プロローグ
「ねぇ、起きて。蛹沢くん」
前方から、俺の眠りの邪魔をする、悪魔の囁きが響く。
彼女の“能力”的にも、ここは起きている事を伝えた方が良いのだろうが、その考えは、直ぐに頭の中から無惨にも潰えた。
彼女に関わることは、基本的に面倒なことばかりだからだ。
寝たふりをして、後から大惨事になることは火を見るより明らかだが、彼女に協力しても、同等なくらい面倒くさいことが起こるのも目に見えている。これだけは譲れない。俺は面倒な事は避けたいのだ。
もしかしたら、彼女が能力を使わずに折れてくれるかもしれない。
そんな微かな希望を胸に、俺は寝たふり大作戦を決行した。
「……蛹沢くん、私にその手のものが通用すると思った?」
あぁ、知ってたよ最初から。
それでも寝たふりをした俺を見て、彼女は何処か思うところはなかったのだろうか?ここまで断固拒否しているのに。
と、まぁ、寝たふり大作戦は彼女の能力によって、見事に一瞬で看破されてしまった。
顔を上げれば、黒髪に三つ編み、そして眼鏡と、なんとも真面目そうな(実際そうだが)少女が立っていた。
彼女の名前は西園寺奏。席が俺の一個前だというだけの、至って普通の女の子だ。
まぁ世間一般的には、彼女のような人間を美少女と言うのだろう。俺にはよくわからないが。
それにしても、本当に容赦がないな。
もしかしたら、能力を使わないでいてくれるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いた俺が馬鹿みたいだ。
「……あぁ、すまん。
どうせまた面倒な事をやらせるつもりだろ」
「蛹沢くんも、随分と察しが良くなったのね」
「嬉しくない」
本当に、此奴はわざとやってるのか?
俺が面倒事が嫌いなことは、俺と関わってきて嫌というほど知っているだろう。
…………うん、これは確実に嫌がらせだな。
何もかも、全てあの時から起きたことだ。
だが幾ら後悔してももう遅い。本当に、あの時の俺を恨みたい。