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ライバル



「うん、許すよ」


 その言葉を求めていると思ったのだが、対面しているユイちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱちぱちさせている。



「え……許して……くれるの?」

「もちろん。俺もあんな事言って悪かった。ごめん」

「いや、それは全然……いいんだけど。私、優太君に酷いこと沢山言っちゃったし……」



 彼女の謝罪を聞く限り、俺を罵倒していた事に悪意はなかったようだし、そもそも笑っているだけだった俺にも問題がある。何も言い返さずにヘラヘラしていたら、受け入れられていると解釈しても何らおかしいところはないからだ。


 お互い良くないところに気付けて、こうして腹を割って話せているんだからそれでいいと思う。俺の言葉が彼女に届いていると知って報われた気持ちもあり、既にユイちゃんに対する負の感情はなくなっていた。



 それに、彼女は心なしか前よりやつれているように見える。そうなるのも無理はないだろう。SNSでも現実でも、大勢の見ず知らずの人間から誹謗中傷を受けてきたのだ。ただの女子高生には荷が勝ちすぎている。彼女はもう、十分罰を受けたのだ。


「俺も一言やめてって言えばよかったと思うし、二人とも悪いところがあったって事じゃだめかな?」

「……ううん。本当にありがとう」


 胸の前で両手を合わせ、嬉しそうにこちらを見つめる瞳は微かに潤んでいて、全てを伝えるのに相当の勇気が必要だった事が想像できる。


「最初に植え付けられた知識が間違ってるって気付いたり、それを受け入れるのって凄く気持ち的に辛いよな。常識は気軽に変えられるものじゃないし」

「うん……。だから気付くのが遅れてごめんね」

「謝らなくていいよ。俺もそういう経験あるから分かる」



 そう、彼女は男性経験がないから、一般的にどうすれば異性が喜んでくれるか分からなかったのだ。そして目の前に提示された「罵倒する」という行為は、雛鳥が初めて見た生き物を親だと思うように、彼女に刷り込まれてしまった。


 もちろん、現代はネットを使えばいくらでも有用な知識を得る事ができる。だがそれは、数学の公式や礼儀作法のように、既に答えとして完成しているものであればよいが、男女の恋愛の様に、感じ方が十人十色で時間と共に移り変わっていくものに対しては効果を発揮しにくい。


 ゲームをやらない人間にゲームを渡しても喜ばれない様に、当人を取り巻く環境によって使えなくなる知識もある。そう考えると、画面の向こうの意見よりも現実の意見を取り入れるというユイちゃんの認識は正しいとも言える。



 運良く間違いに気付けたとしても、そうだったのかと受け止めるのは至難の業だ。かくいう俺も、相手を無条件に肯定する事が優しさではないと心の奥底では分かっていたのに、植え付けられた思考をすぐに否定する事ができなかった。



 共感が伝わったのか、彼女の声の震えは収まりつつあり、決心したように俺の手を掴むと、可憐な声が発せられる。



「私さ……今更好きだなんて言えないけど、もう一回優太君が私だけを見てくれるように頑張ってみようと思う。……許してくれる?」

「想いに応えられるか分からないけど、それで良ければ」

「……やった。ありがとう!」



 その笑顔は、久しく見れていなかった彼女の素の表情だった。俺がユイちゃんを推す決め手となった、幸せそうな笑顔。やっぱり、キャラクターを演じている時より断然可愛いと思う。


 うん、これで良い。ここからまた――



「……先輩?」

「…………放っておいてごめん」



 その笑顔は、久しく見れていなかった彼女の怒りの表情だった。すっかり黒咲を蚊帳の外にして会話を進めてしまっていた。やっぱり、可愛い子が怒ると十倍怖いと思う。


「あのですね、私というものがありながら、今更メイドさんと仲良くする必要ありますか?」

「後輩ちゃん……で、いいのかな。もしかして、二人は付き合ってるの?」

「いえ、まだ付き合ってませんが、私達の心は深く通じ合ってます! だから――」

「付き合ってないなら私にもチャンスがあるね! 負けないから!」


 大きな胸を張って、羞恥心を投げ捨てた様な事を声高らかに主張していた黒咲だが、ユイちゃんのポジティブトークに押され、最終的には引き気味で俺の横に戻ってきた。


「今日のところは帰るね! 優太君、連絡先聞いてもいい?」

「だめですー!」

「いや、いいよ」

「なんでですか!」


 両手をばたつかせて阻止しようとする黒咲を避け、連絡先を交換すると、ユイちゃんは小気味良い足取りで去った行った。後に残ったのは俺と、恨めしそうに俺の脇腹を突いてくる後輩と、一部始終を見ていた外野の視線だけだった。



「……ていうか先輩、メイドカフェに通ってたんですね。私がいくらでも着るのに」

「お、じゃあ今度メイド服姿、見せてもらおうかな」

「言いましたね!? 本当に着ますからね! 一緒にプリクラ撮ってくださいよ!」


 罰ゲームのように言っているが、確実にご褒美だ。メイド服姿の黒咲はさぞ可愛いだろう、インナーが金髪だから不良メイドになってしまうかもしれないが。



 何はともあれ、また一つ過去と決着をつける事ができた。まだ一人心当たりがあるが、果たしてこれ以上の進展が望めるのだろうか。

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