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姉弟

 “待て、ハル、落ち着け”


 腹立たしいほどに普段通りの声音が頭の中に木霊し、怒鳴り散らしていた俺の勢いを削いだ。


「はぁっ、はぁっ、何だよセラ!?」

 “今の其方にはピンと来ないじゃろうが、パルシドがプラニカを殺すには相当な理由が有ったはずじゃ”

「いや、聞いたよ! お前寝惚けてたのか!? 神として相応しくない思想があったからだろう、それがどうした!?」

 “パルシドの行動を責めるのは、その思想の内容を聞いてからでも遅くはないと言っている”

「…………はぁ、はぁ、はぁっ……」


 動悸がする。

 大きく肩で息をした。

 それでもまるで整わない。心音も、思考も、感情も。


 プラニカの、思想の、内容……? 

 そんなもんを聞いて俺の感情が収まるってのか? 

 馬鹿な、ありえない、何故ならプラニカを殺したこと自体が間違いだからだ。神なんざ時間だけは腐るほどあるんだ、何万年でも何億年でも構わないからひたすら話し合えば和解に持ち込めたかもしれないだろ。それなのにパルシド卿はその道を捨てた、暴力で解決を図った。仮にも姉弟ならば、平和的解決を…………は? 何言ってんだお前? 


 熱く滾っていた感情が一気に冷え込んだ。自分が自分を客観視出来ていないことに、ようやく気付いたからだった。

 狂気に染まった愛しい姉を止める。これは俺もかつて通った道じゃないか。

 俺は平和的解決を試みたか? 答えはNOだ。狂った姉さんを止めるには倒すしかないと結論を出し、彼女を討つ覚悟を決めたんだ。

 パルシド卿と俺の違いは? 時間の猶予の有無? 

 俺の場合、あれ以上姉さんを放置しておくと更に強大に成ることが確定していた。一刻も早く止める必要があった。

 では、パルシド卿はどうなのか? 答えは……「よく知らない」だ。


「……ふぅー」


 ゆっくり深呼吸し、心を落ち着かせる。よし、もう大丈夫だ。


「熱くなってすみませんでした、パルシド卿」

「いいや、気にしなくていい」

「どうか聞かせてください。プラニカが抱いていたという、危険な思想について」


 パルシド卿と俺は、止めていた足を再び動かし進み始めた。そう、これでいい。何も知らないくせに自分を棚に上げて責め立てるなど、王としても人としても間違っている。


「……プラニカは、セラフィオス様が消えてから目に見えておかしくなってしまった。狂界について独自に調査を進めていく過程で、奴はあろうことか……」


 パルシド卿はそこで口をつぐんだ。時間にすればほんの一瞬の沈黙だったが、彼の苦々しい感情は痛いほど伝わってきた。



「プラニカは……『ドゥーム』になりたいと宣ったのだ」



 ……なるほど、それは……確かに狂ってる。


 “はぁ……馬鹿な奴じゃとは思っていたが、まさかそんな世迷言を……”

「プラニカは何故そんなことを言い出したんです?」

「どうやら奴は調査の一環として訪れた星で、一体の『ドゥーム』と出会ったようだ」

 “何ッ、『ドゥーム』と!?”


 セラが驚愕の声を上げた。少なくとも、プラニカが出逢ったのはゾフィオス……なんてオチではなかったらしい。


 “うぅむ、時期的にシャルミヌートの線は無いか。その頃は『ドゥーム』加入前じゃろうし、であればあの二体のどちらかになるが……”

「そいつと出会って変わったってことは、魔力で洗脳でもされたのかな?」

 “いや、それならすぐに判別が付く。パルシドに見破れなかったなら違うな”


 洗脳でもないのに、神が『ドゥーム』になりたいなどと発言するなんて……俄かには信じ難い。

 だが、そうでもなければパルシド卿が手を下すはずがない、それもまた事実だ。


「一体の『ドゥーム』と出会ったプラニカは、最初は敵意を剥き出しにしていたという。だが、結局戦闘には至らず、幾許か会話を交わしたと」

「会話の内容は分からないんですか?」

「ああ、内容については口を閉ざしていた。だから当然、その時点ではプラニカの始末など考えていなかった。気が触れてしまったことに同情すら抱いていたが……問題は、奴が思想だけに留まらず実行しようとしたことだ」

「実行……って」

「『ドゥーム』になりたい……凶念に囚われたプラニカは、恐るべき儀式の構築を始めていた。神域の住人を滅ぼすための儀式をな」


 ハッと息を呑んだ。神域を背負うべく生み出された特別な神が、よりにもよって神域を滅ぼそうだなんて……!?


