せざるを得なかった。
「あら、怒ってなどいません。怒る理由がありません」
「確かに、理由も無いのに怒るなんて変ですよね」
「……」
明らかにムッとした顔で俺の顔を見つめてくる。本当にどうしたんだ? 別人と入れ替わったみたいに子供っぽい。
「ハル様、ほんとに分からないです?」
「分からないです」
“儂は分かるぞ”
え、マジで? こんな意味不明な感情の起伏を、セラは理解できてるの?
“ハル、其方はあの三体を何と呼んだ?”
は? 名前をそのまま呼んだだけだろ……あっ、まさか!
「……ハル様、呼び捨てにしていましたね? あの三体の、神の名を」
やっぱりそれで怒ってんのか! セラの言葉をそのままオウム返ししたからなぁ……。
「す、すみません……うっかり呼び捨てにしてしまいました。ちゃんと敬称を付けるべきでしたね」
「えっ?」
「えっ?」
互いに首を傾げる。まるで噛み合っていない。
「逆です、真逆です。出会ったばかりの三体は呼び捨てにしておきながら、この私には未だに敬称が付いたまま……おかしいでしょう、常識的に考えて」
「え、えぇ……」
なんだそりゃ、そんなことで不貞腐れてたのか。
たじろぐ俺を余所に、理由を明かして箍が外れたのか、ステラティア卿は目に見えて頬を膨らませた。表情自体はクールなのがちょっと面白い。
「私は以前言ったはずです。「卿」など要らない、呼び捨てで構わないと。覚えておられないのですか?」
「いや、忘れてたわけではないです。でも色々お世話になったし、ステラティア卿を呼び捨てには……」
「呼んだ!? 呼んだ!! また呼びましたね、この期に及んで!」
「だって……」
「ハル様は神王様ですよね? そして私とももはや浅からぬ間柄! だというのに他人行儀が過ぎますよ、ねぇ!?」
めんどくさっ!! とんでもなくめんどくせーぞこの女神!
“すまんなハル、言い忘れておったがステラティアはこういう奴じゃぞ。交友関係が狭い所為か、懐いた相手に対してはこんな風にねっとり粘着する”
コレを言い忘れるとかどういうことだよ! さっきはよくもまぁ「他に語ることがない」とか言えたな、こいつ!
「あー……分かった、分かりましたよステラティア。今後は呼び捨てにさせてもらいます」
「敬語も不要なのですが!?」
だりぃー!
「もぉ、じゃあ……ステラティア! こう呼ぶからな!」
「はい」
スゥ、と憑き物が落ちたかのように平穏な表情を浮かべる女神様。これから先、この二面性とも付き合っていかなきゃなんだよな……悩みの種が更に増えた気がする。
“まぁ悪い奴ではない。上手く付き合っていくのじゃぞ”
分かってるよ……流石にこんなことでステラティアきょ……ステラティアを見損なったりはしないさ。接し方は変わるだろうけど。




