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番外編 プラネタリウム

番外編です

本編と関係ないです


 12月25日。クリスマス。

 一年に一度しか訪れない聖夜に、賑わう人々。

 夜の寒さを、そして温もりを分かち合う弾んだ声の中に、俺は足を踏み入れようとしていた。

 

「おー、寒いな……」


 改札を出た瞬間、待ってましたとばかりに肌を刺すような寒さ。

 驚いて、思わず両手を擦り合わせる。


「さてと、黒咲はどこにいるかな」


 何も、こんなめでたい日に一人で散歩をするわけではない。

 それはそれで楽しそうだが、今年のクリスマスは、可愛い後輩とプラネタリウムに行くことになっているのだ。

 彼女は一本先の電車で到着したようだし、近くで待っているはず。

 メッセージアプリで聞くよりも、直接探した方が早いだろう。

 あたりを見回してみると、改札を出た先の広場。  

 電飾を纏ったオブジェの前に、その姿はあった。

 黒いニットの上に羽織った、もこもことした質感のジャケット。

 デニムのスキニーパンツを履くことで、黒で纏まっている上半身の印象を明るくしている。

 黒咲は両手をポケットに入れながら、ぼんやりと空を見つめていた。


「ごめん黒咲、待ったか?」


 駆け寄ると、こちらに気付いた黒咲が、嬉しそうに顔を綻ばせながら振り向く。


「いえ、私もさっき着いたところです!」

「ならよかった。今日は一段と寒いな」

「最近一気に冷えて来ましたからね。風邪ひかないように気を付けないとですね」


 普段通り他愛のない話が始まり、二人は歩き始めた。


「それにしても、お互い最寄りで待ち合わせればよかったんじゃないか? その方が遅れないし」


 二人の最寄駅が同じだということを考えれば、普段の登校通り、そちらで落ち合った方が効率が良いと思える。

 そんな質問に対し黒咲は、やれやれといった風に両手を振りながら口を開いた。


「もう、先輩は分かってないですねぇ……。そ、外で待ち合わせした方が、デートっぽいじゃないですか……」


 なるほど。同じことの繰り返しでは、マンネリ化してしまうと聞いたこともあるしな。

 俺たちは付き合っているわけではないが、それでも大切なことのように思える。


「……確かに。なんていうか、配慮が足りなかったな」

「いいですよ! 寒いから、先輩のポケット貸してくれたら許します!」


 どういうことだと考えていると、コートの中でくつろいでいる手に、冷たくも柔らかい感触。


「……そういうことか。手、随分冷たいな」

「だから先輩の手で温めてください。こういうの、ドラマで見て結構憧れてたんですよね」

「冬の定番ってやつだな」


 確かに俺も、こういう青春イベントに憧れないわけではない。むしろ憧れる。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、先程より少し暖かくなった指が、俺の指と絡み合う。


「ちょっとドキドキするな」

「私もです。自分からやっておいて、恥ずかしくなってきました……」

「最後まで突き通してくれ」

「うう……頑張ります」


 そのまま浮かれたカップル達の間を抜け、俺たちはプラネタリウムに到着した。

 予約のQRコードを見せ、スクリーンに入場する。


「おぉ……すごいな」

「この時点で綺麗ですよね……なんだか不思議な感じです」


 床も天井も暗く、星空をイメージしているかのような柄になっている。

 巨大な空間。

 座席が前から後ろまでびっしりと詰まっているが、ちょうど真ん中の区画だけ、大きな丸いソファが十分な間隔を空けて並んでいた。


「俺たちの席はこれだな。ゆっくり星が眺められそうだ」

「二人で寝転んで見れるんですね! 楽しみだなぁ」


 子供のように目をキラキラと輝かせている黒咲の姿に笑みが溢れる。

 早速靴を脱いでソファに登ってみると、適度な柔らかさが俺の身体を支えてくれた。


「ふかふかだぞ。黒咲も早く上がってきな」

「は、はい! い、今いきます!」


 関節に脂をさしていないロボットのような動きで、黒咲が隣に座る。

 こんな話をしている間にも続々と席が埋まっていき、横からギィギィと音が聞こえてきそうな状態のまま、天からの声を待っていた。


『本日は、お越しいただき、誠にありがとうございます。クリスマス特別プログラム、流れ星と……』


 10分ほど待ち、ついにプラネタリウムが始まったようだ。

 落ち着いた男性の声が、この時期に観れる数々の星座を紹介してくれる。


「綺麗……」


 小さく、黒咲が感嘆している声が耳に入った。

 心の中で彼女に同意しながら、冬の空を堪能する。

 ……ふと、黒咲が何やらもぞもぞとしているのに気が付いた。

 一体どうしたのだろうと疑問に思っていると、身体の右側には柔らかさ、それと同時に、男子にはない甘い匂いが届く。

 さっき俺が感じた振動は、身体をくっつけるために黒咲が動いたものだった。


「…………」


 隣を見た。

 表情がわからないくらいの暗さの中でも、その顔が真っ赤になっているのがわかった。

 暖かさを感じながら再び天井に目を戻すと、解説が止んだ。

 これだけの人がいるのに、物音のひとつすら聞こえやしない。

 その静寂があまりにも自然で、まるで、俺たち二人だけが草原に寝転び、星を見ているかのように感じた。

 

「…………」


 隣を見た。

 俺の視線に気が付いたのか、黒咲もこちらを見ていた。

 彼女の温もりが、俺の心に触れたように感じる。


「…………」


 言葉はなかった。

 だが、右半身に伝わる鼓動が、微かに漏れる吐息が。

 俺たちの思っていることは同じだと、そう伝えているような気がした。

 


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