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後輩との決別


 放課後を告げるチャイムが鳴った。


 周りの学生達は皆、今日も面倒な授業から解放された事を喜び合っているが、私は笑みを溢す理由はその限りではない。今日も思い人の顔を見る事ができるという一点が、心拍数を高まらせる。


 早く、先輩の顔が見たい。

 早く、先輩とお話ししたい。


「茜ちゃん、今日一緒にカラオケ行かない?」

「ごめん! ちょっと用事があって……」

「また例の先輩? 好きだねぇ〜」


 友達に揶揄われるのは恥ずかしいが、そんな事を気にしていられない。なんたって一月ぶりに会えるのだから。ホームルームが終わると、私は急いで教室を出て、先輩を迎えに行く。


 歩いているはずが、気付くと小走りになっていた。二段飛ばして階段を登り、目的の教室目掛けて突き進む。



「優太せんぱ〜い! 迎えに来ましたよ!」



 しかし、いつもは笑顔で待っていてくれる先輩の席は、もぬけの殻だった。大体の生徒は未だ教室に残っており、彼だけの姿が見えない。


「すみません、優太先輩は今日お休みですか?」

「い、いや……休んではいなかったよ。もう帰ってるんじゃないかな……」


 毎日のように先輩に会いに行っている私は、既にクラスの人間にも認知されているため、すぐに彼の行き先を教えてくれる。でも、普段なら待っていてくれるのに、何故私を置いていったんだろう?


 もしかしたら、体調が悪いのかもしれない。そうだとしたら大変だ、私が看病してあげないと。行き先を教えてくれた人にお礼を言うと、私は教室を飛び出した。



 校舎を出たところで、念願の先輩らしき後ろ姿を発見した。髪型や姿勢が少し違うが、私にはあれが先輩だと分かる。えっへん、これが愛の力というやつだ。


 迷いなく校門へ歩く姿は元気そうだった。全く、心配をかけるんだから。夏休みの間に送ったメッセージには一通の返事もなかったし、今日はたっぷり、満足するまで構ってもらおう。


 そろそろ後ろから眺めているのも限界な私は、たまらず先輩の背後から勢いよく抱きついた。


「せんぱ〜〜〜〜〜い!!!」

「…………黒咲か。痛いよ」


 首を半分程こちらへ向けて、可愛い後輩の姿を確認する先輩。どことなく普段より無愛想に見えるが、それもまた格好良くて、胸がきゅんと締め付けられる。


「ごめんなさいです! そんなことより、どうしたんですか!? 夏休みデビューですか! 彼女欲しくなっちゃったんですか!」


 久しぶりに見たから、というわけではないだろう。一月ぶりに会った先輩は、更に格好良くなっていた。


 姿勢をしゃんと正し、髪の毛をセットしているのも相まって、端正な顔立ちが際立って見える。前の優しそうな先輩も好きだったが、今の先輩も、容易に私の目を釘付けにするだけの魅力を秘めていた。


 こうして久しぶりに言葉を交わせたのがあまりに嬉しくて、彼の返事を待たずに言葉を続けてしまう。


「先輩が夏休みデビューしたところで、彼女なんてできませんよ! ぷふっ! そんなに彼女がほしいんですか? しょうがないなぁ〜、先輩がお願いするなら私がなってあげ――」

「悪いけど黙ってくれ、頭に響く」

「…………え?」


――――――――――――――――――


「…………え?」


 マシンガンのように繰り出される言葉は、俺の一声によって粉々に砕かれてしまったようだ。後に残ったのは静寂と、戸惑う黒咲の顔だけ。


「夏休みデビューだったら何なんだ? 彼女がほしかったらなんなんだ? 何故俺に彼女ができないと思うんだ? 他人の努力を簡単に笑うなよ」

「……待ってください、先輩……。わ、私……」


 状況を理解してきたのか、彼女の額からは汗が垂れ、行き場を無くした手が空中で固まっている。


「何だ? いつも散々人のことを馬鹿にしてくるくせに、言い返されたら何も言えなくなるのか? そんなに打たれ弱いんじゃ、人を罵倒するより前に自分のメンタルを鍛えたほうがいいと思うぞ」


 黒咲の瞳が揺れて、頬が不安に引き攣る。


 少々釣り上がった目はキツい印象を与えがちだが、彼女の顔それ自体が整っているため、寧ろ完成された雰囲気を演出していた。


 男子の平均ほどの身長と、平均を遥かに超えた大きい胸。浅川とは違った意味でスタイル抜群の彼女は、男子の友達は少ないものの、基本的に誰にでも分け隔てなく接する事もあり、一年生の憧れの的だ。


 

 下校中の電車で好きなバンドのMVを見ていた俺に、同じバンドが好きだという理由で声をかけてきたのが黒咲茜だった。


 それからコイツは俺に懐いてくるようになり、よく二人でゲーセンに行ったり映画を観るようになった。しかし、俺が過去に彼女に浮気されて捨てられたという話をした時を境に、黒咲は俺の事を馬鹿にするようになる。


 俺は黒咲を信じつつあった。彼女は俺の事を見捨てないのではないかと。決して自分を否定しないのではないかと。


 だが、現実は違った。俺はまたしても裏切られたのだ。それでも俺は笑い続けた。自分の努力が足りないからだと、もっと優しくあれば、きっと誰かが俺を理解してくれると思ったからだ。だから彼女の暴言も受け入れていたが、それも今日までだ。



 そんな甘い希望はもう捨てた。意味のない優しさなど無意味だ。今の黒咲の反応を見るに、魅力が足りないから馬鹿にされてきたわけではないのだろう。彼女ももう、俺の人生には必要ない。



「俺はもうお前の先輩じゃない。気持ちよく罵倒できたら誰でもいいんだろ? 悪いけど、これからは別のやつを探してくれ」

「そんな、馬鹿にしてるつもりなんて……えぐっ、ごめんなざい……先輩……」

「泣けば許してもらえるのか? なら泣かなかった俺が悪いのか? そんなの馬鹿げてる。俺はもうついていけない」


 ふらつきながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる黒咲から距離をとる。泣きじゃくる黒咲を見ても、俺の心は一ミリも揺れる事はなかった。


「せ、先輩……行かないで……」


 その言葉と姿に背を向け、俺は家路についた。



 これで、俺を取り巻く主要な人間関係は全てリセットする事ができた。彼女達と絶縁して、俺は新しいスタートを切ったのだ。自分を心から愛せるのは自分だけだ。自分を理解し守れるのもまた、自分だけである。他人のせいで失った自尊心を、これからは取り戻していこう。


 なんていい気分なんだ、他人の言葉に左右されないというのは。


 気が付くと、外は暗くなっていた。

 部屋の窓から空を眺めると、普段はあまり見えないはずの星々が綺麗に瞬いている。その中でも一際煌めく一等星が、俺を見ていてくれるような気がした。

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