表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/67

風邪 その2



「もう、何なんですか! せっかくもうちょっとだったのに! ちょっと文句言ってきます!」


 怒っているにしては可愛らしい口調で黒咲は階下に降りていく。

 二人とも完全にあの雰囲気に呑まれていたしな、むしろ思わぬ来客に救われたかもしれない。

 しかし、他にこの家に用がある人間なんて想像つかないんだが、一体誰なんだろう。

 もしかすると、今度こそ本当に宗教か何かの勧誘かもな。だとしたら、黒咲を守るのは俺の仕事だ。いつでも動けるように準備しておかなければ。


「……で…………ですか!」


 静かに様子を伺っていると、訪ねてきた人間と相対しているであろう黒咲の声が微かに聞こえる。

 二階にある俺の部屋まで聞こえるって、なかなか大きい声で喋ってるな!?

 よくよく聞いてみると声のトーンは少し荒々しく、言い合っている……?


 そう疑問に思っているのも束の間、下の階からドンドンとこちらへ近づいて来る足音が聞こえてきた。

 そのすぐ後ろには、もう一つの移動音。誰かが歩くのを誰かが追いかけているという感じの騒がしさ。


 音の様子から推察している間にも、それは俺の部屋に真っ直ぐ近づいてきて――


「宮本君、大丈夫!?」

「ちょっと、なに勝手に入ってるんですか!」


 ……浅川がいた。



「……で、宮本君はそのメイドさんとやらと水族館デートをしたんだね」

「いやほら、大切なのは片山の相談であって今は――」

「水族館、楽しかった?」

「そりゃあ楽しかったけど、別に今それは関係ないんじゃないか?」


 この返答に何の効果もない事を、自分で言っていてもよく分かる。

 あれ、なんか非常に既視感があるぞ。ループ物の主人公ってこんな感じなのかもしれないな。

 再び現状の説明をしておこう。

 突然家を訪ねてきた浅川の勢いに押されるまま、俺は看病されているというわけだ。

 黒咲は以前のように白目を剥いて死にかけているし、俺は俺で暇を持て余しているので雑談がてら浅川にも岩城さんについての意見をもらおうと思ったのだが。


 その結果、もはやそんなに気にしてもいないが、俺の身体には本日二本目の剣が刺さっていた。

 ただ、もともと凛々しい顔立ちの浅川に睨まれると、流石に萎縮してしまうな。


「先輩は……渡しま……せ……」


 あっちはあっちでまだまだ回復しなさそうだし、同じように浅川にも疑問をぶつけてみるとしよう。


「浅川、今授業中なんだけど」

「朝のホームルームで宮本君が風邪だって聞いたから、看病してあげようと思って。風の噂で家に一人だって知ってたからさ。それがまさか、この子がいるなんて」


 その心遣いはありがたいが、風の噂ってなんだよ。風邪とかけてんのか?

 やかましいわ。


「あ、ありがたいことに黒咲も俺を心配して来てくれたんだよ。浅川は今からでも授業を受けたほうがいいんじゃないか?」

「心配してくれてありがとう。でも、世界で一番大切な人が苦しんでるのに集中なんてできないよ」


 うわ、強さの中に優しさを感じさせる微笑みのおかげで臭いセリフが中和されてる。

 ちょっと本当に、場合が場合ならコロッと落ちてしまいそうな威力だな。


「それはなんていうか、ありがとな? 理由は分かったから、片山の話について聞いてもいいか?」

「……んっ。そうやって話を逸らされるのも意外と良いかも。片山君の話だったら、私に良い考えがあるよ」


 ……良い考えとはなんだろう。

 何故嬉しそうに身を捩ったのかには触れないでおくとして、彼女の策を聞いてみるか。


「その良い考えっていうのはなんだ?」

「それは次のロングホームルームでのお楽しみだよ。片山君には興味ないけど、そういう恋愛って面白そうだし、私も手伝うよ」

「あれ、浅川って意外と恋バナとか好きなタイプなのか?」

「好きだよ。特に幼馴染とかの話が好きかな。やっぱり幼馴染が一番の理解者だと思うし、友達から恋人に向かっていく様子が堪らないよね。私もそういう恋してみたいな」

「…………俺はあんまり恋バナしないからわからないなぁー」


 どこがとは言わないが、会話の中から恐ろしい圧を感じるので話を強引に終わらせる。

 理由はともかく、浅川は顔も広いし岩城さんの情報を仕入れてくれるかもしれない。そう考えると、協力の申し出はとてもありがたい物だ。


「それじゃあ、色々やることができたから私はこの子とお粥を作ったら帰るね」

「え!? 私はまだ先輩と一緒にいたいんですけど!?」


 浅川が黒崎の腕を掴むと、そこからヤバい液体でも注入されたのか彼女は元気を取り戻した。


「あんまり付きっきりだと宮本君も疲れちゃうと思うし、私もこれから毎日の楽しみを邪魔したくないんだけど、それでもここにいたい?」


 いやもうバリバリ脅しである。

 自分を巻き込む提案になんとか抵抗する黒咲だったのだが、ここまで言われては流石にキツいものがあるだろう、俺に助けを求める眼差しが向けられる。


「二人のお陰でだいぶ元気になってきたし風邪うつしても嫌だから、俺は一人で大丈夫だよ」

「うぅ……。辛かったらいつでも連絡してくださいね? 飛んで行きますから!」

「うん、ありがとう黒咲。浅川もありがとう」

「気にしないで。ほら、茜ちゃんだったよね、行くよ」

「やっぱ嫌です! 助けてください! せーんぱーい!」

「……頑張れよ」


 魔王に引きずられる形で黒咲は退場していった。

 二人のお陰で元気も出てきたことだし、早いとこ治すとするか。

 ちなみに、お粥はめちゃくちゃ美味しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