推しとの決別、新しい自分
こういう話が好きなので自分で書いてみる事にしました。
あくまで暇つぶしなので、更新頻度はまちまちです。
需要があることがわかればちゃんと書きます。
「あははっ! 優太君ってほんとに奴隷みたいだよねぇ。話してて全然楽しくないんだけど」
心底人を馬鹿にしたような、引き攣った笑みが視界に入る。
さて問題、俺は一体何処で誰に罵倒されているでしょうか。
シンキングタイム、スタート。
正解は、「メイドカフェで推しのユイちゃんに罵倒されている」でした〜。みんなは正解できたかな?
正解しても、特に賞品とかはないんだが。
そもそも、なんで金を払ってメイドさんを呼んでいるのにボコボコに言われるハメに?
変態的思考を持ち合わせていない人間であればそう思うところだが、今の俺は、ただ一つの言葉に気を取られていた。
「奴隷みたい」
その言葉は幽霊のように俺の心の中にスルッと入り込んで、次の瞬間には身体中に染み渡っていた。
大切な事に気付いたような、自分の事を理解できたような、そんな感覚。次の瞬間には、驚くほど冷静に自分の事を分析できるようになっていた。
自分が他人にどう見られているのかを。
思い返せば俺は、いつも誰かに軽く見られ、虐げられていた。過去も現在も、きっと未来も。
一年前に初めてできた彼女には浮気され捨てられた。後輩にはいつも揶揄われ、ご存知の通り推しには現在進行形で罵倒されている。
世界は薔薇色に包まれている。なんて言ったアホがいるようだが、俺から見える世界は灰色一色だ。誰からも愛されず、必要とされない不燃ゴミだ。
そんな不要物の名前は宮本優太。優太という名前は、今は亡き両親が、優しい子に育つようにと付けてくれたものだ。両親は事故で他界してしまったが、その想いは俺の胸にしっかりと刻まれている。だから俺は常に笑顔を忘れず、相手を否定せず、気分良く過ごしてもらえるように必死に努力してきた。それが優しさだと思っていたからだ。
……だが、もう疲れた。
俺はいつまで優しくあらねばならないのだろう。自分を無下にする人間の事を、心を削ってまで肯定する必要はあるのだろうか。何をされても怒らず、反撃もせずに受け入れていた俺は、ユイちゃんの言う通り正真正銘の奴隷だった。
だが気付けたんだ、今の自分が異常だって事に。
もう、このままの俺でいたくないんだ。
これからの俺は、自分を大切にしてくれる人だけを大切にする。自分の思ったことを素直に伝える。それがたとえ、自らを苦しめることになったとしても、我慢して苦しむよりよっぽどマシだ。
「ねえ聞いてる? 耳が聞こえなくなっちゃった?」
「五月蝿いよ、アホ面しやがって」
「…………えっ?」
覚悟を決めた途端、今まで言えなかった言葉がすらすらと口を通っていく。
目の前では、俺の推しメイドであるユイちゃんが目を丸くして驚いている。
真っ青に染めた長い髪を揺らしながら、大きな垂れ目が俺を見つめ、突然下に見ていた人間に言い返されたことがショックだったのか、薄い唇がぷるぷると震え、せっかくの整った顔が歪んでいる。
ユイちゃんはこの店の人気キャストだ。
ピンクと白のメイド服を、これでもかというくらい自然に着こなしていて、振り撒く笑顔は太陽の様に輝いている。そんな姿に惹かれ彼女を推す客は少なくないし、俺もそうだった。
でも、もう彼女の事を推していた自分は死んだ。
店に通い始めた頃の彼女は優しかったが、いつしか人が変わった様に俺の事を罵倒しだした。
キツい言葉も、盲目的に彼女を崇拝していた時には気にならなかったが、今は怒りを沸々と感じている。
「話してて楽しくない? それはお前が人との会話を盛り上げようとしないからだよ。確か俺と同い年だったよな、偏差値40もないんじゃないか? そんなに会話が退屈なら、もうこの店には来ないから安心してくれ。今までありがとう、さようなら」
「えっ? 待って意味がわからない、なんでそんなに怒ってるの? いつも笑ってたじゃん!」
「今まではな。お前が言う通り奴隷だったんだよ俺は。でも、もうそれはやめだ。これからは自由に、好きな様に生きていくんだ」
金をテーブルの上に置き、荷物をまとめ、状況が掴めていない馬鹿を放置してエレベーターに乗る。
本来ならば会計を済ませるためにキャストを呼ぶ必要があるが、だいぶ多めに置いてきたから許されるだろう。授業料というやつだ。
「ねぇ待って! 何がそんなに気に障ったのか教えて! 謝るから! ねえ!」
何か言っている声が聞こえるが、エレベーターの壁に阻まれて良く聞こえない。大方、勝手に帰ろうとした俺への罵倒だろう。
いつもそうだ、あいつは俺が帰ろうとすると不機嫌になる。きっと金蔓がいなくなるのが嫌なのだろう。一体いくら俺から毟り取るつもりなのか。
だが、そんな不毛な毎日も終わりだ。これからは自分のために金を使おう。服を買って、髪を切って、新しいスタートを切るんだ。
ビルの外に出ると、街には仄かに夜の闇が近付きつつあった。
雲一つない空、落ちる夕陽はまるで過去の自分のようだ。
なんて綺麗な眺めなんだろう。当たり前の事に、普段下ばかり見ていたせいで全く気が付かなかった。大きく息を吸い込み、新鮮な空気で肺を満たす。身体中の細胞が活性化し、活力が溢れ出てくる。
「俺は自由になったんだ」
そう呟くと、言いようのない解放感が、喜びが胸の奥から湧き上がってくる。
高校2年生、明日からは夏休みだ。
約一月の貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。やりたい事がたくさんある。なんで今まで考えつかなかったんだろう。
気付けば、世界は色付いていた。
これからもっと鮮やかになっていくだろう。
足取りは軽く、人生で一番の幸福感を感じながら、俺は家路についた。