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もう一人

 神王衣を身に纏い、純白のマントをはためかせながら歩いて行く。

 コツ、コツ、コツ。

 無駄に心地よい足音が鳴り響く神域の大地は、セラによればステラティア卿の趣味でこうなっているらしい。付き合いは浅いが、妙に納得してしまった。何となくこういう音好きそうだもんな、あの女神。


「……オヴィゴー神殿にはいないな」


 ピタリと足を止め、ボソリと呟いた。


 “ほぉ、何故わかった”

「いや、何となく。でも確信めいてる」

 “……神王化が進んでおる証拠じゃよ。困惑する必要はない”

「……そっか」


 知らぬ間に力は増していく。

 何をしなくとも強くなっていく。

 俺自身の口からセツナに伝えた通りの事象が起きただけだ。もう気にする必要はない。


「多分だけど、聖ベルフィリア庭園だ」

 “うむ、向かおう”


 そう遠くない距離だ。徒歩でもすぐに着く。

 淀みない足取りで歩きつつ、俺は少し前の出来事を思い出していた。

 月ちゃんのコテージで勉強会をしていたら、いきなりパルシド卿が尋ねてきた時のことだ。あの時、俺は彼の握るセツナの秘密に怖気付いて引き延ばした。

 それがどうだ、今はまるで怖れを感じない。あれからまだ大した日数は経っていないというのに、我ながらめちゃくちゃな境遇で笑えてくる。


「さて、着いたわけだけど……前来た時とはかなり様相が変わってるな」


 以前この庭園に訪れた時は、クライア様が設定した『日本庭園』の景観を保ったままだった。しかし眼前の庭園はむしろ正反対だ。

 緑溢れる英国式庭園……その中でも代表的な「ボーダーガーデン」というスタイルだ。バラやルピナス、クレマチスといった多種多様な花々の配置は、まさしくお手本のようで……あえて捻くれた言い方をすれば定番過ぎる景観だった。


「パルシド卿! いますか!」


 花壇に挟まれた小道を歩きながら声を張り上げる。無闇に探しているわけではない、ぶっちゃけ庭園に聳り立つ塔にいることは分かっていたが、あえて呼び寄せてみた。

 自分では落ち着いたつもりでいたが、まだ心がささくれ立っているのかもしれない。やはり俺は未熟者だな……。

 と、塔の最上部から艶やかなボディの神が眼前へ降り立った──当然、パルシド卿だ。


「久々……いや、ハルにとっては大した時間は経っていないか」

「ええ、まぁ。パルシド卿はガルヴェライザ対策の作業をされていたそうですね。進捗はどうです?」

「上々だな。ラランベリと共に調整した“アレ”を上手く活用出来れば勝機はある。無論、ハルの成長こそが一番の対抗手段だがな」


 茶目っ気たっぷりの声色で話すパルシド卿は、やはりどこまでも良識的で。

 漣立つ俺の心が若干鎮まるくらい、気さくで好感の持てる御方だった。


「……パルシド卿、以前俺と交わした会話を覚えていますか」

「以前とはいつだ? 日は明確に言った方が良い」 

「……失礼しました。俺達が初めて出会った日のことです。月ちゃん……ポッピンラブキッスの自宅で話をしたでしょう」

「……ふむ。つまり、本題はセツナのことか」


 大きく頷いて肯定する。既に俺の覚悟は固めている、と。


「そうだな……歩きながら話すとしよう」

「分かりました」


 美しい花々に彩られた小道を、俺とパルシド卿は緩慢な足取りで歩き出す。


「色々あったとはいえ、大分話すのが遅れてしまったな。吾輩としては、アレの家族であるハルにだけは隠し立てをするつもりはなかったのだが」

「いえ、元はと言えば最初に俺が怖気付いたのが悪いんです。その点はお気になさらず」


 パルシド卿はふと足を止め、オベリスクに吊るされた幾つもの薔薇の花を眺める。どこか桜の花弁にも似た色の、可愛らしい薔薇だった。


「セラフィオス様にも聞いて欲しい話になるが、あの方はちゃんと起きているか?」

 “起きとるわ、当たり前じゃろ。何じゃこいつ、この期に及んで儂を子供扱いしおってからに”

「起きてますし、なんか怒ってますよ」

「そうか、それは安心した」


 クスッと小さく吹き出すと、パルシド卿は小さく息を吐いた。


「まず、前提となる話をしなければならない。吾輩には姉がいた」

「……姉、ですか?」


 そこからどうセツナに繋がるのか。訝しげな表情で煌びやかなパルシド卿の顔を見つめた。


「うむ。残念ながら過去形だがな」

「神々にも、そういう親族めいた関係が存在するんですね」

「特別だ、吾輩とその姉は。セラフィオス様から何も聞いていないか? 神々のルーツを」

「いや全く」


 四六時中一緒に過ごしている割に、あまり神域の事情は聞いていない気がする。俺の場合、むしろ悪魔側の方が詳しいかもしれないレベルだ。


「ステラティアにしろラランベリにしろ、神という生命体は神域の最深部に生えている『創神樹ゴルフィオン』に宿った実から誕生する。明確に姉だ弟だと言えるような関係は、そもそも存在し得ない」

「えっ、神ってそんな生まれ方だったんですね……納得したような、意外なような……」

「だが吾輩と姉は違う。この二体の神だけは創神樹出身ではない。神域を背負っていくべき特別な存在として、セラフィオス様の手で直々に生み出されたのだ」


 色々と衝撃的な事実のオンパレードだった。しかしなるほど、セラがパルシド卿をやたらと特別視していたのも納得だ。何しろ、実の子供と言って差し支えない関係性なのだから。

