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誰もいない世界

 俺はね、別に世界を征服したいとか、誰かを消したいなんて一度も思ったことない。

 そもそも、普段の日常に不満なんてない。

 そりゃそうだよ。俺の家金持ちだし。そのうえ父さんも母さんも優しいし。馬鹿な話で盛り上がれる仲の良い友達だっているんだから、不満なんてあるわけねーよ。

 それなのに、なんで。


「…………静かだ」


 思わずそう呟かずにはいられないほどに、静かだった。人の声はおろか一切の音が聞こえない。静寂に包まれた世界の中で、自分の呼吸音だけが虚しく響き渡る。



 朝起きたら、世界が変わっていた。



 父さんも母さんも……いや、それどころじゃない。町の中に人なんて一人も残っていなかった。持ち主が消え、もぬけの殻と化した建物が寂しげに並び立つだけ。


「……なんだこれ。いや、ほんとに、なんだこれ…………」


 道路の真ん中に突っ立っている俺は、ぼんやりとした表情のままそう呟くしかなかった。普段は鬱陶しいほどに車が行き交うこの道路でさえも、全く命の危険を感じさせない静寂ぶりだ。


 信じたくはないが、夢でないことだけは分かる。夢ってのは、結局自分の想像以上のものを見ることは出来ないと思う。俺は一度だってこんな光景を……こんな酷い世界を想像したことなんてないんだから。

 ぐわん、と眩暈がしてよろめきながら頭を抱えた。町が静か、という事実がこれほど人を絶望に追いやるものだったなんて……。


「あぁ……俺、パジャマのままだ……」


 町中でパジャマ姿の高校生男子が道路に立ち尽くしている。通常なら変人扱いされるであろうシチュエーションに乾いた笑いが漏れた。本当に俺一人しかいないのだと嫌でも実感させられる。


 どうすればいいんだ? 

 俺はこれから、どうすれば?


 いや、というか、そもそも。

 何がどうなって、こんなことに??


 おかしいだろ、これ。とんでもない未曾有の大災害で人類は滅んでしまいました……とかならまぁ分かるよ。でも家とかビルとか道路とか全くの無傷だし。てか、俺だけ生き残ってるってなんなの? わけわかんねぇよちくしょうが。


 ……そうだ、俺が一番納得いかないのはそこなんだ。

 みんな居なくなっているのに、どうして俺だけ残ってるんだ?


 現実逃避をするように深い思考の海に沈もうとした、その時だった。





「…………見つけた」





 後方から声が聴こえた。

 間違いなく、確かに、人間の声が。


 息が止まる。今まで溜まりに溜まった不安が涙となって溢れてしまいそうだった。

 ようやく人と会えた喜びで全身を震わせながら、ゆっくりと、ゆっくりと背後を振り返る。



──そこには、目も眩むような美しい少女が立っていた



 桜の花を思わせる美しい色彩の髪とダイヤモンドのように煌く白銀の瞳。凄まじく整った顔立ちの、まさに絶世の美少女だ。

 一目で分かった。目の前に佇む少女は、人間ではない。彼女を人間と呼ぶにはあまりにも神々しすぎる。


「あなた、生き残りよね? ああ、ごめんなさい……ぬか喜びさせたのなら謝るわ。あたしは人間ではないの」


 やっぱりそうか……。

 不思議と驚きはなかった。そんな非現実的な言葉を聞いてもすんなり受けれてしまうほど彼女は神々しい。まぁ、この非現実的な世界の現状も関係しているのかもしれないが。


「あたしの名前はセツナ。この星で起こった原因不明の現象を調査するためにやってきた、神様の使いよ」


 神様の……使い? 神社で祀られている動物的な? 

 まぁ、よく分からないがとにかく調査に来たらしい。とりあえず俺も自己紹介しなくては失礼というものだろう。

 うーん、自己紹介をしようとしてこんなにも心が躍るのは初めてだ。どうやら俺はよっぽど会話に飢えていたらしい。


「俺の名前は月野葉瑠つきのはる葉瑠はるって呼んでくれ」


 ……やばい、感動だ。俺、会話してる! 昨晩以来の会話だ!


