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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

獣人(人間寄り)同士の百合カップルのいちゃいちゃピロートークに呪い仮面が乱入してきたので愛のコンビネーションで撃退したけどやっぱり怖かった

 コボとアキは、一軒家の借家にいた。そろって人間よりの獣人の女性だ。とうに大人同士だがまだ若い。


 猫系のコボは引き締まった細身の小柄で褐色の肌に黒く短い髪をしている。気まぐれだが素手格闘では誰もが一歩を譲る。


 牛系のアキは真反対に、コボよりはずっと背が高い。コボの頭くらいはある両胸を備えていて、全身から漂う豊かさと母性からしても、天性の尼僧だった。


 二人は冒険者ながら、今は街でまとまった休暇を楽しんでいる。値段の折り合いにもよるが、一つの街に長期間いる場合は地元の不動産と交渉する。基本的には家具ごと借りられる物件を選び、必要なら買い足した。


 宿屋よりはずっと安くすむ一方、家の管理は自分達で行わねばならない。要するに狭い意味で自活する。その代わりに、家の中では自由そのものだ。


 薄暗い室内に置かれたセミダブルベッドの上で、互いの体温を意識しながら息遣いだけを耳にするいくばくかの時間が過ぎた。その間にも雨は次第に激しくなり、窓ガラスはひっきりなしにガタガタ揺れた。


 アキがコボを優しく抱き直したとき、屋根に雨粒が当たる音がし始めた。


「嵐だね」

「ああ」

 

 コボが改めてアキと向き合い、互いに目を閉じてキスした。いつの間にか互いの両手を握り合わせていた。


「好きだよ、アキ」


 唇が離れてから、コボは微笑んだ。


「俺も」


 アキは自他共に認める俺っ娘だった。彼女はふかふかした胸や手足でコボの裸体を柔らかく包んだ。


「ねえ」

「ん?」

「呪いの御者って話……聞いたことある?」


 コボの台詞が終わるや否や、部屋の壁がきしんだ。隙間風こそ入ってこないが、室温はひどく下がっている。


「い、いや……俺、怖いの苦手だし」


 俺っ娘牛系獣人のアキは、母性本能が豊かな代わりに臆病だった。


「知ってるよ」


 いたずらっぽく笑いながらコボは答えた。アキもコボも、女性だけの快感を貪り合ったあとはじっくり語り合うのが常だった。もっとも、大半は単なる雑談だが。


「じゃあ、やめろよ」

「だって僕、退屈なんだもん」


 アキが俺っ娘ならコボは僕っ娘だ。僕っ娘猫系獣人は、いつも気紛れで勝手だった。


「あーやだやだ。聞きたくない」

「でも言いたい」

「俺、耳塞いでるから」

「いつの話か分かんないけどね……」


 枕を自分の頭にかぶせたアキを眺めながら、コボは語り始めた。


 彼女の言によれば、その御者は無口でいつもフードを目深にかぶっていた。正体は誰も知らず、料金の説明さえ黙って説明書きを渡すだけ。一頭の黒い馬を繋いだ黒い馬車を操って人なり物なりを運んでいた。


