あいつと結婚なんて無理だった。
「ふふ、ティナ様に悪いですわ」
「いいんだ、ティナなんか俺の言いなりだからな」
あー、嫌なものを見てしまった。
お父様に言われて、夜会中に仕方なーく婚約者を探していた。
王宮の夜会ホールは広い。
探知魔法を弱く展開して探したその先に、婚約者はいた。
長い廊下の隅に、大きな花が生けてある影に。
うーん、見つけたくなかった。
私の婚約者、第二王子シルフ・ド・アイステリア。
そしてその王子と、何故か抱きしめあってチュッチュしてる女。
女の方は知らない。
私は、冷静に映像記録水晶でこの有様を撮った。
そして、夢中になっていて気づかない二人の前を去った。
「ティナ、どうだった」
ホールに帰ると、早速お父様に声をかけられた。
「あ、お父様。わ、私、あの殿下が……」
どうだったじゃない、分かるだろう。
内心で舌打ちしながらも、ハンカチを取り出しきつく握りしめる。
下斜めに視線をやり、伏し目がちにしてみせる。
私の溶けるような金髪に淡い紫の瞳で儚げな感じが出ているはずだ。
さしずめ裏切りに気づいたヒロインといった所か。
いつもこんな感じで王子には接していた。
言いなりになる弱弱しいタイプがお好きだと聞いていたからだ。
しかし、さっき一緒に居た女の子はまさかの悪女タイプだった。
「ふむ、ティナよ。殿下にならまだしも。何故私にやるのだね。まさか」
お父様が首を傾げるが、ハッと気づいたようだ。
「そのまさかだよ。証拠も取った。ここじゃなんだし、帰ってから相談」
私の言葉にお父様が神妙な顔で頷いた。
前々から危ないな、とは思っていたがとうとうシルフ王子に裏切られた現場を見た。
しかしお父様も、王子に気に入られるように努力していた私を知っている。
頷かざるを得ないだろう。色々な意味で。
+++
私は、アイステリア王国の侯爵家令嬢ティナ・ド・タージ・ノクリスだ。
お母様は、私を産んですぐに亡くなった。
そのため、ノクリス家を継げる者は私しかいない。
だから、15歳まではそのつもりだった。
次期侯爵として、経営を学び、武術を磨いていた。
国を守るためにも、領地のダンジョンや魔物を管理するにも経営術と武術は必要だ。
ああ、もちろん。
無難な貴族から婿をもらい、子を産み次代に繋げていくことも大事だ。
だから幼い時に、辺境伯の次男アルフレッド・ド・イワノワと婚約も決まっていた。
私は決まっている事には全力だ。
次男とも無難な愛を育み、18歳になったら結婚をと思っていた矢先だった。
同じ年のアルフレッドと社交デビューした王宮の夜会での事だった。
第二王子シルフに見初められてしまった。
「一目見て好きになってしまった」
だそうだ。
分かる。
自分で言うのもなんだが、淡い金髪と紫の瞳の儚げな美貌だ。
お父様が溺愛したお母様の美貌を受け継いだ私だ。
しかし、まさか美女を見慣れているはずの王族に見初められるとは思わなかったが。
というか、その時私はアルフレッドにエスコートされていた。それなのに、堂々と一目ぼれしたとは。
やばいやつだ。
しかも次の日に、
「俺の婚約者になって下さい」
と屋敷に突撃してきた。
他の王族はそんな第2王子を許したのだろうか。
誰か止めろよ。
私は体調が優れない、とあえて会わなかった。
お父様が応対した。
その後、お父様と私でよくよく話し合った。
王太子に何かあったら、王位を継ぐ可能性も出てくる第2王子だ。
王族からの求婚は非常に断りにくい。
まあ、あっちの言い分としては、王族との繋がりが強固になるし、第2王子妃はノクリス家にとって十分魅力的だ、という事だ。
後は、次期侯爵の問題だが、王子妃となって嫁入りしても、今までの例からして私が子供を二人産めばいい。
第2子を次期侯爵としてくれるだろう。
元々、魔法でもなんでも使って2人以上は産もうと思っていた。お母様の血筋を絶やさない為にも。
まあ、だから話し合った結果求婚を受けるしかないという結論になった。
もちろん、侯爵家から辺境伯に多額の慰謝料を払おうとした。しかし、王族からの求婚ならそもそもどうにもできない、と受け取っては貰えなかった。
後、婚約者のアルフレッドとはそもそも無難に愛を育んでいたので、普通に泣いた。
普通に好きだった。
無難な所が。
アルフレッドにもそういう事情を説明したら、
「しょうがないなぁ」
と困ったように微笑んでいた。
