メール
時は少し遡る。
浴室で長旅の疲れを癒した俺は、真っ白なベッドに五体を投げ出し、天井を眺めていた。
……おっと、やらねばならない事を思い出したぞ。
『ということで、これが今日の思い出だ。お納めください』
片山がシャワーを浴びている間に、俺はメッセージアプリを開き、「例のブツ」を送信することにした。
例のブツと言っても危険な代物ではなく、黒咲に頼まれていた俺の写真だ。
確かに了承はしたが、自らの写真を送りつけるのは恥ずかしい。
「……まぁ、盛れてるしいいか」
というか、スマホってすごいよな。こんな簡単に写真を送ることができるなんて。
そんな事を考えつつ、ぼーっと画面眺めていると、早くもメッセージに既読マークがついた。
……既読マークなんて必要なのか?
確かに、相手がメッセージを見たという事実は重要だ。
相手の安否であったり、人間性が知れるからな。
だが、メッセージを早く返すべきであったとしても、ゆっくりと内容を考えたい時もあるのだ。
しかし、既読マークがつくことによって、少し急かされているような気分に……って早くないか!?
俺がメッセージを送ってから1分も経ってないぞ?
どんな反応速度だよ……。
『先輩こんばんは! めちゃくちゃ良いです! 絶対浅川先輩が撮ってるって分かるところがマイナスポイントです!』
そうこう考えているうちに、返事まで返ってきた。
ご丁寧に添削付きだ。
俺が送ったのは、先程古着屋で購入した服を試着したときの写真である。
試着している時に写真を撮るのはどうかと思うという意見も分かるが、ちゃんと買ったから許して欲しい。
それより、この服装は自分でも結構気に入っていたし、褒められたのは素直に嬉しい。
『ありがとう。そしてご名答、撮ったのは浅川だ』
『やっぱりそうですよね! いいな、私も先輩の服選びたいなぁ』
『なんで浅川が選んだってわかったんだ?』
『それはもちろん、先輩が選ばなさそうな服だからです』
……写真だけでなく、服を選んでもらったこともバレていた。
さすが、女子の勘は鋭いな。
『なら今度、黒咲にも俺の服を選んでほしいな』
『え、いいんですか!? 嬉しいです! 普段先輩と一緒にいるだけあって、先輩のことは熟知してます。お気に召すような服を選んでみせますよ!』
両手を上げたネコのスタンプも一緒に送られてきた。
相当気合が入っているみたいだし、楽しみにしておこう。
でも、俺ばかり選んでもらってばかりというのはな。
『楽しみにしてるよ。俺も黒咲の服、選んでみたいな』
『ぜひお願いします! 先輩色に染めてください!』
『そんな言い回しどこで覚えてきたんだ……。お父さん許しませんよ』
『今季のアニメです! とにかく、めっちゃ期待してます!』
よかったよかった。
黒咲にはどんな服が似合うかな……おっと、また送られてきたぞ?
『……えっちなのはやめてくださいね』
……まぁちょっと想像しなかったわけではない。
だが俺は紳士だ。うまく取り繕わなければ。
『もちろんだ! そんなこと考えるわけないだろう!』
『返信の遅さでバレバレですよ!』
最近の若者はすごいな。
まさかこんなところに心理戦が潜んでいるとは思わなかった。
みんなも返信速度には注意しよう。お兄さんとの約束だぞ。
『まだお兄さんって歳でもないよな』
『なんの話ですか?』
『ごめん、間違えた。とにかく、最高の黒咲を作り上げるよ』
『毎月一着ずつ服が届きそうですね』
……女子高生とは思えない鋭い返答だな。
『そういえば、明日はどこ行くんですか?』
『伏見稲荷大社だな。ほら、たくさん鳥居がある』
『あー! よくテレビで見るやつですね!』
やっぱり有名なスポットなんだな。
あんまり混雑していないといいんだけど。
『そうそう。それで、着物着て回るつもり』
『先輩の着物姿! いくらでも写真送ってくださいね? 待ち受けに設定するんで、スマホの中央くらいに先輩の顔がくるやつが欲しいです!』
『しっかり時刻の位置を計算するな』
あんまり上だと顔に被っちゃうんだよな。
じゃなくて、それはさすがに恥ずかしい。
『まぁ、適当に送るよ。そろそろ片山が戻ってくるから終わるぞ』
『わかりました! 片山先輩も、上手くいくといいですね! おやすみなさい!』
『おやすみ。気が向いたら写真撮っとくな』
よく分からない生き物が仰向けに倒れているスタンプと共に、会話が終わる。
浴室から聞こえていたシャワーの音が止まったし、片山もそろそろ出てくるはずだ。
このあとはおそらく、今日一日の反省会、そして明日の作戦会議になるだろう。
そうだ、片山がどんな古着を買ったかも聞かないとな。
窓の外、風情ある街並みを見ながら、小さく息を吸う。
「……なかなか長い夜になりそうだ」
なんて、一人でカッコつけてみるのも、修学旅行の醍醐味かもしれない。
そんな事ないな。