「儀式……ってのは、悪魔じゃなくても使えるんですか? 俺の姉さんはそれで地球の生物を一掃していましたが、てっきり悪魔特有の技術かと……」

「儀式自体は我等でも発動出来る。だが生命を脅かすような危険な儀式は大悪魔の特権だ。奴等と我等では、支払える代償が明確に異なるのでな」

「……悪魔の儀式は、魂を代償にするんですね」

「その通り。大悪魔は他者の魂を利己的に代償として支払える理不尽さを持つ。一方、神はそんな代償の支払い方は出来ないし、儀式の内容も治癒や修復などで殺傷能力を持たない」


 地球での事例はまさに典型的だ。

 姉さんは勝手に地上の生命を代償に……つまり生贄に捧げることで、名も無き花を究極の人類に仕立て上げた。

 対してクライア様は、破壊された建物や生物の肉体を修復し、イヴの力を借りて地上の生命を甦らせた。


「だが、どういうわけかプラニカは滅びの儀式を会得していた。明確な殺意を持ち、本気で計画を練っていた。それを発見し、問い詰めた時、奴は笑顔でこう言った。『もうすぐセラ様に会える。その為に、ここにいる奴らには死んでもらう。そうすれば私は『ドゥーム』になれる』……と」

 “なんて馬鹿な奴じゃ……”

「神域を滅ぼせばセラに会える……プラニカは『ドゥーム』にそう吹き込まれて、実行しようとしてたわけですね……」

 “そのような真似をする卑劣漢はただ一人! エメラナクォーツじゃ! 本当に碌でもない……!!”


 エメラナクォーツ……聞き慣れない名前を口にしつつ、セラはこれまでにないほど憤りを露わにしていた。


「勿論騙す方も悪いが、立場を忘れてあっさり敵の言葉を信じ込むプラニカにも問題はある。結局、吾輩の説得中に滅びの儀式を発動させようとしたために粛清した」


 そういう事情があったのか……でも。


「プラニカを殺した経緯は理解しました。しかしセツナとカリンに対する理不尽の弁明にはなっていません」

「うむ……カリンについては申し開きの言葉も無い。偶然プラニカの適格者であったために転生の道を奪ってしまった。ハルがセラフィオス様と強制的に融合させられたのとよく似ている」

「確かに」

 “それを言われると何とも言えぬが……”


 セラの行動に言及することで俺の煮沸心を抑える高等テク。そうと分かっていても実際に抑えられているのだから、流石は神王の子と言わざるを得ない。


「セツナについては、決してプラニカの思想を受け継がないよう、設計段階から非常に気を遣った。万が一にでも奴の思想が湧き上がることのないよう、入念に確認した。故に、完全なる新しい生命として何の軋轢も無く生活を送れるはずだった……が」


 そこでパルシド卿は言葉を切り、ため息がちに天を仰いだ。


「セツナは瞬間移動能力を発現させた。長い神域の歴史において、プラニカだけが持っていた能力をな」


 瞬間移動能力。セツナの根幹を為す、唯一無二の力だ。


「あんな能力が発現するはずではなかった。吾輩の設計に一切の狂いは無かったのだ。それでも現実としてその力を得たセツナに、吾輩は戦慄する他なかった。これだけの手順を踏んでも尚、プラニカは()()のかと」


 煌びやかな頭をゆっくりと横に振った。恐らく今でも信じ難いのだろう。論理的な理由ではなく、酷く曖昧な何かにより、あってはならない力を発現させたセツナという存在を。


「吾輩がセツナを放任しがちなのも、弟との接触によって心の奥底で眠るプラニカを呼び覚ましてしまわないか危惧していたからだ。その間にもセツナは、狙撃手としてプラニカ譲りの才能を発揮し始めた。カリンが人間だった頃の、類稀な家事能力まで身に付けていた。何れも設計外の事象、発現するはずのない能力だというのに……その時の吾輩の心境といったらもう……」