 あれ? そういえばセラは、パルシド卿の他にもう一体、特別視している神の名を挙げていたような……確か、名前は……。


「吾輩の姉……その名は『プラニカ』。主であるセラフィオス様を除けば、まさに最古の神と言って差し支えない」

「……プラニカ」


 そう、そいつだ。セラが特別視している謎の神。

 俺が何度も唱えている『セラ=ララステラプラニカーナ』にも、その名は確かに刻まれている。

 最古の神プラニカ……ってあれ? ていうか、俺は今何の話を聞かされてんだ? セツナの話を聞きに来たはずなのに、なんでこんな……。


「……セラフィオス様、報告が遅くなり申し訳ありません。貴方様がゾフィオスと化したその後、プラニカは亡き者となりました」

 “…………やはりか。ハル、儂の言葉をそのまま奴に告げてくれるか”

「ん、何だ?」

 “『プラニカを殺したのは貴様だな』”

「……は?」


 パルシド卿が、プラニカを……自分の姉を殺した?


 “どうした、言え”

「……」

「ハル、セラフィオス様はなんと?」

「…………………あなたがプラニカを殺したのか、と」

「ええ、そうですよ」


 間髪入れず、明け透けに。だがどこまでも穏やかに、パルシド卿はセラの言葉に頷いた。


「我が姉プラニカは間違いなくこの手で屠った、そこについては全く否定するつもりはない……だが、魂だけは残した」

「っ!」


 思わず背筋がゾッとした。つい最近も同じような話を聞いたからだ。


 “ハッ……此奴め、どこぞの誰かと同じ真似をしたのか”


 そう……ゾフィオスという大悪魔が、悪魔王に肉体を滅ぼされるも魂だけは見逃された、と。過程はともかく、その部分に限ればあまりにも似通っているのだ。

 嫌な予感がする。漠然とではない。明確にこの話の流れはやばいと感じる。


「セラフィオス様の悪魔化後、プラニカは神域を背負う神としてあるまじき思想を抱き始めた。最初は気の迷いと思って見過ごしていたが、しかし奴の思想は本物だった。これは捨て置けぬと吾輩はプラニカを粛清し、妄言ばかりほざく奴を叩きのめしたのだ」

「……だ、だったらあなたは……その、残したプラニカの魂を、何処へやったと言うんです……?」


 震える声で問い掛ける。答えは既に察しが付いていた。けれど、どうかこんな予想は間違っていて欲しいと祈りを込めて、俺は必死に声を絞り出す。


「…………情を捨てきれなかったのだ、吾輩は。危険過ぎる思想の持ち主とはいえ、長年連れ添ってきた姉を完全に殺すことに、直前で躊躇ってしまった。故に、輝力の大部分を削ぎ落とした魂を肉体から抜き取り、一時的に保存することにした」


 パルシド卿は一拍置き、俺の目を一点に見つめた。他の神とは比べ物にならないほど神々しく光る瞳は、どこか憐憫を含んでいるようでもあり、それが無性に俺の心を抉った。


「……しかしそんな状態の魂を保存したとてどうにもならない。文字通りの残り滓、蝋燭に灯した火のように吹けば消え行く微細な命でしかなかった……だが、そんな時だ。クライアが、地球で一人の人間の魂を掬い上げた。聞けば、その人間は素晴らしい人格と素質を持ちながら不幸にも亡くなってしまったと。神使として十分な素質があるから、今すぐ転生させるのだと」


 ……あぁ……それが誰かなんて、思い当たるのは一人しか居ない。


「……その人間の名前は………カリン=ラフォンテーヌですね?」

「そうだ。そこまで把握しているとはな……」


 神使として転生するはずだったカリンの魂。

 保存され、風前の灯だったプラニカの残滓。

 この二つが……この二つを……彼は……!


「カリンの魂を見た瞬間、彼女がプラニカの“適格者”だと分かった。姉をこのまま消滅させるのは忍びなかった吾輩は、クライアからその魂を譲り受け、そして……その二つの魂を利用して全く新しい存在を生成した。それこそが──」

「──セツナ」


 愕然とした。同時に、どうしようもなく納得した。

 家族や友人などいるはずもない。やはり人間だったなんてのも完全な嘘っぱちだ。

 他の神使がそうであるように、自分にも生前は家族がいて、友人もいて、普通に暮らしていた人間だったんだって。そう思い込まされているだけの、全てにおいて空虚な少女だったんだ。


「あ、あなたは……自分がどれだけのことをしたのか……自覚はあるんですか……!?」


 声も身体も、全てが戦慄いていた。自分でも今湧き上がるこの感情を形容できない。ただ、心の底から震え上がるばかりであった。



「あなたの一存で、どれだけ……どれだけセツナが苦しんだと思ってる!? あの子は、かつて自分には家族も友達もいたんだって……一万年以上、ずっと信じ続けていたんだぞ!! それだけの間なんで放置したんだ、なんでもっと寄り添ってやらなかったんだ! そもそもどうして偽の記憶を植え付けた!? 何故そんな残酷な真似をしたんだよ……!! セツナだけじゃない、カリンのこともだ! 神使になれるほどの善良な人間を、自分勝手に利用して! あんたのせいで滅茶苦茶じゃないか! セツナも、カリンも!! ありえないだろ……ありえないんだよ!! あんたのした事はッ!!」



 大きな声を張り上げ、感情の赴くままにパルシド卿を責め立てた。

 穏便に話し合いで解決しようと思っていた事など、いつの間にやら思考の彼方へ飛んでしまった。


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