友達
「おう宮本、おはよう」
まるで以前からの友達だったかのように気さくに話しかけてきたのは、同じクラスの片山だった。名前は忘れたが、流石に片山は合ってると思う。
朝のホームルーム前の和やかな時間。生徒たちは、これから始まる代わり映えのしない学業へのささやかな抵抗として、思い思いに時間を過ごしている。
例によって俺に近付くクラスメイトはいないはずだったのだが、今までも特に接点があった訳でもない片山が突然声をかけてきた事に若干驚く。明るく振る舞う様子から、どうやらマイナスの感情は持たれていないようで安心した。
「お前そのワックスどこの使ってんの?」
「バベルの07とプロテクトを半々で混ぜてるよ」
「お、混ぜてるのか! 一つだと思うようなスタイリングができない時あるもんな!」
「片山は何使ってセットしてるんだ?」
「俺はtwoのクリームだ。少し柔らかめの方がトップのセットしやすくて」
そうか、何故片山が声をかけてきたか理解した。
短すぎず長すぎず、綺麗にセットされた束間のある茶髪と、凹凸がハッキリしているハンサムな顔。制服を着崩していてもだらしなく見えないよう、丈感はそのままにしており、お洒落に関する並々ならぬ努力がうかがえた。
彼はいわゆるスクールカースト最上位に位置するグループのメンバーで、その中でも特に発言力のある男だ。だが、服や髪型に気を使っていると言っても高校生。そこまで熱心にお洒落に取り組んでいるのは彼くらいで、もちろん他のメンバーも格好いいのだが、片山と比べるとイマイチパッとしない印象を受ける。
だから、同じようにお洒落に気を使っていそうな俺を見つけて、コミュニケーションを取ろうと考えたのだろう。
「てか突然ごめんな? 夏休み明けになって、宮本がめちゃくちゃカッコよくなってたから話しかけてみたかったんだよ。夏休みデビューとか言ってたやつもいるけど、そこまで変わるには相当な努力が必要だよな。すごいわ」
「片山こそ、クラスで頭ひとつ抜けてお洒落だと思うよ。いつも持ってるリュック、カナタマツモトのだろ?」
「おぉ! わかるのか!」
カナタマツモトは、服が好きな人間なら誰もが知っているようなドメスティックブランドだが、値段がそこそこするため高校生の知名度は低い。だから片山の周りでそれに気付く人間がいなかったのだろう、彼はとても嬉しそうに目を輝かせている。
そう考察しつつ俺も、同性のお洒落な男子に褒められた事に、恥ずかしさと嬉しさが相まってこそばゆい気持ちだ。
「なんかお前変わったよな。明けも変わったと思ったけど、その時より柔らかさがあるっていうか。まぁなんだ、今の宮本となら仲良くなれる気がするから、これからは気軽に声かけるわ! 服の話とかもっとしたいしな!」
「そう言って貰えると嬉しい。これからよろしく」
ちょうどそう言ったタイミングで始業のチャイムが鳴り、片山は笑顔で右手を挙げながら自分の席に戻っていった。
これはまさか……友達ができたのか?
かつてない程円滑に進んだ会話に凄まじい手応えを感じ、思いがけない幸運に自然と頬が緩む。友人ができるまで少なくとも半年はかかると覚悟を決めていたのだが、彼のコミュニケーションスキルのお陰で目標は呆気なく達成されてしまった。
それにしても、片山の積極性と素直な言葉選びには学ぶ事が多々あった。堅苦しくならないような自然な声のかけ方、知識の多さからくる余裕のある反応。途中、相手を困惑させた事に対する謝罪を挟む事で場が和んだし、相手を褒めることも欠かさない。その他にも見習うべき箇所は数えきれないほどあり、彼を一つの目標とするべきではないかと、脳内で有識者会議が開かれることとなった。
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さて、会議は白熱を極め、結論が出ないまま放課後を迎えてしまった。今日も今日とて黒咲が俺を捕まえに来て、二人で下校だ。
「そういえば先輩、私が髪染めてるのチャラいとか思わないんですか?」
世間では、髪を染めているだけでチャラいとか頭が悪いといった偏見持つ人間が一定数存在している。黒以外の髪色に何か辛い思い出でもあるのだろうか。アニメやゲームのキャラに憧れてきた俺としては、ちょっとカッコいいと思ってしまう。
「別に思わないなぁ。髪が真っ青な子と関わったこともあるし、偏見はないかな」
「……ふーん」
あれ、機嫌を悪くするような事を言ったつもりはないのだが、もしや髪色の説明が分かりにくかったのか?
確かに、青い色といっても様々だ。スカイブルーやターコイズブルー、アクアマリンなんて名前の色もある。
きょろきょろと辺りを見回していると、前方に丁度いい髪色の生徒を発見した。
「ほら、あの校門に立ってる女の子。あんな感じの青髪で……」
「先輩、どうしたんですか?」
突然会話が途切れた俺に、黒咲が小首を傾げながら疑問を抱く。
丁度良い髪色の生徒どころか、あれは本人じゃないか?
あの制服は確か、うちからそんなに離れていない女子校のものだったはずだ。俺の学校がバレているのは、思い当たる節があるし理解できるが、問題はどうしてここにいるかだ。
いや、高校生ともなれば他校の生徒と友達であっても何ら不思議ではない。中学の同級生でも探しに来たんだろう。俺はこのまま雑談を楽しみつつ――
「あ、優太君! ユイだよ!」
「…………先輩?」
真っ青な髪の女子に話しかけられているのは誰だろうという多くの視線と、それと同じくらいの威力を秘めた一人の視線が全身に突き刺さっていた。
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