 ある日の晩、駆けだしの若い冒険者の男がその馬車に乗った。激しい雷雨で客は彼一人。さる商人の依頼で古びた鍵を届ける用事だった。


 冒険者から番地を告げられ、御者は街外れの古い屋敷の前へと彼を運んだ。


 馬車を降りた時、客は泥に足を取られて転んだ。リュックにしまった鍵がひとりでに飛びでて、空中を飛んで御者の顔に当たった。


 そこで初めて、御者が仮面をかぶっているのが分かった。鍵は仮面に突き刺さり、両者ともども粉々に砕けた。


 と同時に落雷が轟き、突風が吹いて御者のフードが外れた。御者の素顔は短い角を生やした悪魔だった。そのまま背中から翼を生やして飛び去り、行方は誰も知らない。


 屋敷は空き家で、中庭には御者の素顔にそっくりな悪魔の銅像が飾ってあった。それ以上はまだ未熟な冒険者には荷が重かった。


 依頼人の商人は破産した。


 若い冒険者は名声を得たが、暫くして奇妙な仮面が何者かから届けられたという。


「そ、それで……?」


 鳥肌をたてて窓枠なみにがたがた震えながら、アキは促した。


「なあんだ、結局聞きたいんじゃない」

「続きが気になるじゃないか」

「これで終わりだよ」

「え?」

「だから、終わり。依頼人がどんな真意かだったとか、どうして悪魔が御者をしていたかとか、そういうのは分かんない」

「拍子抜けだなぁ」

「怖いくせに」


 からかいながら、コボはアキの胸元を自分の下顎で突いた。


「ちょっと、痛い」

「んふっ。ぐりぐり~ん」

「痛いって」

「僕は気持ちいいも~ん」


 じゃれ合う内に、いきなり室内が青白く光った。少し間を置いて数百個の太鼓を同時に強く叩いたような音が轟く。


「うわぁっ!」


 アキは身体をすくめてコボを抱き締めた。


「痛いっ!」

「あ……ごめん」


 解放されたコボは、大袈裟に深呼吸した。


「怖がりにも程があるよ」

「ごめんな」


 優しくコボの背中を撫でるアキ。


 そこで今度は玄関が激しく叩かれた。


 雨風とは違い、扉のノッカーからもたらされる音だ。


「誰だろ、こんな夜更けに」


 コボが、アキから身体を離した。


「嫌な気配がする……油断しないで」


 アキが、睦言とは打って変わり真剣な表情になった。


 再びノッカーを叩く音がした。


 二人はすぐにベッドからでた。こういうとき、コボは裸でも戦える。しかし、まともな訪問客の可能性もあるので普段着だけ身につけた。アキは最低限の身支度に少し時間がかかる。


 いきなり扉を破ったりしてこない以上、アキの準備が整うまでは待つのが得策だろう。背後にアキがたつ気配を得てから、コボは音をたてずに寝室のドアを開けた。そのまま一本道の廊下を滑らかに歩き、玄関に至る。


 三度ノッカーが叩かれた。玄関の扉には覗き窓があるものの、目にしただけでかかる呪いもある。そこで、アキが寝室の戸口からコボに祝福をほどこした。


 そこまで慎重に詰めてから、コボは覗き窓を開けた。しのつく雷雨の他は、断続的に稲光りで人けのない道路が浮かび上がるばかり。


 敵の気配もなく、コボは思いきって玄関を開けた。誰の姿もないが、扉の前に一枚の仮面が落ちている……または置かれている……のを目にした。それ自体は簡潔な品で、面長に引き伸ばした青黒い五角形に細い長方形をした目と口用の穴がある。


 コボは、吹きこむ風雨に身体を湿らせつつ扉を手で押さえた。


「アキ、ほうきを持ってきて」

「よし」


 すぐに現物が手渡され、コボは片手でほうきの柄を握り仮面を路上へ掃き払った。道端にポイ捨てするようで良心が痛む。さりとてこんな薄気味悪い品にかかわりたくはない。一応、アキからなんの警告もないということは毒だの呪いだのと無関係なのだろう。


 仮面そのものは大して重い物ではなく、あっさり転がっていった。その直後、風が鳴って軒下に戻ってきた。もう一回試しても同じだ。


「アキ……この仮面、ここに居座りたがってるみたい」

「じゃあ……拾うしかないな」


 アキは荒事に余り向かないし、なにかあったら回復のしようがなくなる。だから、どのみちコボがやる他なかった。


 ほうきを屋内の壁にたてかけ、コボはしゃがんで腕を……利き腕ではない左腕を……伸ばし人差し指の先で少しつついた。途端にひときわ激しい稲光りがまたたき、投石器の弾が何千個も同時に城壁に叩きつけられたような音がした。


