帰宅
今日から前に投稿した話の改稿を進めていきたいと思います!
メイドカフェ――それは、人類の希望を凝縮して形成された楽園。
数多くのコンセプトカフェがしのぎを削るコンカフェ 戦国時代において、メイドカフェは太古の昔より存在する、いわば恐竜のような存在。既に一般市民に知り尽くされているようでいて、足を踏み入れれば新たな発見に心を踊らされる、夢のような場所である。
色とりどりの衣装を見に纏い、決して枯れることのない笑顔でご主人様を迎えてくれるその姿はまさしく、コンカフェ 界のティラノサウルス……!
今再び、我々は新世界への扉を叩く時が来た。重苦しさを感じさせない、可愛いデコレーションが施された外装。天使の羽を模したノブを回し、伝説の剣を引き抜くような勇ましさでドアを開けると――
「おかえりなさいませ〜! ご主人様〜!」
……天使だ。来店を知らせる鈴の音と共に、天使が舞い降りてきた。
ティラノサウルスもステゴサウルスもプテラノドンも、もはやこの世には存在しない。恐竜の時代は終わりを告げていたという事だ。今目の前に降臨なさっているのは他でもない、大天使ミカエル……。それかガブリエルかラファエルかも。
そろそろ意味の分からない解説にも飽きてきたので、今日の予定について説明しよう。
時は少し遡って日曜日。俺は、一月ぶりにユイちゃんが働いているメイド喫茶に足を運んでいた。本当はしばらく遊びに行くつもりはなかったのだが、昨晩10件にも渡る長文メッセージで届き、その勢いに圧倒された結果がこれである。
謎のテンションのまま入店した俺を出迎えてくれたのは、良く見覚えのある姿だった。
青空を塗り込んだような色の長い髪をポニーテールに束ね、大きな垂れ目とぷっくらとした涙袋。キラキラとした可愛らしい姿によく似合うピンクと白のメイド服には、アニメのキャラクターの缶バッジが付けてある。胸元の名札は、猫やハートの絵で装飾されていた。
「優太君、来てくれてありがとう!」
「久しぶり。元気そうでよかった」
奥の方に案内され、席に着く。前回彼女と会ってから全然時間が経っていないはずだが、前のような痛々しくやつれた様子は綺麗さっぱり無くなっていた。
「ご注文は何にしますか?」
「もえきゅんオムライスと、後はコーラで」
「かしこまりました〜! 少々お待ちください!」
弾けるような笑顔で注文を受け取り、軽快な足取りでカウンターに戻る彼女の姿を見て、手放した物が戻ってきたようで嬉しくなる。5分ほどすると、ユイちゃんはコーラを片手に帰ってきた。
「お待たせいたしました〜! コーラになります!」
「ありがとう。言い忘れてたけど、ユイちゃんにもドリンクお願い」
「わぁ! ありがとう〜! いただきます!」
ユイちゃんはアイスココアにしたようだ。俺のテーブルにグラスを置いて、彼女がドリンクを飲み終わるまで、二人で会話を楽しむことができる。
「ユイちゃん、無理してないみたいで良かった」
「えへへ、ありがとう。お客さんは前より減っちゃったけど、今の方が良いってまた推してくれる人もいて嬉しいんだ」
「今の方が断然可愛いよ」
「か、かわっ!? あ、ありがとっ!」
以前から可愛いと伝えていたはずだが、何故か耳まで真っ赤にして、よろめくように照れていた。
何はともあれ、素の彼女が他のお客さんにも好評なようで安心だ。まぁ俺は最初から魅力に気付いていたんだけど。
そんな面倒くさいオタクムーブをかましていると、厨房からオムライスが運ばれて来て、ユイちゃんがそれを受け取ってくれた。
「オムライスに文字書くね! リクエストある?」
「うーん、おまかせで」
「分かった! 頑張るね〜」
そう言うと慣れた手つきでオムライスにケチャップ文字を書いていく。よくこんなに器用にできるなと感心するくらい上手に書いているものだから、つい夢中になって見てしまった。さて、肝心の出来上がった文字なのだが――
『ゆうたくん 大好きだよ♡』
