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恋愛相談



 真冬の視線から命からがら教室に逃げ帰ってきた俺は、数少ない友人の姿を視界に収めた。教卓の近く、いつもの仲間達とは一緒におらず、窓の外を飛び回る小鳥を眺めながら、物憂げな表情を浮かべている。


 普段共に会話しているグループのメンバーたちは少し離れた場所で雑談に耽っているが、時々心配したような視線を片山へ向けていた。


「片山、おはよう」

「……お、宮本か、おはよう」


 今日の片山は心なしか元気がないように見える。声の主が俺だとすぐに気付かなかった事に加え、いつもなら立体的にセットしているはずの髪も今はストレートに下されていて、彼の落ち込んだ心を表しているのではないかと勝手に推測してしまう。


「どうした? 何かあったなら話聞くぞ?」


 その言葉を聞いて、彼がゆっくりとこちらへ顔を向ける。やはり普段のように明るい様子は鳴りを潜めていて、何か思い悩んでいるのが容易に理解できた。


 しばし迷ったように瞳を揺らしていた片山だったが、やがて心を決めたように拳を握ると、勢いよく顔を上げ、互いの視線が交差する。


「あのな……俺、好きな子ができたんだ。正確に言うと、少し前のことなんだけど」

「……そうだったのか。でも、片山ならそんな思い悩まなくても、素直に想いを伝えればいいんじゃないのか?」

「いや、それがダメなんだよ。伝えようとしても、それができないんだ」


 彼の優れた見た目は元より、気遣いができて話も面白く、おおよそ欠点が見つからない男だ。そんな片山に告白されて断る女子など、そうそういないように思える。


 彼の性質上、好きな相手に対して奥手になってしまうというのも違うだろう。向上心の塊みたいな彼なら、たとえ逆境でも心を奮い立たせて戦える。多分。


 であれば、相手になんらかの事情があって告白する事ができないのかもしれない。


「まさか、相手に恋人がいるとか?」


 流石にそれなら断られても仕方がないだろう。寧ろ想いを寄せられている女子が、片山のスペックに惹かれない程の深い愛を持っていることに感心する。そうか、なら今日は彼を慰め――


「いや、恋人もいないみたいなんだ」

「じゃあなんで悩んでるんだ?」

「理由はわからないけど、好きな子に避けられてる……みたいなんだ」


 まだ確証がないのか、認め難いのか。どちらにせよ、状況はあまり良くないようだ。


「それはなんでなんだろうな。心当たりとかは?」

「問題はそこなんだ。特に嫌がるような事をした覚えはないんだよ」


 首を捻って小さく唸る彼の顔を見るに、本当に心当たりはないようだ。片山ほどの男だ、気が付かないうちに嫌われる行動を取っていたとも考えられないだろう。であれば理由はなんだ……?


「そもそも、片山が好きなのは誰なんだ?」

「いきなり聞くなぁ! ……誰にも言うなよ?」

「言わない言わない」


 きょろきょろと辺りを見回し、誰も自分たちの会話に耳を傾けていない事を確認すると、片山は俺の耳元に近付いて囁くように思い人の名前を告げる。


「……岩城さんだ」

「岩城さん……」


 いわ……しろ?

 このクラスの人間なのだろうか、その人物に思い当たる節がない。いや待てよ、よく考えたら聞き覚えがある気がする。興味もないCMの歌を覚えてしまったような現象。毎朝のようにその名前を――


「あ、いつも本読んでる子か」

「そうそう、そこがまた奥ゆかしくて可愛いんだけどな」

「それはいいとして、よく岩城さんと接点があったな。あの子が誰かと会話している所、見たことがないけど」

「よくぞ聞いてくれた!」


 待ってましたと言わんばかりに興奮しだす片山。彼にも言ったように、岩城さんが他人と会話している所なんて見た事がなかったので、どこに接点があるのか気になってしまった。そもそも、彼女はどんな見た目をしていたっけ。


 岩城さんの座る席は教室後方の廊下側である。振り向いて確認してみると、ぱっつりと切りそろえられた前髪と、大きな丸い眼鏡がトレードマークだ。髪の毛自体は肩ほどまである黒髪で、その艶感から、まだ一度も染めた事がないのが分かる。


 盛り上がるクラスメイトの中、一人黙々と本を読んでいる姿から真面目なんだろうなという印象を受け、言い方は悪いが、なぜ彼が岩城さんに好意を抱いているか分からないと思ってしまった。


 クラスの人気者と日陰者。性格も趣味も全然合うように見えないが、それでも二人を繋ぐ「何か」があったのかもしれない。片山が恋に落ちる程の出来事が。


「宮本? 聞いてくれる流れじゃないの?」


 おっと、その謎が解明されるのがこれからだったのを忘れていたようだ。


「ごめんごめん。なんで岩城さんの事が好きか、是非聞かせてくれ」

「お、おう! ちょっと話すの下手かもしれないけど、我慢して聞いてくれ」


 彼は幸せそうな表情を浮かべると、仄かに笑みを讃えながら過去に想いを馳せているようだった。そして、物語が一本の線になったのだろう、その思い出は可能な限り鮮明に、彼の口から届けられる。

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