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『フォルテシア』

 背後に十五人も控えさせて大型エレベーターに乗り込んだ俺は、とにかく居心地の悪い思いをしていた。

 というのも、特別な剣とやらを握って覚醒するところを見せたいが全員連れ込むのは無理、とステラティア卿が言うので人員を絞り込むことになったのだ。

 内訳は覇天峰位五体(パルシド卿、ステラティア卿を含む)、通常の神五体(ラランベリ様を含む)、そして神使五体。総勢十五名の大所帯を引き連れ、大広間から保管庫に繋がるエレベーターまで歩いて来たというわけだ。

 が、それより何より俺の居心地を悪くしていたのは。


「……」


 一人の神使の──愛すべき先輩・天霧月(あまぎりるな)の熱烈な視線だった。

 神使五体の中に選ばれた彼女は、先程からじぃーっとつぶらな瞳を輝かせて俺の顔を見つめている。

 そう、そうなんだ、おかしいんだ。いきなり壇上で神王になったなどと宣った俺に対し、怪訝な視線を向けるのなら分かる。でもどうして月ちゃんはやたら嬉しそうなんだ……?


「──着きましたよ」


 ステラティア卿の言葉でハッと我に帰る。エレベーターの下降もいつのまにか終わっていたらしい。


 “儂が案内しよう。ここを出たら八百メートル直進、その後岐路があるが一番右の道を行けば巨大な扉が見える。保管庫はその先じゃ”

「なるほど、とりあえず真っ直ぐ進んで右折すればいいんだな」

「わぁーっ!」


 突然背後から叫び声が聞こえたので振り返ると、月ちゃんが誤魔化すように照れ笑いを浮かべていた。


「ど、どうした月ちゃん」

「い、今のって神王様と話してたってことだよね?」

「そうだけど」

「すごいねーっ!」

「お、おぉ……」


 どういうテンションだこれ……ま、まぁ良い。神王だからって避けられるよりは遥かにマシか。


「これこれポッピンラブキッス、ハルがせっかく威厳を出そうとしているのに水を差すな」

「あはは、すみませーん」

「別に出そうとしてない!」


 ラランベリ様と月ちゃんの茶々に突っ込みを入れていると、すぐ隣から上品な笑い声が聞こえてきた──ステラティア卿だ。


「くすくす……ハル様は以前より仲の良い御友人がいたのですね」

「はは、まぁ、そうですね」

「縁を大切にしてこその王です。さぁ、歩きましょう」

「は、はい」


 ステラティア卿に促され、俺達はゾロゾロと一斉に歩き始めた。

 俺が先頭、脇を固める形でパルシド卿とステラティア卿が着き、その後ろを残りの覇天峰位、通常の神、神使の順で歩いて行く。

 そして俺は、傍らを歩く女神に単刀直入に問い掛けた。


「ステラティア卿は、どうして俺みたいなのをすぐに受け入れてくれたんですか?」

「呼び捨てでいいですよ。あなたは王になる御方なのだから」

「いや、すぐにはちょっと……ってそれより質問の方ですよ。どうしてなんですか?」

「ふふ、けれどそれを言うなら、ラランベリだって受け入れているでしょう?」

「ラランベリ様は以前お世話になった縁がありましたけど、ステラティア卿は今日が初対面じゃないですか」

「そうですね。ただ、私とて伊達に長く生きているわけではありません。人を見る目は充分に養ってきたつもりです。端的に言えば、貴方は私が慕うに相応しい御方だと確信しているのですよ」


 曇りなき眼差しが俺の瞳とかち合う。麗しい顔立ちとロリータ調の服装も相俟って、極めて精巧な人形のようだと思った。


「私も含め、あらゆる神はセラフィオス様と主従関係にありましたが……少なくとも私は、一人の御友人として接しておりました」

 “………そうじゃな”


 ポツリと、小さく呟くセラ。当然、その声が彼女に届くことは無い。


「あの方の友人として、貴方を信用するのは当然です。そして実際に、貴方は信頼足りえる御方ですよ、ハル様」


 ふわりと、微かに微笑むステラティア卿。長い時をかけて築き上げてきたセラとの信頼関係は、たとえこんな状態でも崩れたりしない、ということだろう。

 しかし、その割にセラからは名前を聞かなかったような……。


 “ハル、何か良くないことを考えておるじゃろ? 儂の口からパルシドやラランベリの名は出たのにステラティアの名は出なかったとかなんとか”


 げっ、こいつ勘が鋭い!


 “ステラティアもラランベリと同格、素晴らしい友人の一人じゃよ”

「分かった分かった」

「あら、セラフィオス様とお話を?」

「はい、ステラティア卿は大切な友人だ、と言ってます」

「あらあら、ふふふ」


 アルカイックに笑うステラティア卿を見て、俺の顔も思わず綻んだ。一見クールな女性に見えるけれど、実際は感情豊かでとても話しやすい方だった。


「さ、ここを右だ」


 パルシド卿の声に頷き、視界に広がるいくつもの岐路を無視してただ一本の道を進んでいく。

 ふと、違和感を抱く。目的地に近付くにつれ、ふつふつと郷愁にも近い感情が湧き上がってきたのだ。


 “どうした、ハル”

「なんだか、懐かしい気がして」

 “ふふ、そうか。あの剣と神王である其方が惹かれあっているのじゃな”


