醒解の夜
ゲートを潜り抜け、出発地点と同じ場所へ降り立った。同時に、俺を待ち構えていた美しい女神と相対する。
「ただいまです、ステラティア卿」
「お帰りなさいませ、ハル様。結果は聞くまでもないようですね。流石は神域の救世主です。貴方様であれば必ずや討ち果たしてくださると、心より信じておりました」
流麗なカーテシーと共にそんなことを告げられ、俺ははにかみながら適当に頷いた。そして辺りを見回し……、
「ハル! 聞いたぞ! とんでもないことになったようだな!」
待ってましたとばかりに俺の背中を小突いたのは、すっかり元気を取り戻しているクライア様だった。
「クライア様! 無事で何よりです!」
自然と顔が綻んだ。旧知の仲……と言うにはまだまだだが、それでも俺にとってクライア様は最も親交の深い神だ。今回はこの御方を助けるためにあの星へ行ったも同然なのだから、そりゃあ嬉しくもなる。
「いや、驚いた。全くもって驚いた。あのどこにでもいそうな泣き虫小僧が、神域のトップに立とうとは……感慨深いとかそういうレベルではないな、もはや」
「はは、俺が一番そう思ってますよ」
「だろうな……まぁお主には気の毒だが、セラフィオス様が選んだとあればやるしかない。余も出来る限り協力する所存ではいる」
「ええ、ありがとうございます」
ポンポンと小さく冷たい掌で俺の尻を叩き、クライア様は大きく頷いた。
「なんだか、面白くありませんね……」
ポツリと、無表情で呟くロリータファッションの神。聞き間違いかと思ってうっかり二度見してしまった。
「ハルよ、余はステラティア卿とは折り合いが悪いのでな。特に気にする必要はない」
「いや、普通に気になるんですけど……」
「別に折り合いが悪いなんてことはありませんハル様。そちらの方の戯言を信じてしまわぬようお願いします」
「いや、普通に仲悪そうなんですけど……」
二人とも良識のある神だと思うが、だからと言って友好的にはならないんだな……まぁそれはさておき。
「ウィーオン様は平気なんですか?」
「うむ、既に治療は済んでいる。全快ではないが、近くお主への謝礼を考えていることだろう」
「それは別にいいんですが……元気なら良かった」
何しろ、八体もの神がレムシオラの手で倒されてしまったのである。ガルヴェライザの襲撃を控えている今、一人でも多くの人員が必要となるのは必至だ。
“クライア……此奴の偉そうな態度は今でも変わっとらんようじゃな、安心したわ”
「あはは……」
クライア様もセラには言われたくないと思うけどな……。
「さて、じゃあ俺は一旦家に帰ります。セツナの様子が気になるし……あっ、そうだ。パルシド卿はまだ作業中ですか? 話したいことがあるんですが」
「ええ。まだラランベリと共に作業中です」
「うーん、そうですか……」
「……ハル。セツナは今……いや、何でもない」
どこか気まずそうな表情で言い淀むクライア様。パルシド卿とセツナの名を聞いてこんな顔をするってことは、やっぱりクライア様もセラと同じく真相に勘付いているのか……ていうか、真相を知らないのって、もしかして俺だけだったり……?
“…………”
セラは無言を貫いている。まぁいいさ、パルシド卿と話す機会なんて今後いくらでもある。彼にしか出来ない作業とやらが永遠に続くわけじゃあるまいし、何より俺はこの神域に移り住む覚悟を決めているんだ。
「じゃ、一旦帰ります。セツナの調子が良ければこっちに連れてくるかもしれませんので、よろしくお願いします」
「ええ。本当にお疲れ様でした、ハル様」
畏まった態度のステラティア卿を手で制しながら、俺は呪文を唱えて地球へ繋がるゲートを生み出すのだった。
***
「──さて」
仰々しい神王衣からいつもの普段着にチェンジし、グーっと背を伸ばした。
「ええと、時間は……」
“そんなに経っていないじゃろう”
「うん、まぁ……でも予想してたよりは経ってたよ」
今更ながら、神域と地球では時間の流れるスピードが違いすぎて恐ろしい……を通り越してもう呆れる。
その後、相変わらずリビングでボーッとしていたセツナを発見し、ホッと胸を撫で下ろした。こんな状態の彼女を見て安心するのもどうかと思うが、瞬間移動でどこかへ消えているよりは余程マシだった。
「ただいま、セツナ」
当然反応はないが、彼女の顔を見ると帰ってきたなぁとしみじみ思う。どんな状態になっても、俺にとってセツナは唯一無二の存在なのだ。
そして、それからはいつも通りの時間が流れていった。夕飯を作ってセツナに食べさせ、歯を磨いてあげた後、お風呂に入れてベッドまで運ぶ。すやすやと眠るところをしっかり確認すれば、俺の一日は無事終了である。
「明日、セツナの調子が良くなってるかも」
“根拠の無い期待はするな”
「根拠ならあるさ。セラも見ただろ? 今日のセツナは凄くスムーズにご飯を食べてた」
“根拠と言って良いのか、それは”
「いいんだよ、俺はそんな気がするんだから」
取り留めのない会話をしつつ、俺は自室に戻ってふかふかのベッドに潜り込んだ。
「……そういや、久々に寝る気がする」
“眠いか?”
「……いや」
“寝たいか?”
「……はは、面白い質問だな、それ」
朧げな月光に満ちた部屋の中で。
俺は、一晩中天井と睨めっこしながら考え続けていた。
──俺は一体、何のために生まれてきたのだろう?




