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最果てより世界へ

 自室に戻った俺は『セラ=ヴァース』を唱え、再び闇が支配する心の世界に舞い戻った。

 眼前には、恐ろしく整った顔立ちの神王セラフィオスが腕を組んで鎮座している。


「で、話の続きだけど」

「うむ。まずシャルミヌートが其方を当面の間殺しに来ない理由を話そう」


 組んでいた腕を解き、膝の上で頬杖を突いたセラの眼差しは鋭い。それだけの難局であることは説明されずとも理解出来た。


「理由は単純、奴がそうさせるはずがないからじゃ」

「奴?」

「悪魔王ホロヴィア」


 吐き捨てるようにその名を──忌むべき宿敵の名を口にするセラ。だが、頭の悪い俺はイマイチ理解が及ばない。


「どうして悪魔王がミヌートを止めるんだ?」

「前も言った通り、シャルミヌートを今の儂らに送り込むと一瞬でケリが付いてしまうからじゃよ。それは悪魔王にとって望まない展開なのじゃ」

「はぁ……なんで? 悪魔王は世界を滅ぼしたいんだよな? そんで、今の俺は神王化真っ只中、殻の無い蛹みたいなもんだ。殺すなら絶好のチャンスじゃん」

「ハル、よーく考えてみろ。まず、そもそもの話。悪魔王は何故儂を完全に殺さなかったと思う? 何故わざわざ逃し、選択の余地を与えた?」

「…………まさか、いや、まさかとは思うけど……元カレ元カノの関係?」

「馬鹿か!? 奴にも儂にも性別などありゃせんわ! たわけが! 殺すぞ!」


 本気でキレられた。たった一日足らずで二人から殺すと言われるなんて、長い人生中々あるもんではない。


「で、なんでなの」

「……悪魔王はな、期待しているのじゃよ。儂に……いいや……()()()()()()()()


 厳かに告げられた言葉に対し、俺は心底からのきょとん顔で応対するしかなかった。


「どういうこと? 悪魔王の人柄がよく分からないんだけど」

「…………奴は、余りにも膨大な年月を生きている。この儂でさえ戦慄するほどの、幾星霜をな」


 今、ほんの少し。

 ほんの少しだけ、セラの瞳に憐憫の色が垣間見えた。『絶対悪』と言い捨てた相手にも関わらず、だ。


「言っておくが、儂は神域の誰よりも長く生きておる。それでも及ばないほどの年月、と言えばその凄まじさが理解できるかの」

「う、うん……何というか、天文学的な数字なんだろうなとは」


 セラは、すっかり冷めた目付きでこくりと頷いた。


「悪魔王は、随分前からこの世界に飽いている。故に、常に娯楽を探し求めている。ほんの僅かでも楽しめる可能性があるのならそれに縋り、期待を掛けては落胆する……その繰り返しばかり」

「……悪魔王って、随分人間的というか……叙情的な奴なんだな」

「だからこそタチが悪い。あれほどの力を持った化け物に感情が芽生えたのは、我々全生命にとっての悲劇だ。この世の運命は奴が掌握していると言っても過言ではない」


 固く握りしめた自身の拳を見つめるセラ。その拳には、痛々しいほどの熱と覚悟が込められていた。


「その悪魔王が世界を滅ぼそうとする理由はただ一つ。つまらないからじゃ」

「………………え? 本当にそれだけ?」

「そうじゃよ。悪魔王とはそういう存在なのじゃ」


 何というか……唖然としてしまう。思考も視点も、悪い意味でスケールが違いすぎる。


「すなわち世界の終焉とは、悪魔王にとってもはやこの世に期待をかける対象が存在しない場合を指す。長年目を掛けてきた儂が全く太刀打ち出来なかったことで、奴は本格的にこの世を滅ぼそうと思い立った……が、すぐに状況が変わった」

「…………俺というイレギュラーが現れたってわけか」

「そういうことじゃ。悪魔王の興味は「儂の行く末」から「ハルの行く末」にシフトしている。つまりハルが一定以上の実力に達しない限り、現状こちらに勝ち目のない相手……シャルミヌートを差し向けてくる可能性は無い。ここまでは理解したか?」


 俺は真剣な眼差しのまま大きく頷いた。

 悪魔王の興味が俺に向けられている……か。はは、生きた心地がしないよ……。


「そしてもう一つ……神域に『ドゥーム』を一体送り込むという情報。これもまたシャルミヌートが来ない説に拍車を掛けている」


 彫刻のような人差し指をピンと立て、ふらふらと宙を切る。

 そう、問題はミヌートの件だけじゃない。差し迫った危機が、もう一つ。


「神域侵攻……当然『ドゥーム』の独断ではなく悪魔王の計画じゃろう。つまりこの件に関しても、ハルの成長をある程度待ってくれると予想しているが……正直断言しかねる。対象があくまで「神域」ならば、ハルそっちのけで実行に移す可能性も無くはない。そしてその情報が確かならば、神域には既に「穴」が空いていると見て間違いない」

「……穴?」

「繋がっているのじゃよ、道が。狂界から神域までの直通ワームホールじゃ」


 何……それって……え?


