表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

[短編集]

恋した第三王子は天使から小悪魔に転身するようです

作者: 水上 いちか
掲載日:2020/05/10




 バルサラク王国には、とにかく沢山の鍵がある。


 鍵穴に鍵を差し込むごく普通のものから、四桁の数字を合わせるダイヤル式のものまで。大きさも形も、実に多種多様だ。

 だから皆、腰に重い鍵束をぶら下げて歩く。


「ああ、ちょっと待っとくれお客さん!」


 テントを出て来た白髪の老婆が叫ぶと、通りがかりの少女がぴたりと足を止める。


「忘れ物? ――なら、わたしがひとっ走り届けてあげるわ」


 少女は菫色の瞳を細め、にっこりと微笑んだ。





 ◇◇





 王宮の執務室は、朝から重苦しい雰囲気に包まれていた。

 金髪碧眼の王太子、アルバートが幾度目かのため息を吐く。握りっぱなしの羽根ペンの下の書類はもうかれこれ半刻ほど、アルバートの署名を待ちわびていた。

 そんな兄の様子を、第三王子のラウルが冷ややかな目で見つめる。


(ばっかじゃないの)


 結婚相手なんか父上――国王陛下にでも、適当に決めてもらえばいいのに。

 お忍びで行った王都でたまたま会った、どこの馬の骨ともしれない女に一目惚れして、恋煩いしてるだなんて。


(もう付き合ってらんないや)


 ラウルは豪奢な椅子にふんぞり返り、短い手足をううんと伸ばすと、大理石の床に降り立った。

 そのままてくてくと、大きな両開きの扉へ向かう。


「どこへ行くんだラウル。……まさかまた、サボるつもりじゃないだろうな」

「申し訳ありませんお兄様。僕、ちょっとお花摘みに」


 ふわふわの金髪を揺らしながら満面の笑みで振り向くラウルは、聖書に描かれている天使そのもの。

 あっという間に皆んなとろけて甘くなる。


「そ、そうか。気をつけて行くんだぞ」

「はぁーい」


(ちょろいちょろい)


 回廊を抜けて部屋へ戻ったラウルは、窮屈な上着をベッドの上に脱ぎ捨てた。クローゼットに隠してある侍従用のシャツとズボンに着替え、つば付きの帽子を目深に被る。

 鏡の前でくるりと回った姿は、どこからどう見ても地上に舞い降りた天使――もとい、平民の子どもだ。


「さーて。今日はどこに行こっかな」


 伸びをしながら中庭に出ると、頰に大きな傷痕のある男が草むしりをしていた。ラウルが近づいていくと、浅黒い顔を綻ばせる。


「おはようございます、ラウル様」

「メイファ、僕を王都に連れてって」

「かしこまりました。……ですが、執務のほうはもう宜しいので?」

「いいの。お兄様ったら例のお嫁さん探しに夢中で、ちっとも仕事にならないんだもの。それに僕、メイファと一緒にいるほうが楽しいし」

「……えっ……?」


 厳つい顔を真っ赤にした庭師が、大きな体を縮こませてもじもじする。


「そ、そ、そんな。らっ、ラウル様が私ごときと一緒にいるのがた、たの、楽しいだなんて」

「本当だよ。僕メイファのこと、大好きだもの」


 つま先立ちで耳打ちし、にっこりと微笑む。

 自分に傾倒している人間を操る事は、馬の手綱を操るより遥かに容易い。


(あの愚かな母親も、自分の美しさをもっと上手に使えば良かったのに)


 バルサラク王国には現在王子が五人いる。

 王太子のアルバートを含む四人が正妃の子どもで、ラウルの母親だけが第二妃のドミニク。王都で人気の踊り子だったドミニクは十年前――国王のたった一度のお手付きでラウルを授かり、第二妃となったのだ。

 しかし彼女の信仰する宗教では、婚前交渉は死に値するほどの大罪。敬虔な信者だったドミニクは、ラウルを産んだ直後に自らの命を絶ってしまう。

 赤ん坊のラウルに遺されたのは、天女と謳われた母親譲りの美貌だけ。


(僕はあの女とは違う)


