空に指切り
この小説は賞の応募用として書きました。その賞では「ピアス」がテーマになっていたため、それに沿って書かれています。
空に指切り
「翔太ってほんと、臆病よねぇ」
リビングのソファに座っていたお姉ちゃんは首だけボクの方に向けて言った。
その日、ボクはクラスの担任である千恵先生にこっぴどく叱られた。ボクだけではない。一緒に遊んでいたケンちゃんとリョウ君も叱られた。
何で叱られたのか、ボクたちはよく分かっていた。遊んではいけないと言われている場所で遊んでいたからだ。
ボクたちはその場所を恐竜岩と呼んでいた。その岩は、ボクたちの町の中心を流れている川にある。学校から近くにあるため、そこで遊ぶ子どもが多いのだ。
ただ、ボクにとって恐竜岩での遊びはちっとも楽しくなかった。恐竜岩での遊びといえば、飛び込みしかなかった。みんなは恐竜岩から平気で川に飛び込むが、ボクにはそれが怖くてできない。コウショキョウフショウというやつだ。何でみんながあんな高い所から飛び込めるのか、ボクには不思議でしょうがなかった。その飛び込みができないだけで、ボクはいつもバカにされる。
今日だって、飛ぼうとしたんだ。でも結局、下を見ると怖くて飛べなかった。自分のことながら、情けなかった。そうこうしている内に、橋の方から千恵先生の声が響き渡った。
千恵先生からはこっぴどく叱られるし、一緒にいたケンちゃんとリョウ君からは「翔太が飛ばないからだ」だの、「翔太はビビリだ」などと文句を言われた。
ガックリして家に帰ってみれば、お姉ちゃんからも臆病だと言われた。どこかで見ていたらしい。
「翔太には勇気が足りないのよ、勇気が。もう4年生でしょ?しっかりしなきゃ」
「うん……」ボクはうつむいて答えた。
自分でも臆病だなぁと思う。別に恐竜岩から飛び降りることだけじゃない。どうやらボクには勇気というものが足りないらしい。
ちなみに、お姉ちゃんも昔はよく恐竜岩から飛び込んでいた。中学校に入ってからは一緒に遊ぶことはあまり無くなってしまったけれど。
「男の子はカッコ良くなきゃだめよ。あれくらいのことはやらなきゃカッコ悪いわよ」
「うん……」ボクはまたしても力の無い声で答えた。
お姉ちゃんはカッコ良かった。スポーツは上手だし、頭も良かった。恐竜岩から飛び込むとか、ボクならひるんでしまうようなことも平気でやってのけた。
ボクもお姉ちゃんのようになれたらなぁと思う。
「お姉ちゃんはカッコ良いよね。何でもできちゃうもん。ピアスだってつけちゃうし」
お姉ちゃんは最近、ピアスをつけた。空の色のような石が埋め込まれたピアスで、カッコ良いお姉ちゃんによく似合っている。すごいなぁと思う。ボクならきっと怖くてできない。
「ああ、コレね。どう?」
「うん、すっごく似合ってると思うよ」
そう言うと、お姉ちゃんは嬉しそうに笑顔を向けた。
「翔太もピアスつけてみたら?きっとカッコ良いと思うよ」
「えぇー。無理だよ。ピアスって耳に穴開けるんでしょ?嫌だよ、怖いもん」
「はぁ……。翔太にもう少し勇気があればねぇ」
お姉ちゃんがため息をつく。ボクはといえば、
「う、うん……」また小さくなって返事をするだけだった。
「そういえばお父さんとお母さん、今日も遅くなるって。ご飯作るけど、何がいい?」
お姉ちゃんがソファから立ち上がる。
「ええと……。カレーライスで」
「りょーかい。じゃあ翔太はお米をといでくれる?」
「うん」
二人でカレーライスを作り、いつもと同じように二人で夕食を食べた。その日食べたカレーライスは一生忘れられない味になった。
次の日、お姉ちゃんは亡くなった――。
お葬式には、知らない人がたくさん来て、お父さんとお母さんにあいさつをしていった。ボクの知っている人も来たけど、何を話したかよく分からなかった。
棺の中のお姉ちゃんは綺麗な顔をしていた。死んでいるなんて、全然信じられなかった。
