悪夢
翌朝。
朝といっても、昨晩考え事をしていたからか、目が覚めたのは昼過ぎの事だった。
目覚めたばかりの私は、優太君からメッセージが来ていないか確認するために、メッセージアプリを開いた。優太君個人の連絡先を聞く事はお店の方針上禁止されていたが、彼はいつも私のお店用アカウントにメッセージを送ってくれる。淡い期待と共にアプリを開くと、沢山の通知が表示されていた。
一瞬、彼がメッセージを送ってくれたのかと心臓が高鳴るが、それにしてはやけに数が多い。疑問に思いながら通知欄を押してみると、私の目に入ったのは、何十人という関わりのない人間から送られた誹謗中傷の嵐だった。
「え…………なに、これ……」
理解が追いつかず、思考が口から漏れ出してしまう。
一体何が起きたの?
私、何かしたっけ?
突然の事に戸惑いと恐怖を感じながら、震える指先で送られてきたメッセージの内容を確認する。
『お客さんに向かって奴隷は酷いと思います』
『そういうノリでやってるにしても、この後ちゃんと謝ったの?』
『髪青w こういう色にしてるやつってヤバいのしかいないよなw』
自分の投稿を見返しても、たまに載せる自撮りや出勤報告のみで、炎上するような内容のものは何一つなかった。必死に火元を探ってみると、どうやら昨日、私が優太君と話しているところが盗撮され、名指しで公開されていたらしい。
動画をアップしたのは使い捨てのアカウントのようで、自力で犯人を特定する事はできない。でも、それが導火線になって、大勢の人が私の事を責めていた。
私のキャラクターについての批判ならまだ分かる。私を推してくれている人でない限り、これが素だと思っても仕方ないからだ。何も知らない人達から見た私は、お金を払ってお店に来てくれているお客さんに暴言を吐く、とても失礼なメイドだ。
でも、コメントの中にはそれと全く関係のない、私の容姿や話し方で勝手な持論を展開する人もいた。
もちろん、そういうキャラクターだからと擁護してくれる人もいたが、最終的には数の暴力に負け、少しずつ消えていった。
どうしよう、どうしよう。
初めて向けられる見ず知らずの他人からの悪意に冷や汗が止まらない。呆然と虚空を見つめていると、突然画面が切り替わる。店長から電話がかかってきたようだ。出るのは怖いが、このままではクビにされてしまうかもしれない。未だにおぼつかない指で、応答を押した。
「唯ちゃん!? あなたなにやってるの!?」
「あの、店長……」
「動画が晒されてるってお店の子が教えてくれたから見てみたけど、流石に言い過ぎだと思わなかったの!?」
「それは……」
思わなかったわけではない。でも、普段はみんな喜んでくれてるし、晒される事もなかった。なんで昨日に限って……。
「とにかく、今後はもうああいう事は言わないで頂戴。次やったら、流石にお店に置いておく事はできないから。あと、動画の件に関しては私の方で消すようにお願いしておくから、いいわね?」
「はい……。ありがとうございます店長……」
店長が監視カメラを確認してくれたのか、お陰で動画は削除され、私を叩く人間の大半が興味をなくし去っていった。でも、未だに粘着してくる人はいるし、わざわざお店に来てまで文句を言ってくる人もいる。
そういう時は、一緒に働いている子やお客さんが上手く立ちまわってくれるお陰で、なんとか平穏な日々を過ごす事ができていた。でも、夜道で襲われるかもしれないという恐怖が消えない。
原因は自分だったとはいえ、精神的なストレスが溜まる日々のせいで、食欲はあまりなく、睡眠不足が続く。自分では気がつかなかったが、お客さんにはやつれていると心配されてしまった。気分転換に買い物やカラオケに行っても、ふと誰かが後をつけてきてないか不安になって、集中する事ができない。
そんな陰鬱とした日々を過ごす中、自分のキャラクターを封印した私は、相手が楽しめるような会話ができないでいた。なんとか会話を盛り上げようとしても白けた空気にさせてしまう事が多く、推してくれていたお客さん達は段々と他の子へ推し変してしまった。
素の私に魅力がない事なんてわかっていた。今までは、相手がどんな話をしていても、上手い返しができなくても、鼻で笑って煽れば許されていたんだから。勘違いしていただけで、最初から会話なんてできていなかったんだ。
でも、何で優太君はあの時怒っていたんだろう。もう、うちの高校の夏休みも終わってしまうのに、その間彼は一度もお店に来てくれなかった。彼が突然豹変してしまった理由だけが分からない。やっぱりどれだけ考えても、一向に解決の糸口が見つからない。
だから私は、友達のリコちゃんに電話で聞いてみる事にした。リコちゃんは、同じ学校に通う仲の良い友達で、困った時はなんでも相談してきた。私よりも恋愛経験があるし、もしかしたらアドバイスをくれるかもしれない。
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