オムライスがパフェより甘くなりそうなメッセージに加え、めちゃくちゃハートが描いてある。増量セールなんて目じゃないほどのハート祭りだ。しかし、まだ追撃は止まない。
「じゃあ次は、オムライスに魔法をかけるね!」
「うん、お願……何で隣に座るの?」
彼女は俺の隣に座ると、自然な流れで両手を恋人繋ぎにし、耳元で囁き始める。
「優太君、大好き。大好き、大好き、大好き」
元々聴いているだけで癒される小鳥の囀りのような声は、耳元で囁かれる事で何万倍にも威力を増し、息が耳に吹きかけられるのと相まって全てを委ねてしまいそうな気持ちになる。
「もっと私だけの事を見て? ほら、こんなにドキドキしてるんだよ?」
依然として耳が溶かされそうになるが、攻撃はそれだけでは終わらない。続いて、繋いでいた手を、ユイちゃんは自らの豊かな胸へと押し付けた。制服越しに伝わるマシュマロみたいな感触にいっぱいいっぱいで、相手の心臓の鼓動など気にしていられない。
聴覚だけでなく触覚までもが彼女の支配下に置かれてしまい、もはや陥落するのは避けられない。
だが、二人きりの空間ならこのまま勝負は決まっていたかもしれないが、ここには大勢の人間がいる。この惨状を見られたらユイちゃんが非難されてしまう、その一心で鋼鉄の理性はなんとか保たれていた。
「ゆ、ユイちゃん、待って」
「ん? どうしたの?」
「他のお客さんが見てるから……」
「大丈夫、一番奥の席だから誰も気付いてないよ?」
……やられた。
ここまで計算した上で一番奥の席に案内したのか。確かに、カウンターからは最も遠く、客の目線は絶対にこちらへは向かない。
それに、メイドさんも、まさか同僚がご主人様の耳元で囁いているとは思わないだろう。俺たち二人は、まるで別の空間にいるようだった。
「でもこれ以上は流石にバレちゃうね、残念」
そう言って彼女は向かいの椅子に座り直す。
……危なかった。まさかこんな暴力的な隠し玉を用意していたなんて。実は素の彼女は凄まじい小悪魔なのかもしれない。油断すると取って食われそうな気がしてきたし、いい感じに話を逸らそう。
「お、オムライス美味しいよ」
「ほんと? 良かった。私が沢山魔法をかけたからだよ!」
「そうだね……」
「そういえば、この間の後輩ちゃんとはどんな関係なの?」
当初の目的通り、別の話題にすることができたが、また難しい質問をぶつけられてしまった。
「俺が去年、彼女に振られてすぐくらいに知り合ったんだよ。よくゲーセン行ったり映画観たりしてるかな」
「ふーん……。学校が違うからちょっと不利かな……」
小声で何か言っているようだが、あいにくと聞き取ることができない。何か作戦を練っているような、そんな間があった後、彼女は口を開く。
「たまにでいいから、私とも放課後遊んでくれる? 後輩ちゃんが一緒でも全然良いよ!」
「遊ぶのは全然良いけど、黒咲と一緒なのはやめておいた方が……」
この間の攻防を見る限り、二人の相性はあまり良くないようだから、会わせるのは悪手だろう。というより、黒咲がユイちゃんのポジティブトークに引いていただけなのだが。
雑談をしつつ、練乳よりも甘いオムライスを完食した俺は、そろそろお暇しようと荷物をまとめる。
「もう帰っちゃうの?」
「うん。今日も楽しかったよ」
「それなら良かった! またいつでも遊びに来てね? 沢山サービスしちゃうから!」
「サービス……。ありがとう、お邪魔しました!」
「行ってらっしゃいませ! ご主人様〜!」
若干いかがわしい響きに疑問を感じつつも、久方ぶりに見れた推し本来の姿に喜びを感じながら退店した。
ビルの外に出ると、街には仄かに夜の闇が近付きつつあった。
雲一つない空、陽は明日にはまた昇ってくる。
需要あるよ、これからも読んでやってもいいよと思ってくださる優しい方がいたら、
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