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【行間 三】 命題

 生気の欠片も無い異様な空気の中。

 私は、深々と玉座に身体を預けている悪魔王に謁見していた。


「王、もう一度言いますが……」

「何度言っても変わらねぇよ。駄目だ」


 凝り固まった態度に、自ずと眉間に皺が寄った。

 何故こうも頑なに断るのか。何故こうも私の邪魔をするのか。


「理由は既に何度も言った。敢えてもう一度言ってやる。テメー如きに奴を殺させるわけがねぇだろ」

「私も敢えてもう一度言いますが、私こそが彼を殺すに最も相応しい存在です。私以外の誰かに殺させるわけにはいかないんです」

「やだね。テメーの私情をオレに押し付けんじゃねぇよ」


 これ。何度言ってもこれ。頭がどうにかなっているとしか思えない。前々から思ってはいたのよ、この化け物は気が触れてるって。話が通じないったらありゃしない。


「これも何度も言ったことだが……テメーを差し向けるにはまだ早すぎんだよ。つまり、段階を踏めと言ってんだ。もしもガルヴェライザとかち合って生き残れるようなら、そん時はテメーに出番が来るはずだ」

「生き残れるわけないでしょ!? いくら神王の魂が乗り移ったからって、ガルヴェライザに抗えるまで成長するには膨大な時間が……!!」


 私がどれどけ捲し立てても、王はてんで動じない。聞く耳持たぬ澄ました表情に、私は今にもはらわたが煮えくり返りそうだった。


「レムシオラを知ってるか、シャルミヌート」

「……は!? 急になんですか、エメラナクォーツの直系悪魔でしょ!? 知ってるわよ、それが何!?」

「死んだ」

「……は」


 ……レムシオラが? 奴を殺せるほどの相手となると、大悪魔の中でもかなり絞られてくる。無論、神域の雑魚共の手に負える相手じゃない。


「ブラルマンにでもやられたとか……」

「違う。神とタイマン張って完敗したんだ」

「…………まさか」

「そのまさかだ」


 サァーッと血の気が引いていくのが自分でも分かった。到底受け入れ難い事実に直面し、脳が理解を拒み違っているようだ。これがタチの悪い夢ならばどれほど良かったことか。


「……成長が速すぎる。あれからまだほとんど経っていないはずなのに……」

「“器”ってのはそういうことだ。ゾフィオス……いや、セラフィオスは本当に運が良い奴だぜ。あれほどの適格者は過去にも未来にも存在し得ない。まさしく唯一無二の器に出逢えたわけだからな」


 全身が虚脱感に包まれた。彼の魂とゾフィオスの魂が融合していると判明した時と同等……いや、それ以上に面食らっていると言っていい。

 あの優しい彼が……あの月野葉瑠が、たとえ凶悪な悪魔相手だとしても、他者の命を奪う行為を是として強いられているだなんて……本当に、こんなことがあっていいの……? 


 狂ってる。

 狂ってる。

 狂ってる。


 ……何が?


 王? セラフィオス? 葉瑠? 私?


 ……違う。



 狂っているのは──この世界そのものだ



「ガルヴェライザを神域に差し向ける日はそう遠くねぇんだよ。何度も言ってるが、テメーの出番はその後だ。二度と同じ質問をしてくんじゃねぇぞ」


 打ちひしがれる私は、とても言い返せる状態ではなく。王は玉座からのっそりと立ち上がると、音もなくこの場から消え失せた。


「…………」


 声が、出せなかった。

 だって、私は、ただ。


 ……………………ただ……葉瑠と一緒に……本当に、それだけだったのに……。


 それが出来ないのなら、絶対に、必ず、この世の誰よりも先に、この私の手で……殺したい。それすら叶わなかったとしたら、私は……この感情をどう処理すべきか判らない……!


「……あっ! そっか!」


 弾かれたように立ち上がる。我ながら最高に冴えたアイデアが浮かび上がった。間違いない、この手で確実に葉瑠を殺すならこれしかない!


「ガルヴェライザを私が殺そう! そうよ、それなら解決する! 奴が神域へ飛び立つ前に、私が叩きのめしてやるわ……!」

「おっと、それはやめておきたまえ」


 クソムカつく水差し野郎の声に、私は殺意を込めて睨みを効かせる。


「出たわね、エメラナクォーツ」

「少し冷静になるべきだね、君は。まさか禁忌を忘れたわけじゃないだろう?」

「当たり前でしょ」

「だとしたら尚更どうかしている。王様に楯突くことと同じだよ、禁忌を犯すのは」


 光り輝く掌で小さな結晶を転がしながら、エメラナは静かに警告を述べる。しかし、その程度の警告で止まれるほど私は素直な女ではない。


「そもそも何の意味があって『ドゥーム』同士の殺し合いが禁止されてるの? いや、あんたに聞いても無駄だわ。だってそうでしょ、王の言葉を守っているだけの下僕ですもの! 悪魔なら殺し合うのが普通だわ、相手が何者であろうとムカついたら殺すのが悪魔の性でしょう?」

「では王様に挑んでみたらどうだい?」


 間髪入れずに投げかけられたその言葉に、さしもの私もハッとする。

 あの、王に。悪魔王に挑む。それが一体どういう事なのか。


「君の主張はそれと同義だろう」

「……そうね」

「今の君は、君があれだけ罵倒していたセラフィオスと同じことをやろうとしている」

「……………………そうね」

「頭が冷えたのならもう良いさ、僕も君とは争いたくない。君の力は相当厄介だからね」

「…………」


 王には挑まない。挑めない。

 理由は、私がかつてゾフィオスに告げたことと、全く同じ。


 次元が違う。

 世界が違う。

 強い、弱いで語れるようなレベルじゃない。

 王の『滅び』は絶対に止められないし、止まらない。

 そうよ……だからこそ、私は葉瑠を狂界に攫おうとした。唯一の安全圏である此処に閉じ込めて命を護ろうと考えた。


「……いや」


 たとえ此処に連れて来たとしても、事態はそう変わらなかったに違いない。魔力と輝力を併せ持ったゾフィオスの魂は狂界にも神域にも行き来できるのだから、どうあっても葉瑠は奴と融合してしまう。

 つまり、彼の身に起こった事は、決して避けようのない事象……有り体に言えば、運命だったのよ。


「…………くすっ」


 馬鹿みたい。ほんと、馬っ鹿みたい。

 何が運命よ。吐き気がする。

 もういいわよ。だったら考え方を変えればいい。


 彼は私に殺される運命にある。それは決定付けられた事柄であり、そうなるように世界は出来ている。


 ………なんて、ね。


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