 剣と惹かれ合う……俄には信じ難いが、そうでなければ説明のしようもないか。

 そして、俺達はついに巨大な扉の前まで辿り着いた。王の剣とやらは、間違いなくこの先にある──。


「わぁー、こんなところ、私初めて来たなぁ」

「妾は頻繁にメンテナンスに来るが、何度来てもこの厳格さには辟易とするな」

「私も実は苦手です。ここに来るたび気が滅入ります」


 月ちゃん達がわいわいと雑談する最中、俺はそっと扉の中央に手を置いた。

 瞬間、光輝く紋様が浮かび上がって扉が動き出す。


「ここが……保管庫」


 重厚な扉の先は、とにかく薄暗くて見通しが悪かった。天井に目を凝らせば、なんと照明の類いが全く無い。それでも辛うじて視界が確保できるのは、微弱ながらも確かに光を放つ物体が散らばっているからだった。

 それこそが対悪魔用決戦神器・神剣アルトアージュ。大地に突き刺さるそれらは、剣身から柄に至るまで全体が儚げな光に包まれていた。


 “な、なんじゃこれは!”


 突如、セラが素っ頓狂な声を上げた。アルトアージュを見て思うところでもあったのだろうか?


 “五……五本!? たったのこれだけか!? 確か儂が居た時は百本程あったはず……”

「あ、あぁ……そうなんだ」

「ハル、セラフィオス様はなんと?」

「神剣が五本しかないことに凄く驚いてます。百本はあったはずだって」

「……耳が痛いな」

「それについては申し開きのしようもありませんね……」

「クライアが勝手に持ち出すまでは六本あった!」

「何の言い訳にもなりませんよ、ラランベリ」


 神剣の数についての話題となると、覇天峰位も含めた総勢十体の神がきまり悪そうに言葉を濁した。確か、大悪魔との戦闘に神剣を持ち出しては空振って無駄遣いをしてきたんだっけ……まぁ一振りで壊れてしまう構造自体に問題があると思うけど。


 “な、なんたることじゃ……これだけ消費して、戦局にまるで影響を及ぼしていないとは! 儂があれだけのアルトアージュを残すのにどれほど苦労したことか……”

「セラ、今は神剣のことはいいだろ。それより目当ての剣に会いに行こう」

 “む、それもそうじゃな”


 セラには無理矢理切り替えてもらって、ぞろぞろ奥へ進んで行くと──ソレはあった。


「これか……? 石の塊にしか見えないけど」


 最深部の床に突き刺さっていたソレは、確かに剣の形をしていた。しかし、一見しただけでは鈍と表現するにも憚られるほどの状態だ。これが王の剣……?


「ご覧下さい、ハル様」


 ステラティア卿が石の塊に向かって歩き出し、そっと無骨な柄を握り締める。


「私や他の神では、何の反応も示しません。この剣が覚醒するとすれば、それは神王様の手に収まった時のみ。かつてセラフィオス様はこの剣を覚醒させ、一騎当千の活躍をなさっていたのです」


 ステラティア卿は不恰好な柄から手を離し、振り返り様に俺の目を覗き込む。


「今の神王様は、ハル様です。貴方ならば、必ずや……」


 スッと流れるように場を譲る。その行動の意味を察した俺は大きく頷き、石化状態にある剣の元へ歩み寄った。

 この剣を掴み、俺なんぞが大勢から神王として認められることに対して色々と思うところはある。だが、この期に及んで懸念など抱くのはもはや障害にしかならない。

 俺は神王として生きていく覚悟を決めた。

 人生を賭して、命を賭して、俺の守りたい存在を守るために。

 たとえこの剣が、俺の墓標になろうとも──!



「っ!!」



 掴んだ。輝いた。辺り一面が閃光に染まった。

 周囲のどよめく声を耳にしながら、俺は目を見開く。光の奔流を生み出す原点に刮目し、その変遷を見守るために。

 粘土で塗り固めたような石塊に幾つもの亀裂が迸っていた。そして──表面の石が音を立てて崩れ落ちる。


「……これが……王の剣」


 息を呑むほど美しい純白の刃に、葉脈のように刻まれた金色の紋様。

 獰猛なまでの輝力と風格を宿した、まさしくこの世に二つとない王の剣……その銘は──


「──『神王剣フォルテシア』」


 まるで呼吸をするかの如き自然さで、俺は聞いたこともない銘を口にする。

 理屈じゃないんだ。経験でもないんだ。本能的に、今の俺はこの剣と結び付いているのだ。


 “ハル……そう、間違いなく其方が……いや、それは儂が言うまでもないことじゃな”


 セラの声で我に返り、後方を見やると、


「この目で見届けた……神王剣の覚醒、その瞬間を」


 声を震わせ、感極まっている様子のパルシド卿が立ち尽くしていた。

 パルシド卿だけではない。ステラティア卿もラランベリ様も、名も知らぬ初対面の神々も皆一様に同じ反応を示している。

 そして、直後。


「!」


 恭しく、崇めるように。

 集いし神々が、俺の前で跪いたのだ。




「貴殿こそ、我等が先導者……神域の王足りえる者。我等一丸となって仕える事、ここにお誓い致します」




 薄暗かった空間は、いつの間にか隅々まで照らし出されていた。

 闇夜を照らす陽光の如き輝きを放つのは、俺と俺の掴んだ神王剣。

 今、ここに。正真正銘の神王として、俺がいた。

 月野葉瑠という、運命に選ばれてしまった存在が──



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