凍氷絶歌 〈序〉
「ハル様、セラフィオス様から『神王衣』のお話は伺いましたか?」
「しんおーい?」
俺が一人でレムシオラを倒しに行くという情報を聞きつけ、ステラティア卿が颯爽と駆け付けたところまでは良いのだが……またなんかよく分からんワードを出されて困惑する。
「神王様のみが装着できる特殊な衣服の事です。神王剣の服バージョンだと思っていただければ」
“其方の心の世界で話した時、儂が纏っていた鎧のことじゃよ”
「あー、あのカッコ良すぎて逆に恥ずかしい感じのね」
「そうですそうです」
“此奴ら……”
ステラティア卿の話によれば、今の俺なら神王剣の覚醒と相まって神王衣とやらも使用可能らしい。どうやらとてつもない防御力を誇るようで、神王時代のセラの無双っぷりに大きく貢献したんだとか。
「既にハル様の肉体は大変丈夫ではありますが、神王衣を身に纏うことで更に強靭になるでしょう」
「そりゃいいですね、早速着ましょう。どこにあるんですか?」
「念じるだけでよろしいかと」
マジかよ、概念的な代物なのか……?
「にしてもあんな鎧、俺に似合いますかねぇ」
「うーん……恐らく、アレは当人によってカタチを変えるものだと思いますから、ハル様の場合は鎧ではないかもしれませんよ」
「そうなの? セラ」
“じゃな”
「へぇー、まぁ時間もないしとっとと着るか」
頭の中で念じる。神王衣なる物がどんな物なのか知らないまま、ただ念じる。
すると、
「……お?」
ガラリと魔法のように服装が変化した。色彩こそセラの鎧と似通っているが、しかし鎧ではなく豪華絢爛な衣服……有り体に言えば貴族服だった。その中でも、近世ヨーロッパのロココスタイルに近いか。
あれをさらに神々しくしつつ、謎の純白マントを付け加えたような……まぁ、はっきり言ってとんでもなく仰々しい格好であった。
「あら、これはこれは! よくお似合いですハル様!」
「そ、そうっすかね……うーん……」
「私好みの服装です! いやぁ、これは良い! 良いなぁ〜、良い……!!」
いきなり語彙が乏しくなったな……。
普段のクールな表情を崩して興奮している様子のステラティア卿に、俺ははにかんだ表情を向けるしかなかった。まぁ、フリフリフリルなロリータファッションの彼女を見れば納得だけど。
“儂の鎧の方が分かりやすくカッコ良いと思うがな……”
「……とにかく行こう。いくらここと他じゃ時間の流れが違うとはいえ、あまり悠長にはしてられない」
“む、そうじゃな。あぁ、ハル、最後に提案があるのじゃが”
「何だよ」
“神王剣は極力使うな──良いな?”
***
要所で白金色の意匠が施された純白のマントをはためかせながら、俺はゆっくりと息を吐いた。
本来はとても温暖な星らしいが、今や全土が永久凍土。まさしく上位大悪魔のスケールに相応しい化け物だと気を引き締める。
“氷を扱う悪魔は数居れど、レムシオラは最高峰の練度を誇る。いけるか、ハル”
「当然……って言うしかないだろ」
“ハッ、そりゃそうじゃな”
上空で凄まじい冷気を放つ悪魔を見据え、グッと拳を握り締める。
地表の全てが凍てつくほどの極寒でありながら、俺の水はほぼ影響を受けていなかった。
則ちそれだけ俺の輝力が強まっていることの証明……これで無理なんて言ったら腰抜けも良いところだ。
「『セラ=ララステラプラニカーナ』」
レムシオラから視線を逸らさないまま、背後に大きめのゲートを開く。
「クライア様、ウィーオン様を連れて帰還を。ラランベリ様が治療用ポッドを準備して待っています」
「あ、ああ……分かった」
それから数秒ですぐに二体の神の気配が消えた。今やこの星に残っているのは、大悪魔と神王の二人だけだ。
「悪いけどお前はここで倒させてもらう。神王として、ってのもあるけど……クライア様は大恩人だからな。神王以前の問題だ」
「…………神王、だと? そんな存在私は知らない。この私が知らないモノなどこの世には必要ないんだ!!」
耳を劈くような絶叫と共に上空から突貫してくるレムシオラ。
姉さんすら上回る驚異的速度……のはずだが、何故だろう──やたらと遅く見えるのは。