 大きく肩を落とし、視線を伏せるパルシド卿。眩いばかりの神々しさも、今だけは薄れて見えた。


「そして、セツナも力を増すごとに吾輩を避け始めた。恐らくプラニカの影響……無意識かつ本能的な忌避だろうが、それははむしろ好都合だった。無闇な接触はトラブルの元だからな。お陰で、それ以外はプラニカの影を見せる事もなく、時は過ぎていった……およそ一万年以上もな」


 そこまで言って、俺の瞳をひたと見据えるパルシド卿。その眼差しは若干クレーム気味であった。


「長きに渡るセツナの心の均衡は、突如崩れた……大悪魔ミラの一件でな」

「うっ」


 それを言われると、俺もバツが悪い事この上ない。姉さんの行動について弟の俺が追及を受けるのは当然だ。まさしく、プラニカを発端とした一連の件で責められたパルシド卿のように。


「まぁ、ハルが悪いとは思わんさ。これに関しては正直言ってクライアにも責任がある。結果的に生き残ったが、自分の直属でもない神使を捨て駒にしようとはな。最終的な許可は吾輩が出したが」

「出してんじゃん!!」

「緊急事態なら仕方がない。知っての通りクライアは優秀な神だ。そのクライアがミラを倒すために必要な犠牲だと判断した。たとえセツナが特別な神使だとしても関係ない」

「…………」


 ドライだ、と言っても所詮子供の戯言にしか聞こえないのだろう。幾度も修羅場を潜り抜けてきた彼らがそう言うのなら、きっとその通りなのだ。

 とはいえ、命を捨て駒扱い出来るようになってしまったら、俺が俺じゃなくなる気がする。

 未熟の対義語は冷徹ではない。俺は俺らしく成長していかなければ……幸い、反面教師は周りに腐るほど居るからな。


「ともかく、セツナの脳に大きなダメージが刻まれたことで一万年以上の均衡が崩れてしまった。ここ最近のセツナの不調はそれが原因だ」

「……つまり、結局大部分はミラのせいだと」

「そうは言っていない。が、否定もしない」

「……」


 元を辿ればプラニカに情けを掛けたパルシド卿が……いや、その気持ちを責めるのは違うだろう。この俺が、姉を慮る弟の気持ちを踏み躙るなどあってはならない。

 更に元を辿るなら、神域を滅ぼそうとしたプラニカこそが諸悪の根源か? いや、更に突き詰めるなら……。


「プラニカを唆した奴……なんて名前だっけ」

 “『ドゥーム』の一角・エメラナクォーツじゃ”

「エメラナクォーツ……そいつが最後の『ドゥーム』か」

 “奴がプラニカを唆したに違いない。そういうやつなんじゃ、エメラナは。控えめに言って糞野郎じゃよ”


 よっぽどどうしようもない奴なのか、セラの罵倒には一切の躊躇が無かった。ここまでドストレートな罵倒をされるとは、もはやいっそ清々しい奴なんだろうな、エメラナクォーツってのは。好感が持てるかは別として。


「とにかく……話は分かりました。その上で聞きますが、やはり今のセツナを神域に連れて来るのはマズイんですかね?」

「マズイな。改めて聞くが、カリンが表層に出てきたのだな?」

「はい、そうです。朝起きたらカリンとして喋っていました。制限時間があるのか、すぐに眠りに付きましたが」

「ふむ……カリンは優れた人格者なのでな、元々プラニカほど強烈に抑え込もうとはしていない。むしろ彼女の生来の穏やかさが、セツナのメンタルを長年安定させるのに一役買っていたと言っていい。無論、セツナにその意識は無いが」

「つまり抑え込みが甘くて表層に現れてしまったと」

「いやいや、本来なら死ぬまで表層に現れるはずも無かったが……今のセツナはそれほど深刻かつ複雑な状態ということだ。故に警告しておく、神域にセツナを連れて来るな」 

「神域に来ると、プラニカが目覚めるかもしれないんですか?」

「そうだ。セツナは無意識のまま当ても無く徘徊する、という奇行をとっていたのだろう? 恐らくそれは、プラニカの思念の影響だ。神域を滅ぼさんとする敵対思想か、はたまたセラフィオス様を探し求めているのか……どちらにせよ、現状のセツナを神域に連れて来ても碌なことにはならないだろう」