「ハルね、了解。とても良い名前ね」


 そう言ってにっこり微笑むセツナ。すげぇ可愛いなしかし。


「さて、ハル。いきなりで悪いけど、本題に入るわよ」


 真剣な眼差しで、じっとこちらを見つめてくるセツナ。

 ……ああ、俺にだってもう分かっている。この子が今から何の話をするのか……そんなの一つしかない。


「心の準備は、いいわね?」


 優しい声で一応確認を取ってくれるあたり、相当覚悟のいる話ということだろう。逃げ出したい気持ちをぐっと抑えて、俺は大きく頷いた。



「この星の地上の生物は……みんな消えてしまったの。今、この世界には、あなた以外に誰も居ない。人も、犬も、猫も、鳥も。もう、あなたしか残っていないの」



 ……ああ、そうなんだ。やっぱり、そうなんだ。

 正直、この町以外には人がいるんじゃないかとか、この国以外には人がいるんじゃないか、とか。色々と希望を見い出そうとしていたけど……やっぱりかぁ……。

 俺、ひとりぼっちなんだ。こんなに広い大地の上には、もう、俺しかいないんだ。

 視界が狭まる。目の前の美しい少女の顔がどんどん、どんどん黒く染まって──


「気を確かに」


 セツナが俺の右手をぎゅっと握りしめる。うお、俺、気絶しそうになってたのか?


「ゆっくり、座って。そっちのほうが落ち着いて話が出来るでしょ?」

「あ、ああ……」


 力なく道路に座り込む。自分で勝手に想像するのと、他人からあらためて事実を突き付けられるのではまるでダメージが違った。

 現実逃避もままならない。逃げ場がない。


「なぁ……本当に、俺以外誰も居ないのか? 世界中のどこにも?」

「ええ、居ないわ。神様から預かった生体反応を探知するレーダーがあるんだけどね、反応はゼロだった。あなたがいる、この町以外は」

「ゼロ……、その神様のレーダーが故障してるとかって可能性は……」

「ないわね。故障なんて概念がないもの、そのレーダー」


「そう……なんだ……」


 心に亀裂が入っていくのが自分でもわかった。パキパキ、バキバキと耳障りな音が頭の中で響き渡っている。

 だめだ、何か話さないと……なんでもいいから……このままだと、頭がおかしくなりそうだ……。


「あ、あのさ、消えた人達は元に戻らないのか? 何か、方法は……?」

「……調査を進めてみないと、はっきりとは言えないけど。戻らないと思っていた方が楽だと思うわよ」


 その口振りは、もう。

 人類の復活なんてありえないと言っているようなものだった。


「……もう俺は……これから……」


 セツナは俺のか細い呟きを聴き逃さず、真摯な表情で告げてきた。


「生きるのよ、あなたは」


 いや、そんな躊躇いもなく何を言ってんだよこの子。


「生きるって……そう言われてもなぁ……」


 俺は苦笑いしながらぼやいた。

 ひきつった笑顔が、痛い。こんなに顔がひきつったのなんて人生で初めてだと思う。


「……俺、弱いから。こんな寂しい世界で、たった一人で生きていけるほど強い奴じゃない。そんな大層な人間じゃないことくらい、俺が一番分かってんだ」

「そうね。あなたが何の力もない普通の人間だということは、一目見たらすぐに分かったわ。実を言えばあたし、この異常現象を引き起こしたのはあなただと思っていたのよ。実際に見たらすぐに間違いだと気付いたけどね」


 それは、まぁ……疑われてもしょうがない。この状況でたった一人生き残ってて、ぼーっと突っ立ってる奴なんて怪しまれて当然だ。俺がセツナの立場でも間違いなく疑っていた。


「特別な力なんて何一つ持っていないあなたが、この世界でたった一人生き残っている。きっと、これには何かの意味がある。あなたが存在している、理由がある。だからあなたは生きるべきよ、ハル」


 俺は力なくうなだれたまま、くしゃりと自分の髪を掴んだ。

 情けないことに、ずっと我慢していた大粒の涙をボロボロ零しながら。



「……理由とかさ、もう、どうでもいいよ。一人じゃ生きていけねぇもん。俺の生きがいが……全部無くなってんだから。家族も、友達も、将来の夢も……全部、ぜんぶ、消えちまったんだから。こんなのさ、生きてたって仕方ないじゃん。もう、俺、死んだ方がマシじゃん……」



 悔しくて涙が止まらなかった。

 俺は、本当は死にたくなんかないんだ。死にたいわけがないんだ。

 それでも死を選ばざるを得ないこの理不尽な状況と、あまりに無力な自分自身に心底絶望してしまった。


 セツナは俺の弱気な言葉に呆れたりしなかった。非難もしなかった。

 ただ、ひどく透き通った声で、



「あなたはとても幸せだったのね、ハル」



 穏やかに微笑んで、そう寿いだんだ。


「大好きな何かが無くなって、それでも大丈夫な人間の方が信用できないわよ。やっぱりあなたはどうしようもなく普通で、だからこそ、その涙は尊い。もう一度だけ言うわ──あなたはまだ死ぬべきじゃない」