茶色の髪に茶色の瞳の、目に優しい無難な色彩が素敵だった。
後、
「無表情に泣きながら好きとかいうのが怖い」
と言われた。解せない。
私の複雑な乙女心を理解してほしい。
という事で、あれよあれよという間に第2王子シルフ・ド・アイステリアとの婚約が決まった。
そうと決まったら決まった事には全力な私だ。
お父様の情報によると、シルフ王子は、
『弱弱しく儚げな言いなりになる大人しい女がタイプ』
と友人とよく話しているらしい。
くそが。霞とでも結婚してろ。
どうりで本当に儚かったお母様に似た私に一目ぼれをしたわけだ。
しかし、婚約が決まったからには円満にやっていかなければいけないだろう。
私は『弱弱しく儚げな言いなりになる大人しい女』を演ずることしたのだ。
あ、演技指導には、お母様の事もよく知っている腹心の侍女アンナにお願いした。
本当に儚く清楚な美女だったお母様だったらしいから。アンナの記憶にあるお母様の演技をすればばっちりだ。
………最初はうまくいっていた。
儚げな大人しい演技をする私に、シルフ様は夢中だった。
「寝ても覚めても君のことを考えている」
(いや、王族としての仕事も考えて欲しい)
とか。
「一目見た時から君の事しか見えない」
(隣のエスコートしてたアルフレッドは目に入ってなかったって訳?)
とか、口で砂糖でも作っているのかぐらいの夢中ぶりだった。
※かっこの中は私の心の突っ込みだ。
が、半年も経つうちに雲行きが怪しくなってきた。
女の影がちらつくようになってきたのだ。
まあ、私のお父様と違って『大人しい女』は物足りなくなってきたのだろう。
いや、実際の所はよく分からないが。
一体私の何が不満だったんだ。一生『大人しい女』の演技をしてやるつもりだったのに。
一応、
「シルフ様、私は信じております………」
と王子と二人きりになった時に言った。
ハンカチを握りながら涙目で。(目薬使用)
だが、その時だけの関心をこっちを向かせられるだけだった。目を離すと無理だった。
隠す努力はしているようだったが、裏では貴族たちにひそひそされていた。
相当、王族の評判は落ちただろう。
一つ、年頃の婚約者達を引き裂く。
一つ、一年も経たないうちによそ見する。
一つ、1人しかいない次期侯爵を嫁入りさせる。
かといって、王子は他の女たちと遊びながら私との婚約は続けるつもりらしく、婚約破棄は言い出されなかった。
一応、私は侯爵令嬢なのだが、王子と火遊びを楽しむ女と、
「シルフ様と別れて下さらない?」
「………そ、そんな……」
のやり取りをしたことがある。
もちろん、「………そ、そんな……」が私のセリフだ。
王子と火遊びを楽しむ女は揃いも揃って無礼だった。
王子は『悪女で無礼なタイプ』が実は好みだったのだろうか。
火遊びは上手くやれ。
それはともかく、以上を持って王族と結婚のメリットをもってしても派手な火遊びはない。
あり得ない。
王族の品位も落ちるし、ウチのノクリス家の評判も落ちる。
何より、王子の事を私は好きではないが、王子も私も好きではなかったら結婚に何の意味があるというのだ。
円満に無難にと頑張って伸ばしていた私の手を、王子が振り払ったのだから。
だから、裏切りを記録した映像記録水晶を王族に提出した。
出来る限り最速でお父様に持って行かせた。
最速で婚約破棄の申し出は受理された。
シルフ王子が止める隙もなかった。
本当に流れるように受理されたらしい。
詫びの金もたんまりと貰った。
すると、今回の事で悪評が広まったシルフ王子は誰とも婚約はできなくなったらしい。
伴侶のいない王子は王位継承権から外され、第三王子が繰り上がったそうだ。
シルフ王子は私とよりを戻そうと、ウチの領地に入ろうとしたらしい。
しかし、今度こそ門前払いをしていると聞いた。
普通に前の求婚の時、いくら王族と言っても突撃訪問されたのがありえなかった。
+++
そして、私は……。
どうしようか。
また次期侯爵の令嬢に戻るだけだが……。
さすがの私も疲れてしまった。
もう次期侯爵の勉強はあらかた終わっている。
後は日々の細々とした仕事だけだ。
ああ、また一から婿を探さなければならないか……。
アルフレッドには酷いことをした。
何だか1人になりたい。
私は朝食を摂った後、侍女のアンナを下がらせた。
自室で1人、椅子に座って頭を抱える。
疲れてしまった。
何か気分転換でも……。
……あ、そうだ! ダンジョンに行こう!
