相談
私が電話をかけると、リコちゃんはすぐに応答してくれた。夏休み中予定が合わず、会う事ができなかった間の面白い話で花を咲かせたかったが、世間話もほどほどに、私は今までの出来事を包み隠さずに相談してみる。
「……いや唯、それは流石に唯が変だと思うよ」
「…………そうなの?」
今までの出来事から予想していなかったというわけではないが、それでもしばしの間思考が停止していた。未だに告げられた言葉の意味を理解しきれていない私の様子を察してか、リコちゃんは子供に説明するように丁寧に言葉を紡ぐ。
「今さ、唯ちゃんの、男の人が喜ぶ行動の判断基準は、お店に来てくれるお客さんだけで構成されてると思うんだよ」
「そう思う。他に知ってる男の人なんていないし、タクヤさんも隊長さんも優太君も、他の人だって私に罵倒されて喜んでたもん」
「うん、そう思うかもしれないけど、優太君はそこには入ってないと私は思うな」
そんなはずない。私がみんなに酷い言葉を浴びせる様になってから、私を推してくれる人は急激に増えた。つまり、需要があったのだ。隊長さんが最初に罵倒するように頼んできて、その後タクヤさんが熱心に推してくれるようになって、優太君だって……。
優太君は………………。あれ?
「優太君は、私に人気が出る前から推してくれてた……」
「そうだよね? 優太君はきっと、他のお客さんと違うところに惹かれたんだよ。彼はさ、唯のどこが好きで推してるとか言ってなかった?」
リコちゃんは決して急かさず、優しく待っていてくれるお陰で徐々に思考力が戻ってくる。覚えているはずだ、彼が私のどんなところに惹かれたか、前に質問したはずだ。
「………………笑顔」
そうだ、笑顔。優太君と仲良くなってまだ日が浅い時、私は彼に聞いたんだ。
『ねぇ優太君。私人気ないけどさ、なんで私の事推してくれてるの?』
『うーん……。ユイちゃんは可愛いし話してて楽しいけど、一番素敵だと思うのは笑顔かな』
『笑顔?』
『そう。なんていうか、すごく輝いて見えるんだ』
「……そっか。優太君は……素の私が好きだったんだ……そっ……かぁ……」
一瞬、自分が泣いているのかと思った。だが、顔に触れた指先には肌の感覚しかなくて、後悔が涙を枯らしてしまったのを理解した。こんな簡単な事に、なんで気が付かなかったんだろう。他にも仮面の下の私を好きでいてくれた人はいたかもしれないが、それを言葉にして伝えてくれたのは優太君ただ一人だった。
多分、彼には元々大きな傷があって、だからあんなに悲しそうな顔をしていたんだと思う。でも、そこに私が追い討ちをし続けたせいで、ついに抑えていたものが爆発してしまったのだ。仕事をする上では、このキャラクターは正解だったかもしれない。だけど、何も考えずにそれを演じる事で、彼を傷付けてしまった。奴隷みたいだったのは、私の方だ。
「唯はさ、これからどうしたい?」
「私は……優太君に謝りたい。あと、お礼が言いたい……」
なによりもまず、彼に謝罪しなければ。自分の知識がなかったから、思い違いをしていたからで済む話ではない。言葉で私を救ってくれた彼を、言葉で傷付けてしまったのだから。私はまだ、何も彼に返せていない。それに、素の私を見ていてくれてありがとうって、ちゃんとお礼を言いたい。
「……なら、作戦を立てないとね。優太君の通ってる学校はわかるんだっけ?」
「うん……多分、この辺りで噴水のある高校っていったら一つしかないから」
彼はいつも週末にお店に来るため、通う高校がどこかは分からない。けど、以前学校の話をした時に、噴水があると言っていたのを覚えている。
「じゃあコンタクトは取れるとして……。流石に家までは分からないし、行くのもどうかと思うから、夏休みが終わるのを待つしかないね。勇気が出ないなら私も着いて行こうか?」
「ありがとう。でも、一人で頑張ってみようと思う」
「そ、なら陰ながら応援してるね! また何かあったらいつでも連絡して!」
そう言って電話が切れる。再び部屋の中を静寂が支配する。しかし、私の心にはもう孤独感はなく、少しの勇気が生まれていた。
なんていい友達を持ったんだろう。私が悪いのに、それを責めることなく親身に話を聞いてくれた。解決策も一緒に考えてくれて、彼女がいなければ、私は未だに自分の犯した過ちを知ることすらできなかっただろう。
優太君とリコちゃん。二人の優しさに報いるために、私は行動すると決めた。怖くても、拒絶されるとしても、伝えるんだ。