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いざ、参る

 神王剣の覚醒という情報は、ラランベリ様が空へ打ち上げた発信型神器によってすぐさま神域中を駆け巡った。それにより、同情でしか認められていなかった俺を正式に認める流れが一気に生まれていくはずだという。

 しかし当然、ここで満足してはいけない。神王としての職務をこなしていかなければ、真に認められることなどないのだろう。


「さて、それでは一つお話をさせていただきます」


 保管庫から無事帰還し、ステラティア卿の住む城に招かれたと思ったら、彼女は突然そんなことを切り出してきた。


「ハル様が神王様であることはもはや疑いようのない事実です。しかしその実力は、目下最大の脅威であるガルヴェライザとの戦闘を想定した場合……厳しいと言わざるを得ないでしょう」

「確かにそうですね。そもそも俺、自分が今どういう実力なのか全く知りませんし」


 過去も現在も、俺には神王化の進捗が分からない。セラが言うにはどんどん進んでいるらしいが、まるで自覚がないのである。


 “ああ、ハルの強さは現時点でパルシドすら超えておるぞ”

「えっ!? んな馬鹿な……」

 “儂の眼は確かじゃぞ。そんじょそこらの大悪魔には負けぬわ”

「ハル、セラフィオス様の見立ては?」


 共に城に招かれていたパルシド卿が、穏やかな物腰で問いかけてきた。

 俺は困惑気味に、


「セラが言うには、今の俺なら大抵の大悪魔と戦える……と」

「うむ、吾輩も同意見だ」

「私もです」

「えっ!?」


 当の本人が一番詳しくないってのも変な話だ……。


「既に吾輩を超えているのだろう。そうでなくては困る、セラフィオス様を継ぐものならば」

「ええ、その通りです。ハル様にはもっともっと遥かなる高みを目指していただかなくては」


 それもそうだ。ガルヴェライザどころか、いずれは悪魔王と戦わなきゃいけない。そのためにどんどん強くなっていかないと……セツナやみんなを守れないんだ。


「我等はガルヴェライザを迎え撃つ準備を整える」


 パルシド卿はすっくと立ち上がり、俯き加減に息を吐いた。


「悪魔王が神域の何処かに空けているというワームホールの所在は未だ不明だが……捜索と迎撃準備を並行して行う」

「ガルヴェライザの襲来による影響は未知数ですが、炎熱系の能力であることは把握できましたからね。神域各地の防火・耐熱を徹底するだけでも随分変わるはずです」

「ハルの神王化及びそれによる身体の使い方は、我等が口を出すよりセラフィオス様に御教授願うのが最善だと思う。無論、何か困り事があれば誠意を持って応えよう」

「はい、分かりました」


 神域がガルヴェライザ対策を講じる間に俺は俺で強くなっておけ、か。責任重大だな……今に始まった話じゃないけど。


「吾輩はこれで失礼する。すべき事が山ほどあるのでな。では」


 パルシド卿は手短に別れの言葉を告げると、足早に俺達の元から去っていった。


「じゃ、俺もこれで」

「お待ちください」

「うごっ」


 帰ろうとした矢先、ステラティア卿に襟首を引っ張られて首が絞まった。例によってこのお方も見かけによらない馬鹿力の持ち主だ。


「な、なんすか」

「パルシドの言葉、ハル様はどのように解釈していますか?」

「えーと、つまりは鍛えて強くなっておけということですよね?」

「概ねはその通りです。そして具体的に言うと……大悪魔と戦え、ということです」


 大悪魔……星に芽吹く命を根刮ぎ奪えるほどの力を持った存在。今の俺が強くなろうとするのなら、彼等との対峙を避けることなど出来はしない。

 しかし、分かっている。そんなことは分かっているんだ。


「恐怖が無いかと言えば嘘になります。しかし決して怖気付いたりはしません。俺の覚悟は、みんなが思ってるほど安いものじゃありませんよ」


 神王として生きる。そう決めた時、俺は当然大悪魔との殺し合いも想定した。ステラティア卿の心配は有り難いが、俺の中ではとっくに受け入れていることだ。


「……野暮な質問をして申し訳ありません。ただ、心配で」

「はい、分かってます」

「どうか御武運を、神王様」

「ええ、ありがとう」


 美しいカーテシーを尻目に、俺は広大な城を後にした。

 馬鹿でかい正門を抜けたところで、セラがハキハキとした口調で話しかけてくる。


 “よし、ハルよ。これから其方をビシバシ鍛えるつもりじゃ。早速大悪魔と……”

「その前に一旦家に帰る。セツナの様子を確認したい」

 “何? まだ神域に来て八時間程度……地球の時間は大して進んでおらぬぞ”

「分かってるよ、それでもさ」

 “……難儀な”


 セラを無理矢理納得させ、俺はポケットからゲートを開く呪文のメモを取り出した。


 “まーだ覚えとらんのか。早く覚えろ、便利じゃから”

「ごめんごめん。えーと、セラ=ララステラ……あれ?」


 呪文を口にし、あることに気付いて目をしばたたかせた。


「この呪文、もしかして名前が繋がってる?」

 “そうじゃ。儂、ラランベリ、ステラティア、そしてプラニカ……この四体がより集まって生み出した合作術なのじゃ”