だって、昨日は一緒にカレーライス食べたんだ。ピアスのことを似合ってるっていったら、嬉しそうに笑ってたんだ――。
でも、夜になってボクは泣いた。枕に顔を押し当てて、何度も何度も、嘘だって言って泣いた。
そして、いつの間にか朝になっていた。
それから何日か経って、ボクはお姉ちゃんがいなくなってから初めて、お姉ちゃんの部屋に入った。
お姉ちゃんの部屋の前を通ると、ドアが開いていて、中から変な音が聞こえてきた。部屋の中を見ると、お母さんがノートを手にして泣いている。お母さんはボクに気付くと、慌てて涙を拭いた。
「あ、あら翔太、いたのね」
お母さんが手にしているノートは綺麗な表紙だった。
「お母さん、それは?」
ボクはノートを指差して尋ねた。
「これ?これはね……理恵の日記よ」
「お姉ちゃんの?」
「ええ。掃除しようと思って入ったら見つけてね。読んでいたらつい、ね」
そう言うと、お母さんはその日記をボクに差し出した。
「はい。翔太へのメッセージよ。お姉ちゃんからの」
「……ボクに?」
「ええ。最後のところよ」
ボクは日記を受け取り、そっと中を開いた。何枚か白いページをめくったあと、文字が書かれたページが現れた。左側のページにしか書かれていない。その左側に書かれたものを見る。
8月3日 木曜日 晴れ
今日もいい天気!こんな日は外で遊びたかったけど、やっぱり勉強しきゃね。受験生だし。そんなわけで、今日も図書館通い。明日もガンバろう!
図書館の帰りに橋の所で翔太を見かけた。恐竜岩の上にいたから、また怖くて飛び込みができないでいるのかと思ったら、案の定そうだったみたい。翔太が迷っていると、橋の向こう側から千恵先生がやって来て、なんか怒られてた。千恵ちゃん、相変わらず元気だなぁ。翔太は私には気付かなかったみたい。
家でテレビを見てたら、翔太が帰ってきたから、臆病だって言ってやった。もう4年生なんだからしっかりしなきゃ、勇気持たなきゃだめよ、って。ちょっと言い過ぎたかなって思ってたら、翔太がピアスのこと褒めてくれた。正直嬉しかったよ。ありがと、翔太!
翔太もピアスつけてみたら?って言ったんだけど、やっぱりダメだった。自分の弟のことを言うのもなんだけど、顔は良いんだから、つけてみたらカッコ良いと思うんだけどなぁ。
とにかく翔太はもっと勇気を持った方がいいね。これからは勇気持って頑張るんだよ!指切りげーんまんウソついたら針千本のーます!
それが日記の最後に書かれた内容だった。
その時、ボクはどんな顔をしていただろう。泣いてはいなかった。不思議と、とてもさっぱりとした気分だった。お姉ちゃんらしいなって思った。
ふと机の上に目を向けると、お姉ちゃんが使っていたものがいろいろと載っている。その中にあるものを見つけて、ボクは手に取った。それはお姉ちゃんがつけていた、空色の石が埋め込まれたピアスだった。ボクはそのピアスをギュッと握りしめた。
僕は恐竜岩の上にいた。見上げると、空は青くて、入道雲が近くに感じられた。とても、気持ちのいい日だった。
下の方を見ると、ケンちゃんやリョウ君が川に浮かんでこっちを見上げている。
「翔太ー、飛べるかぁー」
「翔太ー、今日こそ飛べよー」
耳に手を当てた。空色のピアスが手に触れる。もう一度空を見上げる。本当に気持ちのいい日だった。
――うん、やっぱりカッコ良いよ。
びっくりして周りを見渡したが、そこには誰もいなかった。夏の風に揺れている木があるだけだった。
僕は小指を立てて、空に向かって手を上げた。
「指切りだ、お姉ちゃん」
一つ大きく息を吐いた。前を向いて走り出す。恐竜岩の端を大きく踏み切り、僕は空に向かって飛び込んだ。
私の小説を読んでくださり、誠にありがとうございます。まだまだ未熟ですが、将来作家になりたいと考えておりますので、何かアドバイス、感想等いただけましたら大変嬉しく思います。