幸い、ウチの侯爵領にはダンジョンがある。
ダンジョンで魔物をバッサバッサと切ろう!
気が晴れるかもしれない。魔物から魔石をとって、ついでにダンジョンで宝箱でも見つければ!
ふふふ。
なかなか良い思いつきだ。
「アンナ! 近くのダンジョンに行ってくる!」
扉の向こうにいるアンナに叫んだ。
「えっ、ティナ様! 護衛をお連れください!」
「いらない! 率直に言って足手まといだ」
まだアンナは何かを叫んでいた。
私は何だか清々しい気持ちで窓を開けた。
窓枠に足を引っ掛けて思い切り飛び出る。
空中にいるときに衣替えの魔法を唱えた。
風を操って、着地の衝撃を和らげる。
ああ、爽快だ。
思い切り深呼吸して、つぶっていた目を開ける。
すると、目の前には、
「アルフレッド!」
好きだった婚約者が笑っていた。
茶色の髪に茶色の瞳。軽鎧を着ている。
「そろそろかと思ったんだ。ティナならそろそろダンジョンに行く頃かもって」
アルフレッドの柔らかい微笑み。
私は何だか涙が出て、アルフレッドがよく見えなくなる。
「あいつと結婚なんてやっぱり政略でも無理だった。普通にあいつは裏切った。それに、私は少しもあいつが好きになれなかった。王族らしくなんか丁寧な顔をしていたが、アルフレッドの方がいい」
「だろうね」
私の身勝手な言い分に、アルフレッドが頷く。
よく考えると、すごい自信だ。
王族よりアルフレッドの方がいいと、私が思っているという事を分かっていたなんて。
ちょっと悔しかったが、やっぱりアルフレッドが良かった。
次期侯爵の私を無難に支えてくれるアルフレッド。
私の好きな笑顔。
王族に言われたから断れなかった、なんて言い訳はしたくない。
私は地面に土下座した。
「すまない。好きだ!私と結婚してくれ!」
都合の良すぎる言い分だ。このウジ虫が! と罵られても仕方ない。なんなら、私も王子と同じように婚約者がいない、という事もあるだろう。
「ティ、ティナ!立って!」
「結婚して欲しい!」
「分かった。分かったから立って!」
「本当か!」
アルフレッドの返事に、私はばね仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がる。
「いたっ!」
勢い良すぎて、アルフレッドの顎に頭をぶつけた。
「すまない!」
私が青くなって謝ると、アルフレッドが吹き出した。
顎をさすっている。
「いや、きちんと言った事なかったかもだね。僕もティナが好きだよ。大好きだ」
アルフレッドが手を伸ばして、私の頭もさすってくれた。その馴染みのある体温に、私はホッとする。
アルフレッドも私が好き……。
「多分、ティナは良いって言ってくれるのだろうけど、僕でいいのかなって、ちょっと思ってた。次男だしね。伯爵の次男って、王族の繋がりに比べればそこまででもない」
「そもそも王族の繋がりがない状態での経営を考えてた」
「まあまあ」
私のすかさずの突っ込みにも、アルフレッドは柔らかく微笑んだ。
「無難に元さやに戻れるかもって。そろそろティナがダンジョン行きたくなるだろうから、素知らぬ顔して合流できればって。ティナみたいに潔く結婚してくれなんていえなかった」
「アルフレッドとの元さやなら大歓迎だ。あいつとはもう無理だが」
シルフ王子とはもう顔も合わせたくない気持ちだ。
私はムカムカして腕を組んだ。
「ティナ、結婚してください。そして、とりあえずは一緒にダンジョン行こっか?」
アルフレッドが私に手を差し出す。
私は笑って、手を重ねた。
涙はいつのまにか乾いていた。
「うん、行く!」
シルフ王子の事は狂犬にでも噛まれたと思おう!
私は晴れやかな気持ちでアルフレッドと手を繋いでいた。
無難な人が好みという人がリアルで居て、昔びっくりしたのを覚えています。
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