 痙攣した空気が服や髪を震わせる中、コボの目の前で人間の大人の三倍はあろうかという赤紫色の煙の塊が現れた。引き換えに仮面は消えた。


 煙が収まると、煙とほぼ同じ大きさをした一匹のワニがいた。背中からは人間の上半身が生えており、それは裸の若い男性で頭には生きている蛇を冠のように巻きつけている。


「気をつけろ! かなり強い悪魔だ!」


 うしろから届いたアキの警告を聞くまでもない。バン達も全員そろったら確実に勝てるだろうが、今はその半分にも満たない。


 アキを逃がすのも考えた。しかし、悪魔が先回りしてアキを襲ったら最悪だ。


 そんな取捨選択に、まばたきするほどの時間もかけてないはずだった。にもかかわらず、悪魔はワニの口が開いていきなりコボに向けて一筋の稲妻をほとばしらせた。狭い戸口でかわしようがない。


 ばちばちばちっと青白い光がコボを包み、焦げ臭い煙が両肩と頭からかすかに昇る。しかし、二、三回咳きこんだだけでコボは大した打撃を受けていなかった。既にしてアキは防護祈祷をかけていた。攻撃に備えた祝福も。


 もう迷う余裕はない。コボは手足をしならせ、ワニから生える男の額に自分の右手を突き入れた。五本の指がまっすぐに伸びていて、薄ければ鉄板でも穴が開く。まして今はアキの祝福が上乗せされている。


 狙いあやまたず、コボの攻撃は額を貫いた。悪魔というには余りにも呆気なさすぎるという考えが湧いた瞬間、恐ろしい苦痛が右手を焼いた。


 音と煙をたてて、コボの右手は溶けつつあった。額の穴からは、汚ならしい青紫色の液体が筋を引いて流れ落ちている。顎からワニの胴体へ、さらに地面へと滴ったとき、音をたてて敷石を溶かした。


 アキからの祝福がなければ、コボの右手はあっという間に溶け落ちていただろう。まだしもましな結果ながら、余計に苦痛が長引くことにも繋がった。


 さすがに一歩引いたコボへ、悪魔はワニの体躯からは想像もつかないほど素早く突進した。そのままコボの頭上にのしかかろうとしたが、なにか見えない壁に遮られて止まってしまう。アキが新たな祈祷をほどこし、コボに邪悪な魔物が指一本触れないようにした。そこで稼いだ貴重な時間を使い、アキはコボの負傷を治した。


 コボから攻撃すれば、再び悪魔も彼女を攻撃できるようになる。しかし、コボは悪魔の特徴を一つ学んだ。それはアキも目にしている。それで充分だった。


 いまだに毒々しい体液を流し続ける悪魔に対し、コボは大きく跳ねて敵の頭上に占位した。空中で身体の向きを変え、両手で悪魔の頭を飾る蛇を掴む。ワニの胴体に着地しながらそれをもぎ取り、まっすぐに伸ばしてから彼女自身がうがった額の穴に頭を突っこんだ。たちまち蛇は溶け始め、悪魔は両腕を虚しく夜空に上げ稲妻のような叫び声を放ちつつ全身がどろどろに溶けて消滅した。もちろん、仮面もどこかに消えた。


「コボ! 大丈夫か!」


 アキが走り寄った。悪魔の弱点を見抜き、声にださないままコボに伝えたのは彼女の手柄だ。僧侶として、元々そういう力を会得している。コボの得た知識や体験もそのまま把握できる。ただ、戦闘時にしか使えないのが玉に瑕だ。


「うん……手強かった。でも……」


 自分の隣で同じように雨に打たれるアキの横顔と、溶けて穴が開いたままの敷石とをコボはかわるがわる見比べた。


「口直しに、また……しよ?」


 コボの要望に、何度目かの稲光りが重なった。


                  終わり

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