 生き抜くためなら使える武器はなんでも使うし、どんな事でもやってやる。『神』なんて存在が不確かなもののために、命を散らすなんてまっぴらだ。


「王都に新しく出来たカフェがあったでしょ。そこに行きたい」


 ラウルはメイファのシャツをきゅっと掴んで引っ張った。頰を染めたメイファが、片付けもそこそこに手を差し出してくる。


「で、では、厩舎へ参りましょう。――ああ、そうだラウル様。鍵はちゃんとお持ちになりましたか?」

「もちろん。これが無いと、どこにも入れないもんね」


 そう言いながらズボンのポケットをぽんぽんと叩く。

 王族は鍵束を必要とせず、国内ほぼ全ての鍵穴に適合する『マスターキー』のみを持つ。

 そして――国王が所持するのは『グランド・マスターキー』。この国の全てが手に入ると云われている、唯一無二の鍵だ。


(そんな鍵束より重そうなもの、僕はぜんぜん興味ないけど)


 どこかの姫君に婿入りでもして、気楽に暮らしていければそれでいい。ガタガタと揺れる馬車の中、ラウルは大きな欠伸をした。




 あたたかな日差しの下――王都の街中を、ワンピース姿のご婦人方が闊歩する。重いコートを脱ぎ捨て歩く、その足取りは実に軽やかだ。

 腰に下げた鍵束だけが、いつもと何ら変わりない。


「何か軽くお食べになりますか? ラウル様」


 馬を繋いだバーの、ダイヤル式の鍵をかけながらメイファが言う。白い平屋建てのカフェの名前は『510』。由来は不明だが、ここの店主はどうやら数字好きらしい。


(鍵穴式なのはドアだけか)


 ラウルは頑丈そうな鉄製扉の前に立つと、ズボンのポケットから金細工のマスターキーを取り出した。

 ドアノブ下の鍵穴へ差し込めば、バルサラクの赤い紋章が一瞬浮かび上がって消え、かちり、と解錠する。


「僕、何か果物が食べたいな。例えば……林檎とか」

「それならアタシが剥いてあげるわ」


 突然降ってきた声に、ラウルが天を仰ぐのと、鉄格子に周りを囲まれるのが一緒だった。

 耳の奥まで乱暴に響く金属音と、まき散らされる粉塵。ぐらりと揺れる足下に目を奪われた瞬間、急に辺りが暗くなる。

 鉄の天井が、がしゃんと閉じた。


(これは……! 『檻』)


 バルサラクに時折出没する魔獣の捕獲用に作られたもので、特殊な魔法式による鍵がかけられている。檻をひらけるのは一部の魔導騎士のみで、ラウルの所持している(マスターキー)では解錠することができない。

 視界を阻む濃い霧に目を凝らすと、夜会服を着たひょろりと背の高い男が立ってるのが見えた。

 薄笑いを浮かべた白い顔に、不自然なほどつり上がった狐目。一見して、人とは違うモノ――"人外"と分かる。


「はじめまして、ラウル・テイルズ=バルサラク様」

「君、誰? 何故……僕のことを知ってるの」

「そりゃあ分かるわよ。マスターキーを持ってる可愛い天使ちゃんと言えば、あなた以外にはいないもの」


 男はシルクハットのつばを指先で摘み上げると、紫色の口端を上げた。


「アタシはベイカの黒ウサギ。よろしくね、王子様」

「残念だけど僕、人外とよろしくする趣味はないんだ。――メイファ、さっさとこのオカマを捕まえて!」

「あらやだ。一緒にいた彼のことなら、とっくに倒しちゃったわよぉ。アタシ好みのタイプだし、殺してはいないけど」


 ケラケラ笑うウサギの足元に、血まみれで転がるメイファの背中が見えた。

 掴んだ鉄格子の間から、ラウルがウサギを睨む。


「ッ何でこんな……いったい何が目的なんだ?」

「そんなの決まってるじゃなーい。天使ちゃんを人質にして、国王陛下を強請るのよ。『グランド・マスターキー』を寄越しなさい、さ・も・な・く・ば……ってね」


 ウサギは細く長い指先で、ラウルの顎をするりと撫でた。

 その足首を、浅黒い手が掴む。


「……ラ、ウル様に、触るな」

「メイファ!」

「あらあら、いじらしいこと。蛆虫にしては上出来ねえ。まっ、同情はしないけど」


 にい、と嗤った左目が赤く輝き、メイファに翳した手のひらから魔法陣が構築される。熱を帯び、揺らめくこの古代文字は――『火竜の燦爛砲』だ。


(まともにくらえば骨まで溶ける)


