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宣誓

 神秘的な美しさと、怜悧なまでの無機質さ。独特の威容を誇るこのオヴィゴー神殿に、神域の住人が集い始めていた。神、神使、そして覇天峰位……任務で不在の者を除く全員が招集を受けている。

 当然、このままではだだっ広い大広間にさえ入りきらないため、パルシド卿は神殿の壁のほとんどを地面に収納してしまった。どうやらこの神殿はある程度自由に分離したり収納したり出来るようで、メカニカルな外観は決して見掛け倒しではないらしかった。


「ハル」


 俺の名を呼ぶ声がして、ゆっくりと振り返る。

 覇天峰位の中核にして、神王セラフィオスの腹心──パルシド卿。美しいボディに堂々たる風格を纏わせ、俺の傍らに佇んでいる。

 ここは、大広間の最奥に備わっているステージの袖。これほどの大観衆を集めて何をするかと言えば、それは。


「緊張しているのか?」

「はい、それはもう……こんな風に大勢の前で話すことなんて、生まれて初めてです」


 神王として神域に属する全ての者に認めて貰う……それこそが俺にとっての最初の試練だった。

 俺が正直に答えると、パルシド卿は愉快そうに笑って腕を組む。


「事実をそのまま口にすれば良いだけだ。それで皆自ずと理解し、受け入れる。手の込んだ演説をする必要はないぞ」

「は、はい……」

 “ハル、儂が台本代わりに喋ってやろうか”

「いや、良いよ。セラの口調でそのまんま喋っちゃいそうだし」

 “フッ……”

「ハル、セラフィオス様はなんと?」

「台本代わりに自分が喋ったことをそのまま言え、と」

「うーむ、らしい発言だな」

 “なんじゃこいつ、言うようになったな”


 セラもパルシド卿も、なんとか俺の緊張を和らげようとしてくれているのが伝わる。内心で二人の気遣いに感謝していると、


「ハル!!」


 甲高いヒールの音を鳴らしながら舞台袖に駆け付けたのは、紫色の長髪にウェリントンシェイプの眼鏡を掛けた女神──ラランベリ様だった。


「デザルーキから話は聞いた……本当なのか、ハルよ! 神王様が其方の魂と融合したというのは……!」


 いついかなる時でも冷静だったラランベリ様の声音も、今だけは熱を帯びていた。セラの帰還と俺の現状というのは、彼女にそうさせるだけの異常事態なのだと改めて実感する。


 “おぉ……ラランベリ! 此奴はな、まー可愛がったものじゃよ! パルシドやプラニカに次ぐ存在と言っても過言ではなかった! また会えて嬉しいのぉ!”


 セラは弾むような口調で語っていた。その声は俺以外の誰にも届かないけれど、宿主たる俺が思いを伝えることは出来る。


「また会えて嬉しい、と言っています」

「……っ! ならばやはり、ほ、本当なのじゃな……! そうか……ついに、ついに神王様がお戻りになられたのか……!」


 感無量、と言った表情を全面に表現するかのように天を仰ぐラランベリ様。見ているこちらまで嬉しくなるほどの喜びようだった。


 “相変わらず儂を真似た喋り方をしているのじゃな此奴は。いやー、気に食わん。素の喋り方の方が良いじゃろうに。ハル、なんとか言ってやれ”

「え、やだよ……なんか気まずいじゃん」

「お、何じゃ!? 神王様はなんと仰られたのじゃ!?」


 嬉々として食い付いてくるラランベリ様の勢いに少々たじろぎつつ、こればかりは適当にやり過ごそうと考えていると、


「喋り方のことではないか? ラランベリ」


 俺の隣で一連のやり取りを見守っていたパルシド卿が、さもありなんという風に口を挟んだ。

 流石にセラが特別視しているだけあって察しが早いな……こうなると、伝えなければこの場は収まらないか。


「ええと……あくまでセラの意見ですよ? 俺の意見ではないですが……ラランベリ様の喋り方、気に食わないそうです。儂の真似ではなく素で喋れ、と」

「…………」


 露骨に悲しそうなラランベリ様。なんだか俺が悪いみたいで心が痛い。


「あ……と、元々どんな喋り方だったんですか?」

「何のことはない、普通の喋り方だった。少々丁寧過ぎるきらいはあったが」

「おい、パルシド!!」


 ラランベリ様はパルシド卿を凄まじい目付きで睨み付けた。覇天峰位の中核を担う相手に対しても全く遠慮がないのは素直に凄いと思う。


「普通の口調をどうして恥ずかしがってるんです?」

「キャラが弱いじゃろが!!」

「キャラかぁ」

「どいつもこいつも妙な喋り方、妙な一人称! 私が埋もれたらどうしてくれる!?」

「うぅん……」


 すでに一人称が戻っちゃってるけど……。

 普通の口調が嫌だなんて俺からすれば奇怪な理由にしか思えないが、個性的な神々の中で暮らしていると、案外そういう思考に至るものなのかもしれない。


「でも、一人だけ普通の喋り方してるのってむしろ希少じゃないですか?」

「何?」

「変な人達の中に普通の人が混じっていたら、それはもう立派な個性ですから」

「……!! そうか……そういう見方もあるのか!」

 “誰が変じゃ誰が”


