2日目 その3
読んでいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願い致します。
写真撮影会も無事に終わり、素晴らしい写真を撮れた事に満足げな男子二人の先導のもと、千本鳥居をくぐり抜ける。
何も、凄まじい数の鳥居だけが伏見稲荷大社のメインではない。
くぐり抜けた先。奥社奉拝所にも、俺たち若者が夢中になれそうな名所があるのだ。
歩く先には、二つの灯篭。
知っているより少し身長が低いそれには、ある特徴がある。
ここからは、お約束となりつつある片山の紹介コーナーだ。
「この灯篭の上にある石。これは、おもかる石と呼ばれているんだ」
「重いのか軽いのか、よく分からない石ですね……」
「そうだよね。不思議な名前の石なんだけど、実はこの石にはある力が宿っているんだよ」
「そ、そうなんですか……?」
回数を増すごとに、だんだん片山の解説が上手くなってきている気がする。
あと5回くらいやれば、テレビのナレーション顔負けの解説ができるんじゃないだろうか。
岩城さんは夢中で聞いているが、俺の隣に立っている浅川は退屈そうだ。
というより、表情が若干強張っている気がする。
「楽しそうじゃないな。浅川はあんまり興味ないのか?」
「いや……私は元々知ってたからさ」
「そっか。願い事を念じたあとに石を持って、想像よりも軽かったら願いが叶う。重かったら成就は難しいって、すごいこと考えるよな」
「……そうだね」
なんだ?なんでこんなに真剣な表情なのだろう。
普段会話している時にこちらへ向けられる柔らかい視線は、今は硬く、そして前方に注がれている。
「あ、もしかして、願い事があるのか?」
「それは……その……」
「嫌だったら言わなくていいぞ」
何か深刻な悩みでもあるのだろうか。
確かに、人には話しにくいことの一つや二つがあるものだ。
俺はなんだろう……。思いつかなかった。
ふと浅川の顔を見ると、考え込む俺の姿がおかしかったのか、口の端が小さく上がっている。
「別に嫌なわけじゃないよ。ただ、叶えるのが難しそうだから身構えちゃった」
「そういうことか。俺は願い事思いつかないなぁ。周りの人間の健康でも祈っとこう」
「なんだ相棒、考えてなかったのか。俺には願う事があるぞ?」
一通り解説が終わったのだろう。片山がこちらへ向かってきていた。
彼は願い事があると言っているが、まぁその内容は……。
「わかってるよ。わかりすぎてるよ」
「ご想像の通りですとも。まぁ見てな、俺の覚悟を見せてやる」
「楽しみにしてるぞ。じゃあまずは……」
俺の番だろう。
ただ、羽振りよくというか何というか、石は二つある。
なので、もう一人一緒に願い事を試す事ができるのだ。
「岩城さん、先に俺たちでやろう」
「そうですね。なんだか二人は真剣そうですし、先にやりましょうか」
岩城さんと並んで灯篭の前に立つ。
「俺はこれだって願い事思いつかなかったんだよね。岩城さんはどう?」
「私は……」
先に挑戦するあたり、てっきり俺と同じかと思っていたが、俺の質問を聞いた途端、顔が曇ってしまった。
だが、その曇りもすぐに晴れ、岩城さんは弱々しい笑みを浮かべて口を開く。
「あるにはあるんですけど、正直諦めちゃってます」
「……そっか。でも、助けてくれる人はいると思うよ」
「……そうですかね。そうだと、いいんですけど」
会話はそれで途絶えてしまった。
気を取り直して、両手をおもかる石に添える。
「頑張れ相棒ー! 岩城さんー!」
「あぁ、ありがとう!」
スポーツの応援かよとツッコミたくなってしまったが、彼にとっては大切な大会くらいの重要イベントなのだ。
……よし、俺も気合い入れるか。
俺がみんなの健康を手に入れてみせる!
「いくぞ! おおぉ…………おぉ?」
後方から拍手。
「持ち上がったね」
「流石相棒だ」
「おぉ……ありがとう……?」
持ち上がったには持ち上がったのだが、重さが想像通り過ぎた。
ピタリ賞が導入されていたら、まさに俺が受賞しているだろうというくらい。
何て反応するべきかすらわからない。
「い、岩城さんはどうだ?」
とりあえず話を逸らしてみる。
岩城さんは、ちょうど今精神統一が終わったという感じだ。
両手で石を持とうとする表情は、先程の片山に匹敵するほど真剣だ。
……これなら持ち上げられるだろう。
「いきます……!」
彼女は両手に力を入れる。
「…………っ!」
しかし、元々の力が弱いのだろう。石は少し持ち上がってはいるものの、低空飛行を続けていた。
段々と、決意に満ち溢れていた彼女の表情が覇気のないものとなっていく。
このまま石を置いてしまうのだろうか、そう思った時、地面を蹴る音が耳に届いた。
「……あっ」
先程まで、意思を持っているかのように空中に静止しようとしていたそれが、ゆっくりと持ち上がる。
石の両側には岩城さんの手が、そして、もう一つの手が、石を支えるようにその下にあった。
「ごめん。多分他の人が手伝っちゃダメなんだろうけど、つい足が動いちゃったんだ」
「片山君……ありがとうございます」
「ううん。ま、一応持てたってことで、願い叶うといいね!」
「……はい!」
見事に持ち上がった石をゆっくりと元に戻し、俺と岩城さんの挑戦は終わった。
……そして、ここからは“本気”の表情をしている二人の戦いだ。
「……よし」
「ふぅ……いける、いける、いける」
二人ともアスリートみたいだな。
片山に至っては自己暗示までかけている始末。
互いに石に手を置き、短い精神統一を済ませる。
数分前の和気藹々とした空気が嘘のような静寂。
先に動いたのは、浅川の方だった。
「……いくよ」
白く透き通った肌、無駄な脂肪のない手の骨が強調される。
どこにそんな力が隠れていたのだろう、浅川はいとも容易く石を持ち上げてしまった。
――が、しかし。
「……きゃっ!」
実際の石が想像よりも遥かに軽かったのか、勢いを殺すことができず、彼女の身体が後ろに傾く。
湧き上がる覚悟が大きすぎたのだ。
だが、彼女が倒れる心配はない。
「大丈夫か?」
「ユ……宮本君、ありがとう」
浅川の真剣な顔を見て、もしかしたら力みすぎるかもしれないと予想した俺は、あらかじめ彼女の後ろで待っていたのだ。
「よかった。足を挫いたりは?」
「ううん、大丈夫」
「そっか。予想より軽かったみたいだし、願い事、叶うんじゃないか?」
そう言うと、浅川は思い出したかのように顔を上げた。
「あ……そ、そうだよね!」
「さては、石を持ち上げることに意識を向けすぎて忘れてたな」
「じ、実はね……。でも……ふふ、持ち上げられて良かった」
彼女が何を考えながら石を持ち上げたかは分からないが、ここまで真剣に考えていたのだ。
きっと、良い結果が待ってい――。
「うおぉぉぉおぉお!! やったぞ!!!」
片山が石を目線ほどの高さまで上げ、雄叫びをあげていた。
「見たか相棒! 岩城さん! 浅川さん! 俺は……やったぞ!!!!」
「お、おめでとうございます……!」
岩城さんはキラキラとした瞳で片山の偉業を称えていたが、俺たち二人はおそらく冷たい目をしていたと思う。
いや、すごいけどね。
……結果、俺以外の3人は、皆一様に満足げな表情をしていた。
俺も真面目に考えたほうがよかったのか……?




