小さな星
ぼくは、夜、ひとりでねむる。
もう一年生になったから、自分のおへやをもらったの。
ぴかぴかのつくえも、買ってもらった。もっと背がのびてもつかえるような大きなベッドも、たくさん本が入るほんだなも。
どれもぼくより大きくて、少しこわい気持ちになったけど、でも、ぼくはもう一年生だから、大丈夫。
さみしい気持ちも、こわい気持ちも、やっつけられるんだ。泣いたりも、しないんだ。
だからもう、ひとりでねむれるの――
ある、月が綺麗な夜のこと。
お空には絵に書いたような細い三日月と、たくさんのお星様が浮かんでいました。
時刻は……10時を少し、回ったところ。
「……」
その男の子は、自分の背丈よりもずいぶん大きなベッドの中で、もそもそと何度も寝返りを打っていました。
もう、かれこれ1時間。ずっと眠れずに、そうして過ごしていたのです。
眠れないせいなのか、それとも何か思うところがあるのか、布団からのぞくその表情は、少し険しいものでした。
「……」
ひょこ、と男の子は布団から頭を出しました。月明かりが差し込む薄暗い部屋に、まん丸の目がきょろきょろと動いています。
まだまだ、眠れる気配はなさそうです。
そうしてまた男の子が頭をひっこめた、その時でした。
コン、コン。
何かをノックする音が聞こえます。
コン、コン、コン。
今度はもう少し、強く音が鳴りました。
男の子がおそるおそる顔を出すと、閉めたはずの窓のところに知らない男の子が腰掛けて、微笑みながらこちらを見つめていました。
ベッドの中の男の子より、もう少しお兄さんのようです。
「泣いてるの?」
そのお兄さんは、なんの挨拶もなく、そう聞きました。
「……だぁれ?ぼく、泣いてなんかないよ」
男の子が布団の中からそっとそう返事をすると、お兄さんはお空を見上げてこう言いました。
「僕ね、みんなの涙を拾う係なんだ。君の涙を、わけてほしくって」
男の子は少しずつ起き上がって、お兄さんを見つめます。
「ぼく……泣いて、ないよ」
「そう?ね、こっちへおいでよ。星を、見よう」
優しく笑うお兄さんに誘われて、男の子は窓へ向かいました。近くで見ると、お兄さんの目も、星空のようにキラキラしています。
「今日、悲しいことが、あったんでしょう」
お兄さんは、そっと男の子の頬を触ってそう言いました。
お兄さんの言うことは、本当でした。
夜ごはんを食べたあと、男の子はお母さんに怒られてしまったのです。
なぜなら、妹を泣かせてしまったから。
妹が男の子の大切にしていた本をやぶいてしまったので、男の子はたいそう怒りました。
そうしたら、まだ小さな妹はたくさん泣いてしまって、びっくりしたお母さんが男の子を叱ったのでした。
「……お母さんに、おこられちゃった」
「そっか」
「でも、ぼく、泣かないよ。もう、一年生だから」
男の子ははっきりとそう言いました。その目に涙は、ありません。
「悲しかったんだね」
「……うん。だって、ぼくの大事な本、やぶかれちゃったんだもの」
「そっか」
「でも、お母さん、しらないの。ぼく、それを言うよりまえに、おこられちゃった」
「ね、悲しい時は、泣いてもいいんだよ」
男の子はお兄さんを見上げました。
お兄さんは変わらず、優しく笑っています。
「泣かないよ。もう、一年生だから」
「一年生だって、大人だって、泣くよ。泣いて、いいんだよ。……本が壊れちゃったの、残念だったね」
「うん」
「お母さんに、わかってほしかったね」
「……うん」
「ちゃんと、君にも理由が、あったんだ」
「…………うん、」
ぽろり、と一粒、男の子の目から涙がこぼれました。
お兄さんはそっと、男の子の頭をなでています。
涙は、一粒が二粒になって、二粒が三粒になって……ぽたり、ぽたり、と頬を流れていきました。
「泣くのを我慢してたんだよね。えらかったね」
お兄さんはそう言って、男の子の頬を包みました。
お兄さんの手は少し冷たくて、しっとりしています。まるで涙も頬の温度も、その手に吸い込まれていくようでした。
「ほら、見て」
お兄さんはそう言って、両手をお椀のようにして差し出しました。
その手の中には、大きな水の玉がふわりと浮いています。お空に浮かぶたくさんの星が映って、きらきら輝いていました。
「すごい!これ、なぁに?」
男の子は思わず泣くのを忘れて、目を丸くしました。
「これはね、君の涙なの。とってもきれいでしょ」
お兄さんがそう言って水の玉を見つめると、その玉はどんどん形を変えていって、あちこちが星のように尖った結晶になりました。
「うん、きれい……これが、ぼくのなみだ、なの?」
「そうだよ。これから僕が、お空に持っていくの。君の、この涙、お星様になるんだよ」
男の子が不思議そうに眺めていると、結晶はすぅ、とお兄さんの胸に吸い込まれていきました。
「涙を、ありがとう。おかげで僕は、係の役割をちゃんとできたよ」
お兄さんは、また男の子の頭を優しくなでました。
「うん……でも、ないしょにしてね。ぼく、もう一年生だから……泣かない、のに」
男の子がうつむくと、お兄さんは少しさみしそうに言いました。
「ね、泣いても、いいんだよ。閉じ込めちゃったら……君のきもちが、涙が、かわいそう」
「だけど、ぼくが泣いたら、お母さんもお父さんも、先生も、こまっちゃうから」
「うぅん……そっかぁ。君は優しいね。じゃあ、こんなふうに、こっそり泣くのはどうかな。涙を拾う係の僕を、助けると思って、さ」
お兄さんはそういって、ひとつウインクをしました。これまでの優しい笑顔とは違う、いたずらっこのような表情でした。
「そのうちお空を、見上げてみてね。君の涙も、いろんな人の涙も、きれいなお星様になって、光っているから」
そう言ってお兄さんは、また優しく微笑むのでした。
「おはよう」
気がつくと、男の子はお母さんのベッドにいました。いつの間にか次の日の朝になっていたようです。
お母さんの左側に、男の子。右側にはまだ、妹がすやすやと寝ていました。
「夕べは、ごめんね。話しに来てくれてありがとう。理由も聞かずに怒っちゃって、お母さん、ごめんね」
そう言って、お母さんは男の子を抱きしめました。
「ぼく、お母さんに、おはなしした?」
男の子がきょとんとして尋ねると、お母さんはおかしそうに笑って、もう一度ぎゅう、と男の子を抱きしめました。
「忘れちゃった?本をやぶかれたの、って教えてくれて、そのお話をしてるうちに、あなた寝ちゃったものね。あとで一緒に、本を直そうね」
「……うん!」
男の子はそれからは、悲しい時にはそっと泣いているようです。
だけどその分、小さな妹が泣いてしまった時も、お友達が泣いてしまった時も、優しく頬をなでてあげるのでした。
妹の涙も、どんな人の涙も、きっとあんなふうに、綺麗な結晶になるんだろうなぁと思いながら――あの不思議なお兄さんを、思い出しながら。