「待って! 僕、ウサギさんと話がしたい」


 ラウルの言に、黒ウサギがかくんと首を傾げる。


「お話? 天使ちゃんが、このアタシと?」

「うん。僕ね、ウサギさん達の住む"ベイカ"にとっても興味があるの。鏡の森やたたり池のお話が聞けたらすごく嬉しいんだけど……だめ?」


 柔らかな金髪がふち取る甘い笑み。

 多くの敵を味方に転じさせてきたラウルの武器に、黒ウサギは口元を綻ばせた。


「いいわよぉ。ただし……この害虫を駆除した後に、ね」

「! ――逃げろ、メイファ!」


 ラウルが叫ぶより一瞬早く、魔法陣から赤い群炎が放たれる。

 鉄格子から伸ばした手の先で、炎に焼かれるメイファの断末魔が上がった。


『ラウル様』


 脳裏をよぎった声に、ラウルの藍色の瞳が大きく見開く。


「お願い、誰か……! メイファを助けて!!」


 ――生まれて初めて、喉が潰れるくらい叫んだ。



「『フリーズ・ブラスト』!!!」



 空気を揺らす詠唱とともに、青い閃光が走る。ウサギの魔法陣が真っ二つに裂け、メイファを覆い尽くした炎が一瞬でかき消えた。


「なっ!?」

「下がって、王子様!」


 青く光る大剣を振りかぶり、地を蹴った少女が叫ぶ。ラウルは咄嗟に後ろへ飛び退いた。


「散れ!」


 少女が振り下ろした大剣が地面に突き刺さると同時に、辺りに垂れ込めていた濃い霧が吹き飛ばされ、眩しい日差しが帰ってくる。

 ぺたりと座り込んだラウルは、大剣を肩に担いで空を仰ぐ、黒髪の美しい少女を呆然と見上げた。


「遅くなってごめんなさい、王子様。わたしはエリー。モラヴィア辺境伯の新しい当主ですわ。以後、お見知りおきを」


 風に流れる艶やかな髪をかきあげ、菫色の瞳を細める。年の頃は十二、三歳くらいだろうか。背丈も腕の細さも、ラウルとほとんど変わりない。

 なのに――青い剣を手に胸を張る彼女の凛とした姿は、ラウルの心をこの上なく落ち着かせてくれた。


(きっと彼女は、誰より強い)


 何の根拠もないラウルの予感を肯定するかのように、黒ウサギが肩をぷるぷる震わせる。


「また出たわね。このっ、お邪魔虫!」

「それはこっちの台詞よ。つい最近ぶっ飛ばして説教してやったばっかりなのに、懲りずにまーた王子様に手を出して。馬鹿なの? それとも、その帽子の下のデカい耳は単なるお飾りなのかしら?」

