浅川由美の理由 その3
その晩、私は今日の出来事を思い返していた。
未だに夢のようで実感が湧かない、やっと感情を見せてくれたユウの姿を。これでようやく、私たちの関係は前へと進むことができる。夏休み前まで毎日のようにユウを揶揄いに来ていた一年生の女の子とも、ようやくおさらばだ。今までは甘んじてそれを眺めているだけだったが、これからは違う。私達の絆が再び蘇ったことを知れば、彼女も手を引かざるを得ないだろう。
ただ、一つだけ問題があった。突然感情を出すようになったからか、今のユウにはそれに振り回されているような危うさがある。事実、怒りに支配されていたから、私の事を他人だと思っているなどと、思ってもいない事を言ったのだ。
嘘であってもその言葉は私を傷つけ、謀らずも涙してしまったが、もちろん本心でない事を私は理解している。明日になったら私も冷静に受け答えができるだろうし、正直に全てを打ち明ける事にしよう。
翌日。私の身体は嬉し涙と悲し涙を同等のものだと思っているらしい。昨日の涙で若干腫れた目を気にしつつ、ユウの席に座って彼が到着するのを待っていた。もし、私の目を見た彼が自分の事を責めてしまったらどうしよう。誤解だとしっかり説明しなければ。
しばしの待ち時間を思考に費やすと、何やら楽しそうな表情のユウが教室に入ってくる。それに同調するように軽く右手を上げ、フレンドリーに挨拶をしてみたつもりなのだが、何故か彼は呆れたような顔で押し黙ってしまった。
どこが悪かったのだろうと原因を探っていると、彼の方から口を開いてくれた。
「そこは俺の席だ。どいてくれ」
やはり、気持ちの整理ができているのは私だけみたいだ。しかしそれも納得できる。何年も押し殺してきた感情をようやく発散できるとなれば、余計に尖ってしまうものだろう。私はできるだけ優しく、諭すように言葉を紡ぐ。
「ユウ、やっと自分の気持ちを話してくれるようになったんだね。でも、流石に昨日のは冗談キツいよ。私の事を幼馴染だと思ってないだなんて、嘘だって分かってても取り乱しちゃった。それに、昔みたいに私の事はユミって――」
「冗談なわけないだろ」
言い終わる前に乱暴な言葉で遮られる。彼の怒りは収まるどころか増しているようで、その目からはどんどん光が失われていく。予想していた展開から大きく外れてしまった事に焦りを覚える。まずい、なんとか宥めなくては。
「ね、ねぇユウ? いつまでも怒ったフリしないで? 私も今までの事は謝るけど、それはユウの事を――」
「……謝る? 今更何を謝るっていうんだ。お前達がいつも俺を否定するから、俺の心はもうボロボロだ。ぐちゃぐちゃにした紙を開いて元の形に戻しても、一度ついたシワは消えないんだよ」
信じたくないが、その言葉を聞いて私は理解する。ユウから私に向けられる感情は、全て怒りと憎しみに支配されてしまっていた。本当の自分を取り戻すには、私の協力が必要不可欠だったはずなのに、それが分かっていないのだ。今の彼にとって私は、ただ無意味に自分の事を罵倒し続けてきた最低の浮気女。
心臓が、鉄のように冷え切った手で掴まれてるようだ。それに同調して、顔の筋肉が強張っていく。
「そ、そんな……。私の努力は……私は何のために……」
言葉を脳内でこねくり回す事もできず、後悔の念が心から直接垂れ流される。自分の全てが否定されているような絶望感。だめだ、だめだ。前を向いて説明しなければならないのに、ユウの顔を直視できない。息ができなくなる前に、感情に支配される前に私は教室を飛び出していた。
そこからの事はよく覚えていないが、気が付くと私は自室のベッドに倒れ込んでいて、窓の外から光が差し込まない事で夜だと分かった。
ユウから完全に拒絶されてしまったという、受け入れ難い事実に心が折れそうになる。私は二人の未来のために今まで努力してきたのに。それなのに、共に過ごせたはずの日々を犠牲にして得られた結果がこれだ。
……諦められるわけがない。
私がした事が間違っていたのだろうか。どれだけ泣いたところで、嘆いたところで過去は変わらない。
だけど今は、ユウに全てを伝える方法を考えなければ。嫌っていたから別れたのではない、嫌っていたから酷い言葉を浴びせ続けたわけではないと。どうにかしてそれを伝えなければ。
そんな決意に反して改善策は何も見つからないまま、時間だけが無慈悲に流れていった。再びあの後輩が教室に来るようになって、吹っ切れた様子のユウと仲睦まじげに会話をしてるのを見ると心臓が引き裂かれそうになる。
堂々と校門で、他校の頭が悪そうな髪色の女の子と話をしていたのも意味がわからない。ユウは心なしか、前よりも柔らかい印象を与える様になったが、果たして私に対しても同じ様に接してくれるだろうか。何もかもが私を置いて過ぎ去ってしまう。
なんであの位置にいるのが私じゃないの?
あの子達とユウの関係は不明だが、独特の距離感から何かがあった事は読み取れる。私を彼女達と比べて劣っているところなんてあるとは思えないのに、私だけが敗北者だった。
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