 あっけにとられている俺を余所に、セツナはおもむろに立ち上がって軽く腕のストレッチをすると、突拍子もないことを言い出した。


「さてと、星を見に行きましょう」

「え、ほ、星? 何言って……」


 俺が言葉を言い終える前に手を握られる。そして、次の瞬きをした瞬間──



「……なっ…………?」



 夜になっていた。上空には、これまでの人生で一度だって見たことがないような美しい星空が広がっている。

 周りを見渡してみて、ようやく気付く。これはどうやら、時間が進んだわけではなく時間帯が夜の場所に飛ばされただけのようだった。今俺が立っているのは殺風景な町中などでは無く、緑豊かな自然のど真ん中だったのだ。


「瞬間移動で別の国に飛んだの。あたし、これでも神様の使いだから。制約はあるけど、こういう特殊な力も使えるのよ」


 俺の手を握ったまま、自慢気に笑みを浮かべる。

 俺はそんな彼女を一瞥し、再び上空の星々に視線を戻す。

 綺麗だった。ただ、ひたすらに、綺麗な空だった。



「綺麗でしょ?」



 食い入るように空を見つめる俺に、セツナは星空に溶け込みそうなくらいに透明な声でそう語り掛けてきた。


「この星空を見上げられるのは。この星空を美しいと思えるのは。もう、この世界であなただけなの。あなたしかいないのよ」


 唄うように。

 囁くように。

 セツナもまた、満天の星空を見上げながら。


「……確かに綺麗だよ。だけど俺は……」 

「ねぇハル。あなたの将来の夢って、なんだったの?」


 俺の言葉を遮り、セツナは小さな声でそう言った。

 喋りたくないのならそれでもいい、と言わんばかりの声音で尋ねてきた人ならざる少女に応えるように、自然と唇が動き出す。


「……俺の将来の夢ってのは……姉さんの夢でもあるんだ。もう九年も前のことなんだけどさ。俺の姉さん、交通事故で亡くなったんだよ」


 こんな話、仲の良かった友達にだって話したことはない。出会ってまだ間もない少女に向けてこの話をするなんて、自分でも驚きだった。


「姉さんはよく言ってた。早く大人になって、もっと広い世界を見てみたいって。その時は葉瑠くんも一緒だよって……だけど事故が起きて、それは叶わなくなったから。だから、俺だけでもそれを叶えたかった。姉さんが見たがっていたこの世界を、巡りたかったんだ」


 端的に言って、姉さんは凄く優しい人だった。当時の幼い俺から見てもとんでもなく『出来た』人だったことが分かるほどに。あの人と過ごした記憶を辿ってみた時、笑顔以外の姉さんを思い出すのが難しいくらいだ。


「…………その世界を巡るって俺の夢も、もう終わっちまった」

「どうして終わったと断言できるの?」


 じぃっと覗き込んでくる白銀の瞳にたじろぐことなく、しかと見つめ返した。神様の使いがどういった存在なのかはよく分からないが、怯える必要も遠慮する必要もない。

 今の俺はある意味怖いものナシだ、失うものが何もないからな。言いたいことはズバズバ言ってしまおう。


「……終わっただろ、見ての通り。飛行機も船も使えない。食料の問題だってある。たった一人でどうやって世界を旅できるっていうんだよ」


 この状況で世界を旅するなんてことは、限りなく不可能に近い。そんなの、俺なんかよりよっぽどセツナの方が分かってるんじゃないのか。

 それとも、分かってるうえであえて聞いているのだろうか。だとすれば、傷心真っ只中の俺に対してちょっと意地悪だと思う。


「できるわよ。あたしが居ればね」

「……え?」


 予想だにしない発言に、俺は大きく目を見開いて少女の顔をまじまじと見つめた。

 いや、予想なんて出来るはずがない。

 だって、それは、つまり──




「あたしがそばにいるわ。ハルの夢は、まだ終わっていない」




 ………………こんな時、なんて言えばいいんだろう。

 色々と聞かなきゃいけないこと、たくさんあるんだと思う。

 それでも、そんなの全部吹っ飛んでしまうくらいに。

 ただひたすらに、セツナの言葉が嬉しくて。

 俺はまるで小さな子供のように、嗚咽を漏らして泣き出してしまった。


「もう、ハルったら泣いてばかりね」

「ぐすっ……だってさぁ……今、そんなの言われたらさぁ……もう……泣くに決まってんじゃん……」

「よしよし、泣かないで」

「俺さぁ……ぐすっ……本気でもう死ぬしかないって思ってたんだよ……一人じゃなんにも出来ないしさぁ……」

「……うん」

「…………ありがとう……セツナ……」

「ん、どういたしまして」



 悪夢のようなこの世界でも、まだ、希望はあるのだと。

 まだ、この手を握ってくれる誰かは居るのだと。

 少女は、陽だまりのような笑顔で標してくれたんだ。


 煌々と輝く星空を見上げながら、俺は声をあげて泣いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] まるで、ウィル・スミス主演の映画【アイ・アム・レジェンド】みたいな世界観☆
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