「やばくね?」

「やばいぞ」

「な、なんで……神域にそんな穴が空いてるの? なんでそんなの分かったの?」

「シャルミヌートの情報を確定とした場合の話じゃがな」

「いやそれは確定だろミヌートが言ったんだから」

「情緒不安定か其方は」


 セラは呆れ顔で嘆息した後、すぐに口を開いた。


「先に言った通り、『ドゥーム』でさえ神域に侵入する手段は無い。だが間違いなく襲来するという情報を信じるのなら、それは神域にワームホールを開けた奴がいるからに他ならない」

「ま、まさか……神域の中にスパイがいる……ってコト?」

「なわけないじゃろたわけ」


 なんだかセラに呆れられるのも慣れてきたな。ていうか、俺はよく人から呆れられるし耐性があるのだろう。


「神域の連中はスパイ行為などしない。そこは信頼しておる。そもそもそんな力も無いしな、わっはっは!」


 申し訳ないけど確かにその通りだなと思った。申し訳ないので笑ったりはしないけど。


「神域に侵入し、狂界と繋がる穴を設置するという芸当が出来るのは、この世でただ一人しかおらん」

「……悪魔王ホロヴィア」

「御名答」


 なるほど……これまで聞いた話だけではイマイチ実感が湧かなかったが、悪魔王のヤバさがようやく分かってきた気がする。

 きっと悪魔王自身は、いつでも神域に侵入出来るのだ。思うがまま蹂躙し、滅ぼせるのだ。

 なのに、しない。わざわざワームホールを空けて帰ってしまった。それはきっと、自分がやるよりも『ドゥーム』を一体送り込んだ方が楽しめるから……。


「運命は奴が掌握している……か。まさにそんな感じだな」

「ハルがそれを変えるのじゃぞ」

「はは……すげーな。てんで出来る気がしねーよ」

「だが、やるしかない」

「ああ、分かってる」


 頬に冷たい汗が伝っていることに気付く。手の平も凄い汗だ。

 この感情は、緊張か? 恐怖か? あるいは……。

 くそっ、情けねぇ……もう覚悟は決めたんだ。今から怖気付いていたら何にも出来やしない、しっかりしろ月野葉瑠! 


「ふー……セラ」

「む?」

「神域に来る『ドゥーム』はミヌートじゃない。そうだよな?」

「うむ、その通り」

「本人から聞いたしな。神域侵攻に関してミヌートは一切手を出さないって。それで……襲来してくるのはどんな奴か分かるか?」


 『ドゥーム』は四体の悪魔で構成される組織だ。その内の一人は目の前に。もう一人はミヌート。であれば、送り込まれるのは残りの二体のどちらかということになる。


「十中八九「ガルヴェライザ」じゃ」


 俺の質問に対し、セラは確信的な表情でその名を口にした。


「ガルヴェライザ……それが、神域に襲来する悪魔か」

「ああ、もう一体の方は余程のことがない限り出てこない。間違いなくガルヴェライザが襲撃を担当するじゃろう。奴は儂の知る限り全悪魔中最高の殲滅力を誇る……圧倒的な数的優位も意に介さない、本物の実力者じゃ」


 かつてのミヌートの言葉を思い出す──神域の全戦力を相手取ってなお勝利を捥ぎ取れる悪魔。『ドゥーム』ガルヴェライザとはそういう存在なのだ。


「神域などガルヴェライザの殲滅力・制圧力があれば終わらせられる……と、悪魔王は考えているのじゃろう。なるほど、確かにそうじゃ……今までは、な」


 セラは黄金の瞳に力強い光を湛えて、



「今はハルがいる。新たなる神王がな。守れるはずじゃ……必ず!」



 堂々と勝利だけを見つめて言い放つその姿は、不思議と説得力に溢れていて。流石は神域を率いていただけはあるな、と素直に感嘆した。それと同時に、こいつの途轍もないカリスマ性はどうやっても真似できないなとも思った。単に卑下しているわけではなく、純然たる事実としてそれは受け入れていくべきだ。


「なぁセラ。ミヌートが襲いに来ないなら、神域へ移住しなくても良くなったってこと?」

「まぁ早急に動く必要は無くなったが、奴のことを抜きにしても神域に移るべきじゃ。其方が強くなるにつれて地球での生活は厳しくなってくる。力の制御が上手くいかない内は、ふとした拍子に人を殺めてしまう可能性も低くない。其方もそれは本意ではないじゃろう?」

「ああ、もちろん」

「であれば、いつでも移れるよう準備をしておくべきじゃ。殺してからでは遅いぞ」

「……うん」


 準備……か。


「まぁ移住自体は準備が出来次第で良いのじゃが、とりあえず早く神域に行きたい。確認事項が山ほどあるしの」

「そうさせてやりたいけど、セツナがあれじゃ無理なんだ。セツナの瞬間移動能力がないと神域には行けない」 

「……瞬間移動だと?」


 セラは眉間に深い皺を寄せ、口元を手で覆った。これほど険しい表情は初めて見たかもしれない。


「セラ……?」

「ん、ああ……神域に行く方法ならあるぞ。其方は今や半神使ではないのじゃから、他の神々のように神域までのゲートを作れるはずじゃ」

「えっ、マジかよ!? 俺にあんな芸当が出来るのか!?」

「ふはは、それどころか、今後は他の神々にも出来ないことが其方には出来るようになる。徐々に慣れていくことじゃな」


 険しい表情は何処へやら、一転して快活な笑顔を浮かべる。今はまだ聞くな、ということだろう。

 兎にも角にも神域に行かなければ。セラの言う通り、やらなければならない事が沢山あるのだから。



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