改造計画
補完です。夜にも更新します。
帰宅した俺は早速自室へと戻り、スマートフォンとパソコンの両方を使って情報を集める事にした。
目を隠すくらいに伸び切った前髪に、垢抜けない中学生のような私服。顔には覇気がなく、猫背なのが相まって実際よりも背が低く見えてしまう。
パッと鏡を見ただけでも、今の自分が直すべきところが山程見つかる。他人を下に見るのは許される事ではないが、舐められるような格好をしている俺にも問題はあるだろう。悪いところを一つずつ無くしていって、まずは平均的な男子を目指す事にした。
というわけで、夏休みの自由な時間を出来るだけ実のあるものにするべく、『宮本優太改造計画』を実施する。
最初に、このボサボサで清潔感の感じられない長髪をどうにかしよう。
長い前髪は安心感を与えてくれるが、他人からは表情が読み取れないという欠点もある。
それに、今後服の試着をする時に、この顔まわりでは似合っているものも不釣り合いに感じてしまうからだ。そうと決まればやることは一つ。
俺はスマホの検索アプリを開き、『最寄りの大きな駅名 メンズ 美容院』で検索をする。
すぐに検索結果が表示され、その中でも上位にある、近くの美容院の情報がまとめてあるサイトを見る事にした。
ふむ。前まで通っていた散髪屋よりも値段は張るものの、その内装や雰囲気は遥かに洒落ていて、ここに行けば格好良くしてもらえるかもしれないと期待を抱いてしまうほどだ。
小一時間いろいろなサイトを見て考えた結果、家からは少し遠いものの、客に合わせた幅広いスタイリングが自慢の店に決めた。
迷わず予約画面に飛び、メニューを選ぶ。
うちの高校は校則が緩いため、髪を染めても何も言われないが、いきなりぶっ飛んだイメチェンをするのは違うと思う。
とりあえずはカットと、後はこの『眉毛カット』も選んでおこう。眉毛を自分でどうこうした経験がないので分からないが、お洒落に気を使う男子は眉のケアも怠らないらしく、真似からでも始めてみる事にした。
メニューを決めたら、スタイリストさんを選ぶ画面に移った。誰が上手くて誰が下手かの判断ができないし、初回はお任せでもいいだろう。
そのまま次の画面へ移動する。幸いな事に、明日の昼の予約が空いている。思い立ったが吉日という言葉もある様に、予約するのも出来るだけ早い方がいいだろう。行動を先送りにするばかりでは、いつまで経っても改善は見込めない。残りの情報を入力して、予約ボタンを押す。
何はともあれ、これで予約が確定した。分からないことは明日美容師さんに聞くとして、今日はまだ時間がある。他にもたくさん調べ物ができそうだ。大変な夏休みになるぞ。
――――――――――――――――
翌日。
「うーん……。入りにくい」
予約30分前には美容院の前に到着していたのだが、情けない事に店の雰囲気に圧倒され、気付けば後5分で時刻ぴったりになってしまう。
まさか美容院に入る事すら、こんなにも覚悟がいる事だなんて。白を基調とした清潔感のある外観、大きくガラス張りされた入り口からは、店内の洗練された様子を余す事なく確認できる。
こんなキラキラした空間に入ったら、日陰ものの俺など一瞬で灰になって吹き飛ばされてしまいそうだ。そもそも入り口に陰キャ対策のバリアが張り巡らされている可能性もある。
……だめだ、このままだと髪を切るだけで夏休みが終わってしまう。死んだら死んだでその時だ、俺の勇姿が後世まで語り継がれる事を期待して、挑戦するしかない。
震える足と、地面に穴が空きそうなほど重い身体を無理やり動かし、神々しくそびえる新天地へと足を踏み出した――。
――――――――――――――――――
「わぁ、すごくお似合いですよ! もはや種族が変わってます〜!」
「……誰だこれ」
半ば白目を剥きながら店内に入り1時間が経過し、俺の目の前には見たことがない男子高校生が座っていた。
爆弾低気圧の様に重苦しかった前髪は眉にかかるくらいに、サイドは耳の中ほどまでに切られ、若干長さにバラツキを出すことで立体感を感じられるようになっていた。
丁寧に揃えられた眉は凛とした印象を与え、お世辞抜きにかなりの好青年に見える。しかし、何故か彼は怪訝そうな顔をしており、自分の目の前にいる人間の正体を探ろうとしているようだった。
……という事は、こいつは俺か。
まさか、初めて鏡で自分の姿を見た人間が発しそうな台詞を言う時が来るとは。スルーしていたが、担当してくれた美容師さんも若干失礼な褒め言葉を送ってくれていたし、そのくらい見違えたと言う事だろう。
「こんなカッコよくなるなんて、ちゃんとお洒落しないと勿体ないですよ〜!」
「本当にありがとうございます。自分じゃないみたいでびっくりしました」
美容師さんは櫛をくるくると回転させながら得意げな様子だ。最初、俺の担当をすると決まった時には引いているように見えたが、段々と機嫌が良くなっていき、今は満足気に語っている。
「でも、どうして突然美容院に来ようと思ったんですか?」
失礼な質問かもしれないが、彼女なりに話題を盛り上げようとしてくれているのが伝わる。だから俺も正直に、自分が変わろうと思ったきっかけを話す事にした。
「え、それは周りの方みんな酷いと思います! ちょっと距離おいた方がいいんじゃ……」
「やっぱりそうですよね。だから夏休み中に変わって、ガツンと言ってやろうと思ってるんです」
「そうしましょう! 何か私にお手伝い出来ることがあれば聞いてください!」
おそらく社交辞令だろうが、美容師さんからありがたい申し出を受けたので、最近のメンズの服はどのようなものがオススメなのかを聞いてみる事にした。
すると、今の流行と共に良い情報収集法を教えてもらったので、帰宅してからそれを試す事にした。
ありがとう、ほどほどに失礼な美容師さん。
マイナスの面が気にならない程彼女には助けられてしまい、勇気を出して店に飛び込んでみて良かったと心から感謝する。また髪が伸びたら彼女にカットをお願いしようと思いながら、新しい自分と共に退店するのだった。