【行間 二】 凍結
救援要請の一報が届く。
討伐対象・大悪魔レムシオラ──その名を聞いた瞬間、正直落胆を隠せなかった。
この女神クライアの実力を持ってしても、強力な大悪魔にはまるで敵わないわけだが……レムシオラは遥か昔から存在する悪名高い悪魔だった。端的に言えば途轍もなく強いのだ。
その能力は「凍結」。凄まじい冷気を放ち、一瞬にして生物を死に至らしめる凶悪な力だ。魔力濃度の高さも相俟って、例え神だろうと問答無用で凍結・破砕できるという。
大悪魔の中でも上位に位置するレムシオラを確実に倒すため、余は八体の神を集めることに成功した。
はっきり言ってそれは奇跡に近かった。優秀な神は任務で出払っていることが多い神域において、これほどの数が揃うことなどそうあるものではない。
如何にレムシオラが相手だろうとも、此方側が圧倒的優位。そう確信していた。
だが、まさか。
「まさか……こんなことになるとは……!!」
荒れ狂う吹雪の中、怨嗟を込めて呟いた。
周囲には無惨にも凍結され砕かれた同胞達の残骸が散らばっている。
生き残っているのは、余とこの星の管轄者であるウィーオンのみ。そのウィーオンも今や氷漬けにされており、刻一刻と死に近付いている危機的状況だ。
「ハッハッハ! クライア、数多の武勇を打ち立ててきた貴様もここまでだな!」
凄まじい冷気を発しながら空中で高笑いを浮かべるレムシオラを、せめてもの反抗とばかりに睨み付けた。
ウィーオンを含めた総勢十体の神で挑んでこの体たらく……戦闘中に奴が進化したこともあるが、それでも自らの不甲斐なさに吐き気を覚える。
「クックックッ……私は恐ろしいよ、私自身がさ! まったくこんなに強くて良いのだろうか、いや良くない!」
「なら死ね」
「おっとぉ!」
燐砲から光線を放つもあっさり躱される。レムシオラなら即座に反撃の技を放てたはずだが、腹立たしいことに何も仕掛けてこなかった。
「クライア、この私に暴言を吐いたな!? この私を貶めていい者などこの世でただ一人! この私だ!」
魔力を帯びた猛吹雪は、今も尚確実にこちらの体力を削ってくる。加えて知性の欠片もない奴の言動を聞いていると気が滅入ることこの上ない。
しかしどれだけ腹を立てても、現状レムシオラをどうにかする手段がないのが現実であった。
「ハーハハハハッ!!」
奴は馬鹿笑いと共に左腕を振り上げ、一瞬にしてその腕に巨大な氷塊を纏った。
何という魔力量だ……! あれを振り落とされては一たまりもない!
「くっ……!」
十燐砲のフルバーストなら相殺出来るだろうが、もはやそんな輝力は残されていない。この星の管轄者として超再生能力を持つウィーオンも、氷漬けにされて瀕死のまま。
万事休すか──!
「死ねクライアッッッ!!!!」
唸るような風切り音を上げて「死」が振り落とされる。
悔恨と諦観を胸に、ゆっくりと瞼を閉じ──
──全てが砕け散った
凍える世界の冷気など、まるで意に介さず。
その水は容易に氷塊を撃ち破ったのだ。
「………な」
目の前の光景に目を奪われる。
長身痩躯の少年が、砕氷降り注ぐ氷原に佇んでいた。純白と白金の入り混じった高貴なる衣装に身を包み、圧倒的な神性を放ちながら。
ともすれば痛快なまでの鮮烈な輝きは、まるで闇夜を照らす月のよう。
「──御無事ですか、クライア様」
「……ハル、なのか」
掠れた声でそう尋ねると、彼は快活に微笑んで頷いた。
「はい、もちろん!」
場違いなほど明るい表情に、なんだか自然と肩の力が抜けた。
事情は分からない。正直何が何だか分からない。
ただ、紛れもない事実として。
今のハルは、圧倒的に強い……!!
「なん……だ……貴様は……この私の氷を、一瞬で……馬鹿な、神如きがそんな芸当……」
「……ふぅ……うん、大丈夫だよセラ」
「な、何者だ……何者なんだ貴様はッッ!!」
目に見えて狼狽えるレムシオラに対し、ハルは毅然とした表情で言い放った。
「ひよっこ神王の月野葉瑠だ。お手柔らかに頼むよ、レムシオラ」