 目から鱗、といった具合に華やぐ表情。これからはセラの真似ではなく、ラランベリ様本来の喋り方に……。


「ああ、こちらでしたか」


 突如として聞こえてきた声に、俺達は一斉に視線を移す。


「貴方が神王の器たる存在……ハル様、ですね。お初にお目に掛かります。私は覇天峰位が一人、ステラティアと申します」


 ロリータ調のドレスに身を包んだ小柄な女神は、清流の如き流麗さでカーテシーを行った。あまりにも様になりすぎていて少々怯んでしまう。


「あ、これはどうも……」

「ハル様の神王としての初仕事ですね。どうかご武運を」


 ステラティアと名乗った女神は、最後まで恭しい態度のままこの場を後にした。

 俺は去りゆく背中を見つめつつ、心底からの言葉を零す。 


「すげえまともな喋り方だった」

「これで妾が喋り方を戻せば奴の二番煎じにしかならんわけじゃが……どうする?」

「いや、どうもしませんけど」

「責任を放棄する気か? なぁ、ハルには責任があると思うぞ、なぁ?」


 めんどくさっ!


「ラランベリ、もう時間だ。広間に戻れ」

「む……そうか」

「舞台から遠い者にもハルの姿が見えるようスクリーンを各所に設置、ドローンも複数飛ばせ」

「とっくに出来とるわ。ではな、ハル。気張らず自然体に」

「あ、はい。ありがとうございます」


 色々あったが、最後には笑顔で励ましてくれた。案外、俺の心を落ち着かせるために面倒な態度を取っていたのかもしれない。


 “緊張は和らいだか、ハル”

「……ああ、大分な。なんとかしてみせるよ」

 “うむ、そうか”


 嬉しいことに、ラランベリ様もステラティアという女神も、既に神王としての俺を受け入れてくれているようだった。彼女らに事の次第を連絡したのはデザルーキ卿だから、きっと彼が余程上手い説明をしたのだろう。彼にはまだ詳細を伝えていないにも関わらず、本当に頭が下がる思いだ。

 そう、状況は決して悪くない。臆せず、堂々と。何より、この程度のことで尻込みしていては神王として先が思いやられるというもの……。



        ***



 一言で言えば、圧巻。

 覚悟無き者が立てば震え上がるほどの大観衆。

 それでいて氷が張り詰めているような静けさ。

 しかし覇天峰位の中核を担う偉大なる神は、まるで意に介することなく舞台上を闊歩する。


「さて」


 ピタリ、と。卿は、舞台の中央で足を止めた。


「此度の招集に応じてくれたこと、心より感謝する」


 穏やかながらも威厳に満ちた声色。まさに歴戦の貫禄を感じさせる彼の声は、驚くほど自然に観衆へと伝播していく。


「既に事情を知っている神もいるだろうし、知らぬ者もいるだろう。特に神使は、寝耳に水の情報も多分に含まれるが……いや、出過ぎた真似はよそう。本集会における主役は、決して吾輩などではないのだから」


 一拍置き、ゆったりと観衆を見回す。

 そして。


「諸々の事情、今後の指針……皆に向け、全てこの御方に直接語って頂く。それでは御登場願おう──新たなる先導者に」


 騒めく会場。困惑と不審が攪拌されたかのような空気に包まれる。

 それでも俺は一歩踏み出す。問題無い、震えも迷いも捨て去った。


 “頑張れ、ハル”


 セラの声に小さく頷きつつ、パルシド卿の傍らに──舞台の中央に辿り着く。


「初めまして。俺の名前は月野葉瑠……元人間です」


 元人間。自分自身をそう断じたのは、思えばこれが初めてかもしれない……寂寥感が滲まないと言えば嘘になる。


「地球で起きた大きな事件の影響により、俺は人間と神使の性質を併せ持つ、言わば半神使と称すべき半端者になりました。恐らくこの世で唯一無二の存在でしたが、だからと言って特別な力なんてありません。珍しいだけで、通常の神使より劣る貧弱な存在だったんです」


 辺りに漂う撮影型ドローンを一つずつ視認しながら、俺は再び口を開いた。


「しかし、状況は一変します。気付いている方も多いかもしれませんが……今の俺は半神使ではなく、神です」


 俺が登場してから絶えず若干のどよめきは起こっていたが、それがより顕著になっていく。無理もない、すんなり理解できるほうがどうかしている。セラの存在を碌に知らない神使勢は尚更だ。


「まずは前提となるお話をしなくてはなりません──神王の御伽噺について、です」


 神々はいよいよ本題かと居直り始め、神使達は一層怪訝な視線を向け出した。


「神域を統べる伝説の王──それは決して偶像ではありません。この世に、この神域に、確かに実在していた存在です。その名をセラフィオスと言い……そして今、俺の魂と融合している者の名でもあります」


