分岐点C-1
もしもの話でした。
次回から第二章に入ります。
肌を刺すような冷たい風に負けないよう、身体を寄せて笑い合うカップル達。イルミネーションの青い光は、後一月もすれば今年が終わってしまう事の寂しさを忘れさせてくれる。
いつにも増して賑わう町を見ながら、俺は両手を擦り合わせて、白い息を昇らせていた。
「ごめんユウ、お待たせ!」
予定時間を10分程過ぎた頃、背中の辺りまである、真っ直ぐで美しい黒髪を靡かせながら、ようやく待ち合わせ相手が到着した。
「ユミ、遅いよ」
「ごめんね、服選びに手間取っちゃって」
焦茶色で薄手のニットに黒いスキニーパンツ、ライダースのジャケットを羽織るように着ており、ヒールブーツを履いている事で身長は男性の平均身長を悠々と超え、贔屓目に見ずともモデルだと分かってしまう。ニットと似た色のアイシャドウ、リップが用いられたメイクは全体にさらに統一感を与え、もはや彼女は一つの芸術作品のようだ。しかし、走ってきたせいで頬が蒸気し、赤みがかっているという一点で、ユミを人間だと判断できる。
「ま、いいか。行こう」
「うん、ありがとう」
こんなに綺麗な姿を見てしまっては、誰だって怒るに怒れなくなるというものだろう。軽い注意もほどほどに左手を差し出すと、躊躇する様子もなく彼女は手を握る。細く美しい手は、握れば今にも壊れてしまいそうだったが、人の温もりを伝えるには十分な暖かさがあった。
「今日のユミも凄く綺麗だね」
「ほんと? 嬉しいな。ユウも惚れ直すくらいカッコいいよ。この間買ったコート、私の見立て通り良く似合ってる」
この会話から分かると思うが、実は俺たちは恋人同士なのだ。こんな美人と俺との接点などないように思えるが、二人は幼馴染で、人生の大半を共に過ごしてきた。最初は兄妹のような関係だったが、俺の両親が死んで、辛い時期に寄り添ってくれたユミに対して、いつしか心の中には恋心が芽生えていた。
それはユミも同じだったようで、高校生に上がる頃、彼女からの告白を受ける形で二人は晴れて恋人同士になったのだ。俺が優しさというものを見失っていた時も、彼女が心を尽くして自分の目を覚まさせてくれたお陰で、今も俺は道を踏み外す事なく毎日を幸せに過ごせている。
そして俺たちは今日、以前から楽しみにしていたイルミネーションデートに来ているのだ。
「駅から会場までイルミネーションが続いてるんだね。びっくり」
「確かに、俺たちの地元じゃこんな大掛かりな仕掛けはないもんなぁ」
「クリスマスでもないのにすごい人だし、それくらい実物が綺麗ってことなのかな」
他にも会場へ向かう人はたくさんいて、ほとんど列のような状態で歩いている。歩道の反対側には見物から帰ってくる人々がいて、皆一様に幸せそうな表情をしていた。
「それにしても寒いな」
「最近一気に冷え込んできたもんね」
「カイロでも持ってくれば良かったかな。失敗したなぁ」
「ん、それなら……」
ユミは繋いでいる手を、俺のコートのポケットへと持っていく。
「これであったかいよ」
「……確かに」
手を同じポケットに入れているお陰で、自然と二人の物理的な距離も近くなる。左腕に当たる彼女の感触はジャケット越しではあるが、意識してしまい自分の体温が上昇するのを感じた。
「ユウ、顔赤くなってるよ?」
「気のせいだよ……お、イルミネーションが見えてきた」
「……ほんとだ。こんなに大規模に光ってるんだ」
徐々に近づく光を見ながら横断歩道を渡ると、いよいよ会場である公園に辿り着いた。視界一面に広がる青い光は、そこにいるだけなのに幻想的な気分にさせてくれる。
「すごい……向こうまで青一色だ」
「海の中にいるみたいだな」
公園を少し歩き、人が少ない場所でイルミネーションを見上げる。普段は大人っぽい印象のしゅっとした目は、今は少女のように見開かれていた。青い光が整った顔に被さり、ユミはまるで違う世界の人間のようで、手の届かない存在であるかのように強く感じてしまう。
彼女は、俺とここへ来て幸せなのだろうか。こんなにも美しいのだから、俺なんかよりも遥かに優れた男からも引く手数多だろう。それこそ、モデルの仕事で一緒になった男なんかからアプローチを受けるはずだ。それでも俺と一緒にいる意味なんて――
「あるに決まってる」
一瞬の間があり、驚いてユミの方を見る。俺は言葉に出していないはずだが、彼女の言葉は俺の疑問にぴたりと返答していた。
「……なんで分かったんだ?」
「何年一緒にいると思ってるの? ユウが考えてる事なんて手にとるように分かるよ。私はユウが好きだから一緒にいるの。優しいところも、カッコいいところも、気が使えるところも、一緒にいて落ち着くところも、全部大好きだから一緒にいたいの」
目を細めて優しく微笑む彼女の姿に気付かされる。そうか、俺が彼女を選んだように、彼女も俺を選んでくれたのだ。数ある選択肢の果てに、今がある。この世界でユミを幸せにできるのは、きっと俺だけなのだ。
「……俺も、ユミと一緒にいれて幸せだよ」
「私も。いつだって私は、ユウの事を一番に考えてるんだから」
ふふ、と気分が良さそうに、繋いでいる手に力が込められる。それに負けないよう、俺も同じように想いを込める。
「あ、雪だ……」
「本当だ……綺麗……」
まるでドラマみたいなタイミング。しかし、本来であれば釘付けになるはずの雪を見ていたのは一瞬で、俺の視線は隣に注がれていた。
白い雪が、彼女の黒い髪の艶やかさを際立たせる。儚げに揺れる瞳は、何を思っているのだろう。
もしも違う世界があったとして、違う未来があったとして。そこでは俺はユミとこうして笑い合っていないかもしれない。それどころか、二人はもはや関わりのない他人になっているのかも。なら、せめてこの世界でだけは、俺は彼女のことを幸せにしたい。自分の一番の理解者を、同じように解ってあげたい。
嗚呼、どうか。この幸せが永遠に続きますように。
需要あるよ、これからも読んでやってもいいよと思ってくださる優しい方がいたら、
ブックマークや、ページを下の方に動かしていって、☆5をつけて応援していただけると泣いて喜びます。