「耳のことに触れるな、このクソガキぃ!」


 激昂したウサギの手のひらに再び魔法陣が浮かび上がる。

 エリーがほんの一瞬、口端を上げた。「かかったわね」呟きと同時に、青い炎が大剣を包み込む。


「ジュラ山脈まで跳んでけ、ウサギさん!!」


 横殴りの一閃が、火竜の咆哮を黒ウサギごと弾き飛ばす。青い軌跡の先に、きらりと光ったものは星か涙か。

 足を地面に踏ん張ったまま、エリーが大きく息をつく。


「……魔力を巻き込んでやった割には、あんまり飛距離が伸びなかったわね」

「本当にジュラ山脈まで飛ばしたの? あそこってほぼ氷山じゃない。凍死しちゃうよ」


 呟くように言ったラウルに、エリーが「あら」、と振り返る。


「ずいぶんと甘い事をおっしゃいますのね。国が乗っ取られるかもしれないという時に」

「乗っ取られる?」

「ええ。奴らウサギの狙いは国王陛下の『グランド・マスターキー』。つまり、このバルサラクの全てです」


 革ベルトで背負った鞘に大剣を収めると、エリーは鉄格子を掴むラウルの拳に自分の手を重ねた。


「わたしは国を守護する辺境伯の当主として、何がなんでも奴らの野望を阻止します。そして勅命に従い、貴方がた王子のことも必ず護ってみせましょう」

「……勅令って、いつ出されたの? 僕は初耳なんだけど」


 怪訝な顔で問うラウルに、ウサギを吹っ飛ばした豪腕の少女が、ほんのり頰を赤らめる。


「じ、実は……。就任初日、王都でたまたまお会いした王太子のアルバート様から、きゅっ、求婚されてしまったんです! でで、ですが恥ずかしさのあまり逃げ帰ってしまい……その、皆様方へのご挨拶もままならず。今の今まで、身を隠しておりました」

「………………は?」

「ももっ、もちろん、丁重に辞退させていただくつもりですよ? わたしのようにガサツで、女性らしさの欠片もない辺境伯が――お、王太子妃など務まるはずもございませんので!」


 真っ赤な顔であわあわとする、エリーを見てラウルの胸がざわつく。――というか、はっきりとムカついた。


(僕の手を握っても無反応なくせに)


 どす黒い感情が心の中に押し寄せ、やがてじわじわと侵食を始める。

 ラウルは、鉄格子からぱっと手を離した。


「はっ! も、申し訳ありませんラウル殿下。今すぐ誰か魔導騎士を連れて来ます。それで庭師の手当てとこの檻の解錠を――」

「エリー」


 細い手首を掴んで引き寄せ、頰に唇を落とす。


「これは僕からのご挨拶。これから宜しくね、エリー」


 悪戯っぽく笑ったラウルは、菫色の瞳を揺らす少女を満足げに見つめた。






「お兄様。このお仕事、何なら僕が変わりましょうか?」


 ラウルは机の上の書類をひょい、と持ち上げた。

 王太子のアルバートが顔を上げ、目をぱちくりとさせる。


「……どういう風の吹き回しだ?」

「お兄様の体が心配だからに決まってるじゃないですか。最近よく眠れてないのでしょう? これは僕がやっておきますから、お兄様は少し仮眠でもお取りになって来てください」

「ラ、ラウル……お前」

「やだなあ、泣かないで下さいお兄様。ちゃんと筆跡は似せてやりますからご心配なく。――おやすみなさい」


 兄を廊下に追いやり執務室のドアを閉め、ラウルはふっと口端を上げた。


(ちょろいちょろい)


 書類の束をかき分けて探し出したのは、近隣諸国の姫君からアルバート宛に送られてくる釣書の数々。ラウルはそのうちの一枚を抜き取ると、鼻歌交じりに手紙を書き出した。


『愛しい愛しいディアナ姫。僕は貴女の事を想うと夜も眠れません』……


 ここまで書いて、ついくすくすと笑い出す。コロッと騙される兄が可笑しい。こんなせこい真似を真剣にやってる自分が可笑しい。それに――つい、"愛しいエリー"と書きそうになってしまったことが、何よりも可笑しかった。





◇◇





 鍵だらけの王国、バルサラク。


 『グランド・マスターキー』と辺境伯の少女を巡り、二人の王子が国を二分する壮絶な争いを繰り広げる事となるのは、今から約五年後の話である。








拙作を最後までお読みいただきありがとうございました。

文中に何らかの手違いありましたら誤字脱字報告、面白いと思っていただけたらブクマ、感想、評価などいただけたら嬉しいです。

「こういうの書いて」とかリクエストなどいただけたら尚嬉しい。


ご意見等々も併せてお待ちしております!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 鍵だらけの世界がどのように活かされるのかが気になる。皇子だけが入れる秘密の世界に姫をご招待? [一言] twitterより。今作は外伝にあたるお話しなのかな? 本編だと誰が主人公なのでしょ…
[一言] 鍵だらけの王国という設定は面白いですね! ラウルのキャラもよかったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