 その警告に、俺は渋々頷いた。カリンが出てきてるだけでも困惑してるのに、もしプラニカまで出てきては困惑どころの話ではない。奴が未だ神域を滅ぼす思想を抱いているようなら、最悪二度目の粛清を下される恐れもある。それだけは避けなければならない。

 一度目の粛清はただのプラニカだったが、今度はセツナとカリンまで殺すことになってしまう。今回ばかりは流石のパルシド卿も手心を加えたりはしないだろう。

 セツナを失うという最悪な事態……俺が何としても阻止しなくては。


「一応聞きますけど、セツナを以前のようなまともな状態に戻すことは可能なんですか?」

「出来ないとは言わないが、余りにも複雑過ぎる。セツナの精神に危害を加えずプラニカだけを消さねばならんわけだが……果たしてそんな方法があるのか……」

「……そうですか」


 設計者たるパルシド卿が難色を示す以上、俺が方法を突き止めるしかない。

 セツナを無傷のままプラニカを消す方法。それを早急に見つけ、実行するしかないのだ。


「さて……話は変わるが、ハル。順調に神王化が進んでいるようだな」


 パルシド卿は俺をまじまじと見つめ、どこか神妙な声色でポツリと言う。


「セラもそう言ってました。俺に自覚はないんですけど……」

「自覚がない? その髪でか」

「髪?」


 どういう意味か分からず自分の髪に触れる。感触も特に変わらないが……ん? なんか……前髪白くね?


「えっ……!? か、鏡ありませんか!?」

「そこのオベリスクに吊るされているぞ」


 慌てて薔薇にまみれたオベリスクへ駆け寄り、ぶら下がっている小さな鏡を凝視する。


「な、なんだぁっ!? 真っ白じゃねーか!!」


 生まれて十七年ずっと黒だった俺の髪は、一本残らず新雪の如き純白に染め上げられていた。


「い、いつの間にこんな事に!?」

「庭園に来た時から既にその髪色だったが」


 マジかよ、見慣れねー!

 そういえば心の世界で見たセラの髪、純白だったっけ……神王化に伴って髪色まで寄っていくのか。


「………はぁ、姉弟揃ってこんな髪になっちゃったか」


 そう、俺の愛すべき姉さんも真っ白な髪だった。悪魔と神。正反対の存在ながら、姉弟でこういう共通点が生まれるのはきっと運命の悪戯というものに違いない。


「まぁいいや。もう学校に行くこともないし……余計に腹を括れたかな」


 短く息を吐き出してオベリスクから遠ざかる。驚きはしたが、ショックは受けなかった。髪色が変わったところで、今更俺の人生に影響ないわな。


「セラ、今地球だとどれくらい時間が経ってるか分かるか?」

 “当然ほとんど経っておらんぞ”

「ん。それじゃ話も終わったし、他の神に挨拶周りでもしに行きます。特に月ちゃんと……ポッピンラブキッスとも話がしたかったんで」

「ふむ、そうか。ステラティアもハルに会いたがっていたぞ」

「あはは、じゃあステラティア卿にも挨拶してきます。それじゃパルシド卿、色々聞かせてくれてありがとうございました」

「うむ。それと言い忘れていたが、例のレムシオラの討伐……圧倒したそうだな。流石だ」


 不意にそんなことを言われ、俺は目を丸くしてしまう。


「圧倒? そんなこと俺は言ってませんが……」

「む? そうなのか? ステラティアからそう聞いたが」

「確実に尾ひれ付いてますね、それは。実際は圧倒って程でもないんで、まだまだ修行しないとです」

「そうか。頼むぞ。誇張抜きでハルの成長に掛かっているのだからな」

「ええ、分かってます。それでは」


 ぴょん、と宙へ飛んで庭園を後にする。空を飛ぶのも大分板に付いてきた。レムシオラとの戦闘であれだけ飛び回ったのだから、当然といえば当然だが。

 暖かくも冷たくもない風を肌で感じながら、ふと幼い頃の思い出が蘇る。

 俺は将来の夢など何も持っていない子供だったが、それでも「空を自由に飛んでみたい!」なんていう、子供なら一度は抱く願望くらいならあった。


「……別に楽しくないな」


 子供の頃の俺が空を飛んでいたら、やっぱり嬉しかったのかな? 

 今となっては、もう……。



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