「なるほど、道理で……名前だと分かっているなら覚えられる気がする」

 “うむ”


 長くて妙な術名という印象しかなかったが、単に名前を繋げているだけだったのか。それさえ分かれば、確かにメモなど必要無い。


「『セラ=ララステラプラニカーナ』」


 メモをくしゃりと握り潰して呪文を唱える。

 そしてすぐさま、空間にぽっかりと空いた穴に飛び込んだ。

 俺の、たった一人の家族が待つ場所へと。



        ***



「セツナ」


 呼び掛ける。返事はない。

 俺がここを出て戻って来るまで、彼女は一切動いていないようだった。セラの忠告通り地球ではあまり時間が経っていないから、何ら不思議ではないけれど。


 “だから言ったじゃろう”

「ああ、でも安心しておきたかったから」


 桜色の頭をそっと撫でてにこりと笑う。当然、何の反応も返ってこない。それでも良かった。


「セツナには悪いけど、このまま神域に連れて行った方が安全なのかなぁ」

 “いや待て、それは良くない”


 独り言のつもりで口にした言葉に鋭い否定が入り込んできたものだから、俺は驚きを隠せず目を見開いた。


「どうして?」

 “此奴を今神域に連れて行くのはまずい。悪化どころか、取り返しが付かなくなる可能性が高い。兎に角今はやめておけ”

「……その口振りだと、セツナの状態に心当たりがあるのか」

 “うむ。ほぼ確信めいておる……が、あくまでも「ほぼ」じゃ。神域に戻ったらパルシドに話を聞いた方が確実じゃろうな”

「……だな。結局聞けなかったし……」


 今思えばパルシド卿が足早に去っていったのは、セツナのことを聞かれたくなかったのかも……。

 いや、憶測や偏見はよそう。聞けば分かることだ。

 もう一度セツナの頭を撫で、俺は住み慣れた我が家から神域へと帰還した。



        ***



「えっ、いない?」

「と言うよりは、しばらく手が離せん。神域の最深部で作業をしてもらっておるからの」


 ラランベリ様は分厚い資料をバラバラ捲った後、無造作に投げ捨てて一心不乱にタブレットを凝視していた。


「どうにもタイミングが悪いというか……」

 “こればかりは仕方がないな。ガルヴェライザ対策は非常に重要かつ、パルシドでなければこなせない仕事もあるじゃろうしの”

「じゃ、つまり」

 “うむ。この間、儂らは大悪魔の討伐に向かう”


 静かに唇を結び、ゆっくりと頷いた。

 ついに来た……大悪魔との戦闘。セラや皆の意見を鵜呑みにすれば、今の俺がちょっとやそっとのポカで負けることはないらしい。落ち着いて冷静に戦えば問題はないはずだ。


「む、大悪魔と戦いに行くのか? それは有り難い、今のハルなら余程の相手でない限りは楽勝じゃ。必然、ガルヴェライザ対策に人員を割けるというものよ」


 ラランベリ様が快活に笑い声を上げる。そのおかげもあって少し肩の力が抜けた。

 と、その時。

 

「ラランベリ様ーー!!」

「む? ポッピンラブキッスか」


 大声を上げながら慌ただしく部屋の中に入ってきたのは、ラランベリ様の直属神使である月ちゃんだった。


「あっ、ツッキー! ここにいたんだね、色々お話を聞かせて欲しかったのに」

「いや、俺も話したいと思ってたんだよ。良かったら今から話さないか?」

「え、うれし……っじゃなくて! 緊急! 緊急報告があるんですよ、ラランベリ様!! クライア様から救難信号が届きました!」

「クライアから……!?」


 激しく動揺するラランベリ様を見て、俺は一瞬で事の重大さを悟った。

 確かにクライア様が神域に居ないのは気にかかっていたが、大悪魔との戦闘に出ていたのか……! しかも、状況は……!


「馬鹿な、奴は神を八体も引き連れて応援に向かったはず……!! それで救難信号じゃと!? 半壊、いや考えたくはないが或いは……!!」

「緊急レベルIVの信号ですから、少なくとも管轄者のウィーオン様は無事かと思われますが……」

「レベルIV……クライアとウィーオン以外やられていると考えた方が自然か……!!」

「──討伐対象の悪魔、そんなに強いんですか?」


 あくまでも冷静に口を挟む。クライア様を含めた十体の神で太刀打ち出来ないとなると、生半可な相手でないことは確かだが……。


「討伐対象は『大悪魔レムシオラ』……相当強い悪魔には違いないが、それでも十体掛かりで勝てない程ではない。つまり、考えられる可能性としては……」

「進化、ですか」


 俺が口にした可能性に、ラランベリ様は粛々と頷いた。大悪魔の中でも上位の強さを誇る奴が戦闘中に更に進化したとすれば、壊滅的被害を被るのも充分有り得る話だ。

 つまり。

 神王たるこの俺が取るべき選択肢は、たった一つに絞られた。




「俺が行きます。レムシオラは……俺が倒す」




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