青空と水族館
「ご主人様、お待たせしました〜!」
「……今日はプライベートでは?」
ピンクのブラウスに、黒いスカートから伸びるサスペンダー。
黒い厚底のブーツを履いており、俺とほぼ同じ目線になっている。
「でも、優太君こうやって呼ばれるの好きでしょ?」
小首を傾げると、青空をまぶしたように真っ青な髪が顔にかかる。
眠そうなタレ目が落ちてしまわないように、ぷっくらと膨れた涙袋が支えているようだ。
そんな目が、俺を見つめている。
「確かに好きだけど」
「だから、優太君は今日一日私の専属ご主人様!」
「ご主人様は基本一人だけどね?」
まぁいい、細かいことは気にしないでおこう。
なぜユイちゃんと待ち合わせているかというと、彼女とはちょくちょくメッセージを送り合っており、話の流れで水族館に行く事になったのだ。
つまり、今日は水族館デート。
それにしても、普段お店でしか会うことのない彼女と外で出会うのは、変な感じがする。
「さ、優太君行こ!」
「そうだね、予約した時間も近いし」
そう言ってびっくりするほど自然な流れで腕を組むものだから、俺も普通に返事をしてしまった。
彼女の小悪魔たる所以を早速垣間見て、今後の攻撃に備えようと意識を改める。
「今日の私どう? 可愛い?」
「うん、すごく可愛いよ」
「よかった! 穴が開くくらい見つめてね?」
少し体勢を屈め、ちょうど上目遣いになる角度。
完璧に計算されたかのような仕草を前に、可愛くないと言える男は果たしているのだろうか。いや、そもそも可愛いんだけど。
褒められて顔を綻ばせる姿には小悪魔さはなく、年相応の喜びが見て取れ、そちらもまた魅力に溢れている。
……水族館に着くにはまだ時間がかかるな。
ここで、この間学校から持ち帰った宿題にチャレンジすることにした。
「あのさ、俺の友達からの相談なんだけど」
「なに? 私に答えられる事なら任せて! どれだけ課金しても推しが引けないとかなら、山ほど聞いてきたから!」
「……それはなんていうか、ご愁傷様」
沼にハマった話はともかく、片山に聞いた出来事を事細かに伝える。それと同時に彼や岩城さんの情報も加え、回答の可能性を増やす。
「よく考えたら私の周りに優太くん以外の男の人っていないんだけど、それでもいい?」
「あー……。大丈夫! 教えてほしい!」
そういえばそうだった。ユイちゃんの自信満々な様子で忘れていたが、彼女は女子校出身なのだ。
でも、だからこそ見える景色というのもあるかもしれないし、俺は彼女に回答を促す。
「たぶん、片山君?が、怖いんじゃないかな?」
「怖い?」
「うん。話を聞く限り、その女の子は全然異性との関わりがないと思うの。だから、いきなりキラキラした人と関わるのは怖いかなーって」
「……一理あるな」
確かに、経験の少ない状態で関わるには片山は眩しすぎる。
陽キャのお手本のような存在だからな、冒険を始めたばかりの勇者が対等に戦える相手じゃない。
「じゃあ、片山はこれからどうすればいいと思う?」
「えっとね、ちょっとずつ関わるようにして、警戒心を解くっていうか。怖い人じゃないんだなって分かってもらうといいんじゃないかな」
慣れる事は重要だ。
いきなりアプローチを仕掛けるよりも、小さな出来事をコツコツ積み上げていって、彼なら怖くないと理解してもらうというのがユイちゃんの主張だ。
「確かにそれがいい。ありがとうユイちゃん」
「意外と役に立つでしょ?」
「うん、相談して良かった」
「なら、ご褒美が欲しいな〜」
組まれていた腕を解き、彼女の手が俺の手の隙間を埋めるように入ってくる。
恋人繋ぎをするというのが、彼女の求めるご褒美なのだろう。
めちゃくちゃ恥ずかしいが、助けられたのは事実だ。
俺は絡め取られそうな指に少し力を込め、二つの繋がりを強固なものにした。
「……ちょっとドキドキする」
先程までと違って目を合わそうとせず、前を向き続ける姿がとても微笑ましい。
小悪魔も直球には弱いのだ。
「……あ! 水族館だよ!」
ユイちゃんが勢いよく指を刺した先には、俺たちの目的地である水族館があった。
斜面に設置された白くて大きな建物は、一見すると洞窟のような暗い入り口である。
しかし、それが返ってこれから海の中に行くような気持ちになり、気分を上げる役目を担う。
「タイミング良く着いたね」
「うん! 楽しみだなぁ、あそこでチケットの発券ができるみたいだよ!」
促されるままにチケット発見に行き、予約情報が記されているQRコードをかざす。
続いて料金を入れると、二人分のチケットが手元に滑り出てきた。
「え! 可愛い!」
紙の表には、水族館で見れるであろう生き物の写真がプリントされている。
一枚はクラゲで、もう一枚はカクレクマノミだ。
「ユイちゃんはどっちがいい?」
「選んでいいの? 私は〜、可愛いからこっち!」
彼女が選んだのはカクレクマノミだった。
俺はクラゲの方が可愛いと思っていたから嬉しいが、どうやら女子の感性は俺とは違うらしい。
二人で入場口へと歩いて行き、受付のお姉さんにチケットを渡す。
すると、にこやかな笑みと共にとても耳当たりの良い挨拶で送り出してくれる。
聞いていると元気が出てくる声だ。毎朝こんな風に――
「私が耳元で言ってあげようか?」
「……なんでみんな俺の心を読めるんだよ」
「好きだから」
「不意打ちすぎるね!?」
完全にユイちゃんのペースで、心臓がそろそろ持たないと信号が送られてくる。
そんなに俺の考えている事は分かりやすいのだろうか。
浅川のようなポーカーフェイスになれるように練習しようか、本気で検討すべきだろう。