番外編 贈り物
番外編です
12月25日。クリスマス。
一年に一度しか来ない聖夜に、賑わう人々。
夜の寒さを、そして温もりを分かち合う弾んだ声の中に、俺は立っていた。
かれこれ15分はこうしているだろうか。
だが、何も人間観察をするために街中に出てきたわけではない。
これにはちゃんとした――と、到着したみたいだ。
「はっ……はっ……ごめん宮本君、遅れちゃって……」
「いや、俺も用意に手間取っちゃって、今着いたところだよ」
「もう……ありがとね」
白いタートルネットを包み込むように羽織った、暗いラベンダー色のロングコート。
普段ストレートの毛先は綺麗に、そして丁寧に巻かれていた。
「普段も綺麗だけど、髪を巻いてる今日は一段と大人っぽいな」
「よかった。宮本君に見せたかったから、巻きがとれないか心配だったんだ」
安心からか、ほっと口の両端が上がる。
合流した俺たちは、白い息を吐きながら歩き出すことにした。
「そうだ。配信、上手くいってよかったな」
「み、見てたの!? なんの番組か言ってなかったのに……」
「そりゃあもちろん探したよ。浅川がどんな活躍をしたのか、気になるからな」
「もう……」
なぜ浅川が待ち合わせに遅れて来たのか、それには理由がある。
今日、彼女はネット番組の生配信に出演していたのだ。
事前にそのことを聞かされていた俺は、持てる能力を最大限駆使し、浅川の出演する番組を探し当てたというわけだ。
まぁ、名前を入れたら一瞬で見つかったんだけど。
「見るなら見るって先に言ってよ」
「先に教えたらどうしてたんだ?」
「……別に何も変わらないけど、心持ちっていうか、そういうのが変わるっていうか!」
不貞腐れたような視線。反対に、俺の腕に浅川の腕が組まれる。
「わかった。次は言うよ」
「ありがと。……それで、どうだった?」
「番組の感想か?」
浅川が出ていたのは、クイズ番組だった。
といってもガチなやつではなく、割とバラエティ向けのやつだ。
「浅川が先輩と仲良くやれてるのを見て安心したよ。問題にもちゃんと正解してたし」
彼女は事務所の先輩とコンビでクイズに挑戦していた。
その先輩と――どこかで見たことがある気がするのだが――仲良く問題の答えを相談している姿は新鮮で。
モデルなんかはよく、「表面上は仲良く見えるが、実は裏では不仲」という噂が流れるが、彼女達については、そんな心配は不要そうだった。
「そっか……よかった」
「俺としては、珍回答の一つでも出してくれた方が、後でいじれてよかったんだけどな」
「……難しい問題が出なくて良かったって、今心底思ってる」
そんな会話をしつつ、俺たちは目的地へ向かう。
俺たちが向かっているのは、映画館だ。
クリスマスといえば、お洒落なレストランやパーティーなんかが思い浮かぶ。
だが、浅川はモデルとして活動している手前、あまり異性と出歩いているところを見られたくないのではないか。
彼女は否定するだろうが、世間の人々は浅川に同調しないだろう。
なので、今年のクリスマスは、ゆっくりと映画を楽しむことにしたのだ。
駅から映画館までの並木道。
寒そうな葉に寄り添うように、電飾が付けられている。
夢のような夜の光を見つめる俺の隣には浅川がいて、同じく夢のような気持ちだった。
「……まさか、一緒にクリスマスを過ごす日が来るなんてな」
「…………」
一瞬強ばる浅川の顔。自分が言ってしまったことに気付く。
つい、口にしてしまった。
クリスマスの空気にあてられたのか、心の奥底から、過去の自分が覗いていた。
しかし、これは完全に失敗だ。
今の俺たちは、ただのクラスメイトなのだから。
だが、謝罪しようと隣を見た俺の目に飛び込んだのは――。
「……私も。私は、ずっとこうしたかった」
赤く染まった頬、潤んだ瞳。
流れ星のように落ちる電飾の光が、胸を締め付けた。
「……俺もだよ」
二人は無言のまま歩いている。
気まずさからの沈黙ではなく、むしろ、お互いの気持ちが理解できているかのような安心感が、そこにあった。
だが、そんな心地の良い時間にも、終わりは来る。
「着いたな。チケット発券してくるから、少し待っててくれ」
「わかった。予約もしてくれたし、ありがとね」
さすがというか当然というか、映画館は大いに賑わっていた。
波に飲まれてしまわないよう、小走りで発券機に向かう。
事前に予約をしておいたおかげで、スムーズにチケットを手にすることができた。
上映まであと10分ほどだし、もうスクリーンが開場されている頃だろう。
「ただいま。もう入れるみたいだし、行こうか」
嬉しそうに出迎えてくれる浅川に、右手を差し出す。
「……うん……行こう!」
冷えた指の感触を感じながら、俺たちは歩き出した。
俺が浅川を「ユミ」と呼ぶことは、浅川が俺を「ユウ」と呼ぶことはない。少なくとも今は。
しかし今日は。今日くらいは、お互いの心の中にしまって鍵をかけていた物を、出してみても良いのかもしれない。
四方からの光を浴びて光るそれは、まるで贈り物のようだった。
本編の更新も年内に行います。
もう一人はもう少しです。