「何っ!?」
勘や反射ではなくしっかりと目で捉えた上で躱し、瞬時に掌に掻き集めた水玉をレムシオラに撃ち込んだ。
「ごぉぉあぁォァァァ!! ぐぉ、ク、ソッ……畜生がァァァ!」
まともに食らい怒り狂ったレムシオラは、自身の周囲に無数の氷柱を生成し、不規則な軌道で全弾放出してくる。
うん、やっぱりだ……凄くよく見える。
“やりたい攻撃をイメージしろ。それを実現できるだけの力がハルにはある”
セラの声に内心で頷きつつ、俺はレムシオラに倣って身体の周囲に複数の水玉を生成する。
「全弾撃ち落とそう」
一つ一つの水玉が俺の思考を読み取っているかのように蠢き、放たれ、不規則に襲い来る氷柱を寸分違わず捉えた。
そしてそれだけでは終わらない。氷柱を砕いてもなお勢力を失わない水鉄砲は、吸い込まれるようにレムシオラのボディに炸裂し、大きく吹き飛ばした。
我ながらすげぇ威力……だが何より驚きなのは、この全く計り知れないパワーを俺が難なく扱えていること。これが神王の器たる所以なのか。
「が、はぁ……ぐぅ……神王だと!? 神々の王だと!? ふざけやがって、エメラナクォーツの野郎……何故この私に教えない……!!」
遠く離れたレムシオラが何やらブツブツ呟いていたがどうでもいい、そこまで気にする余裕がない。
とにかくあいつを倒す。今はそれだけ念頭に置いて戦うんだ。
“ハル、飛び方は分かるか? 空中戦抜きで大悪魔を倒すのは骨が折れるぞ”
「そういやまだ飛んだことないな」
“まぁ、其方ならイメージすればそれだけでいいのじゃが”
「分かった」
「貴様ッ、何をブツブツ言っているッ!!」
自分の事を棚に上げ怒号を飛ばすと、レムシオラは全方位に爆発的な冷気を発散した。
「うおっ、流石に寒いな……!!」
“抜かせ! 他の神なら千回は凍っておる! それより目を離すなたわけ!”
叱り飛ばされてハッとする。一瞬気を取られた隙にレムシオラが視界から消え失せていた。その直後、恐ろしく透明な氷原が鳴動し始める。
「何だ何だ!?」
“これはマズイ、早く飛べ!!”
ぶっつけかよ! いや、さっきもそうだっただろ、怯むな!!
無我夢中で、かつてこの目で見た姉さんやミヌートの「空中を飛び回る」という行動を想起し、自分の中に落とし込む。
「どわっ!?」
自然と驚きの叫びを上げていた。自分が空を飛んだことではない。氷に覆われた大地から、剣山の如き様相で巨大な氷柱が迫り上がってきたからだ。
「当たってたら串刺しだったか?」
“いや、神王の肉体を舐めるな。だがダメージを負っていた可能性は高い、注意しろ。儂のガイド頼りでは咄嗟の判断に間に合わぬぞ”
「分かった」
そう答えた直後、一際強烈な魔力を察知して振り返ると、既に目と鼻の先にレムシオラの拳が迫っていた。
間違いなく当たると思った。奴も確信し、内心ほくそ笑んでいる事だろう。
「!」
それでも俺は拳を躱せた。スレスレながらも薄皮一枚傷つける事なく、奴の拳に空を切らせた。躱せないと思っても躱せてしまうのが今の俺なのか。
いや、理屈は要らない。結果として俺の反射神経や動体視力はこの境地に至っているのだ。
「はぁっ!!」
まさに神業のような速度で体内の輝力を左脚に集中させ、レムシオラの胴体に膝蹴りをぶちかます。
「まだだ!」
吹き飛ぶレムシオラに追撃を加えるべく、俺は両の掌で水玉を生成・同時射出する。そしてそれは難なく命中し、馬鹿でかい氷山へ見事撃墜させることに成功した。
「おい、また当たった! レムシオラも思ったより大したことないんじゃないか!?」
更なる追撃を加えるため、高速で空を駆けながらセラに話しかける。
“奴が強いのは紛れもない事実じゃ、決して油断するな。油断は圧倒的力量差すら覆す究極的要素じゃぞ”
確かにその通りだった。初陣であんまり上手くいきすぎて舞い上がっていたようだ、反省しないとな。
こうして自戒を促してくれるだけでもセラの存在は非常に有難い。俺個人がこんな強さを手に入れたらこうはいかなかっただろう。
さぁ、最後まで気を抜かずにいこう。さっさとレムシオラを倒し、神域に帰るんだ。