 観衆からは驚愕と納得の両面が表れていた。当然、納得しているのは一部の神だけだが、神域の全員に納得してもらわなければ王とは言えない。

 故にこそ、はっきりとここで宣言しておかなくてはならない。

 俺がどのような意志を持って、ここに立っているのかを。




「神王セラフィオスに代わり、俺が──この月野葉瑠が、新しい神王になります」




 一瞬の静寂……そして多種多様な騒めきの声が巻き起こる。


「噂によれば彼は水の能力者らしいし、ここまで来れば運命だと受け入れざるをえんだろう」

「魂のみとはいえ、ついにセラフィオス様が帰還なさった……これは奇跡だ!」

「しかし本当にセラフィオス様の魂と融合しているのか? あの御方の魂はクリアすぎて我々には判別が出来んぞ」

「元神使どころか元人間が神王になど……しかし、奴が神と化しているのは明白……」

「あのパルシド卿が認めているのだぞ、偽証が罷り通るものか」


 祝福や納得の様相を見せる神もいれば、拒絶染みた懸念を示す神もいる。とはいえ明確に敵意を持つ者が出てこないのは、それだけ神王という救世主を待ち望んでいた心情の表れとも言えた。


「静粛に。皆の者、静粛に。まだ神王の話は終わっていない」


 パルシド卿が相変わらずよく通る声で観衆を諌める。

 一歩後ろで控える彼とアイコンタクトを取って頷いた俺は、深呼吸をして再び観衆を見回した。


「まだ重要な話がいくつもあります。俺の中にいるセラフィオスから直接伝えられた話です」


 騒々しかった場内がしんと静まり返る。今この場において、セラの名は大変な効力を誇っていた。

 そして、俺は出来る限り分かりやすく、簡潔に事の次第を説明し始める。


 そもそも何故セラが魂だけの状態で漂っていたのか。『ドゥーム』ゾフィオスと悪魔王について。

 どうしてセラが魂の器として俺を選んだのか。厳しすぎる条件と適性について。

 狂界の創造主である悪魔王がこれから何をしようとしているか。『ドゥーム』ガルヴェライザによる神域侵攻について。


 神々や神使達が気になっていそうなことをとにかく並べ立てる。細かい事は後で答えれば良い、今はとにかく事態を把握してもらう事が先決だ。


「──というわけで、俺からの報告は終わりです。神王になる経緯自体は半ば強制的ではありましたが、しかし最終的には自分で結論を出しました。俺にも護りたい人達がいますから」


 大体の顛末を話し終えて観衆を見回すと、先程まで抱かれていた拒絶反応が鎮まっているのを感じた。かと言って尊敬されているかというともちろんそんなことはない。

 ……聞かずとも分かる。顔を見れば分かる。彼等が一様に抱いている感情とはつまるところ、ただの同情だった。

 それでいい、と俺は思う。元より敬って欲しいなんて思っちゃいない。周囲から哀れな奴だと思われても構わない。俺を神王として認めてくれるならそれで充分だ……少なくとも、今は。


「では質疑応答に移る。質問がある者はいるか?」


 えっ、なにそれ! 俺が答えるの!? 聞いてないぞこんなコーナー!


「質問ではありませんが、少々よろしいですか?」

「ステラティアか。なんだ?」


 ゆったりと手を挙げたのは、先程舞台袖で話しかけてきた女神──覇天峰位の一角・ステラティア卿だった。

 彼女はド派手なロリータドレスをはためかせつつ、ふわふわと宙に浮かんで舞台上の俺と目線を合わせた。


「先に宣言しておきますが、私は既にハル様を次代の神王様と認めております。しかしながら、現状様々な思案を為されている方が多いでしょう」

「まぁ、それは致し方ないことかと」

「ええ、そうですね。そこで私から提案がございます」


 クールな表情を微かに綻ばせると、ステラティア卿はとある提案を口にした。


「今から神剣の保管庫へ赴きましょう」

「保管庫?」

「はい。そこには一振りの剣が在ります。アルトアージュではなく──もっと特別な、王の(つるぎ)が」


 王の剣……?


「その剣は神王様が握らなければ単なる(なまくら)に過ぎません……故に、まさしく神王たる証と言えるでしょう。ハル様が剣を握り、その剣が覚醒したならば……神域の誰もがハル様を受け入れるというわけです」


 いきなり初耳の情報を出されて困惑しつつも、この女神の言葉が突拍子もない戯言でないことだけは分かる。


 “ハル、ステラティアは間違いなく信頼に値する神じゃ”


 彼女と会ったばかりの俺でさえそう思う。セラのお墨付きなら尚更疑う余地は無かった。


「……それでは、今すぐ向かいましょう。その剣を覚醒させることで、皆に認めてもらえるのなら安いもんです」




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