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友人とくじ引き 東堂有吾の愚痴

「さぁーて、じゃあまぁぼちぼち決めてけお前ら」


 そんなやる気のない号令が発せられ、授業中の教室は一気に静寂を失った。


 前後の黒板を利用して、クラスの中心のようなポジションにいる連中が何やら白チョークで書き出している。右から一班、二班と。下に名前を書く余白を作り、大体等間隔で六班まで。班決めの土台がこれで設けられたというわけである。


 一ヶ月後に修学旅行を控えたうちの学年は、それの前準備ということで幾つかの工程が授業と現在進行形で進められている。

 しおり制作やら、史蹟の勉強やらがそうで、本日の班決め企画はその中でも生徒が待ち望んでいたものだと思われる。


 それはそうだろう。修学旅行と言えば聞こえは良いが、結局のところその本質は息抜きで、勉強という名目を付けただけのコミュニケーション行事なのだから。

 どこへ行くかに一喜一憂し、誰と同じ班になるかで盛り上がり、当日までは少しの間その話が続けられる。


さとし。班まだ決まってねぇ?」


 あちらこちらで同性同士の班が決められていく中、机で頬杖をついていた俺のところにも一人、手をふりふりとしながらやってくる。

 ワックスでパーマみたく整えられた暗い茶髪、人の良さそうな柔らかな笑顔。凡そ俺と話すに似つかわしくない彼の名前は東堂とうどう有吾ゆうご。小学校の頃からの俺の知り合いで、同じクラスになった今年は特に仲良くしている友人だ。


「……あー、決まらないかも」


 友達が一切いないというわけではないものの、修学旅行で一緒の班になろうなんていう親しい相手は実のところいない。それこそ、有吾ゆうごにこうして話しかけられなければ、あまり者同士の班を組まされることも覚悟はしていたくらいだ。


 とはいえ、一応考える素振りだけはして、しかしそんなことも意味ないだろうと思い直す。


「決まらねぇんじゃん。俺もあんまあれだし、一緒の班にしねえ?」


「ん。それは良いけど、お前が組む奴いないってのは嘘だろ」


「組んでくれる奴はいるかもしれないけど、組めるのと組みたいのとはまた別だと思うんだよな」


「……ああ、なるほど」


 有吾ゆうごの言っているそれは、分からないことではない。とりあえず一緒にいる人間。一先ず孤独は恥ずかしいからと、徒党を組んで安心感を作るのは学生の性だ。

 趣味が特殊な人間も、似た者同士でグループを作る。そして、なんとなく全員それを頭で理解している。だからこそ、今回の有吾ゆうごのように、本当の意味で親しくしたい、大事にしたい、と思える人物は限られてくるのだろう。

 だから、重い、なんて言葉も生まれたりするのだ。


「じゃああとはどの女子グループとくっつくかだけど、こればっかりは運だな」


 適当に、有吾ゆうごは教室後方に集まっている女子の方を一瞥した。


 この高校の修学旅行は、基本的に男子と女子のグループが合体して一つの班になる。場合によっては別行動も許可されるらしいが、異性間の隔たりを無くすというのも、修学の一貫に含まれているのかもしれない。そんなことはまずもって不可能ではあるけれど。


 どちらにしても、ここから先は有吾の言う通り、運任せだ。なるべく顔が可愛くて、なるべく優しくて、なるべくお互いに迷惑がかからないタイプの者。くじ引きの結果、どの女子グループと同じ班になるのかだけをのんびりと待つ他ない。

 それにしても、くじ引きで最終的な組み合わせを決めるなんて、やること中学生かよ。いや、分からない。もしかすれば、くじというのは最強なのかもしれない。原始的すぎて中学どころか小学生のお遊戯でも出来てしまうそれは革新的なモノだった可能性も。


 授業中。特に暇な時間というのは、机の木目を弄りながらそんな何の役にも立たないことばかり考えてしまうものである。

 そうして自分に呆れている内に、決定した班が名簿のように黒板に書き記されていった。


 さて。くじ引きの結果に盛り上がる教室の空気を他所に、てとてとこちらへ歩み寄ってくる一人の女子がいた。

 彼女の立ち振る舞いは、一言で言えば、見目麗しいと、そう表すのが適切だと思われた。卵型の顔形に、くっきりとした目鼻立ち。肌も綺麗で、一学年に一人いるかいないかくらいの美少女。


 一花ひとはな朱音あかねは、その大きな瞳をこちらに向け、見上げる俺と有吾ゆうごにこくりと大きく頷いた。


有吾ゆうごくんたちと同じ班だよね。よろしくっ」 



 ☆



「いや、まさかな」


 頭を掻きながら、有吾ゆうごは口を開く。

 少し早い夕焼けが校舎に射し込み、廊下全体が紫に似た赤色に染められていた。どこを切り取っても見栄えの良い写真が撮れそうな、いっそある種の不気味さすら感じさせる幻想的な風景が、放課後の生徒を包み込んでいる。


「いやぁ、そのまさかだな」


 持ち帰ってきた空のゴミ箱を教室の隅に戻し、幼馴染に合わせてさとしも苦笑を返す。

 放課後になって、殆どの生徒が部活や塾へと向かった後の校舎は、心地の良い静寂を纏わせる。


 グラウンドの方からは、威勢の良い掛け声や、小気味のいい金属バットの硬質な音が聞こえてくる。窓から下を眺めると、そこでは丁度吹奏楽部が体力作りの一環でランニングをしているところだった。

 体育で使われるジャージ上下。緑を基調としたベースに白のラインが数本入ったこの高校特有のそれが、グラウンドを埋め尽くしている。


 夏の大会が近いということもあって、どこか校舎は活気に満ちている。

 そんな部活の雰囲気に懐かしさを感じたのか、さとしはプールのある方向にしきりに目を向けていた。少なくとも、有吾ゆうごはそのように感じていた。


 有吾ゆうごは、バイトを優先的にするという考えもあり、入学当初から部活動には参加していない。そのため、放課後は同じ帰宅部の生徒と語らい、たまにどこかへ寄り道をして帰って行く。というスタイルを続けていた。

 水泳部に所属していたさとしと話すタイミングはやはり無く、こうして二人で話すのも懐かしいと感じているのが本音だった。


 二人が先ほどから目を見合わせているのは、ひとえに六限目の班決めに関してのことである。


 さとしが言葉に悩んでいることに気付いていながら、有吾ゆうごは自分らしくないため息をついた。頭に置いた手は流れて首元まで至り、じわりと汗ばんだ首元をそのまま襟元で軽く拭う。


 人の在り方は千差万別で、一人として同じ人間は存在しない。いくら似ているように見えても、それは別のものでしかない。

 教室の中心に誰がいようと、四隅で誰が何をしていようと、有吾ゆうごの知ったところではなかった。たまたまノリの合う人間とその場その場で会話をかわし、家路についてからどっと疲れた体を癒してやる。


 今回の班決めで、いつもの面子から外れたのは、グループが班の定員数を超えていたからで、さとしが一人でいたから。それだけのことだ。

 偶には、本当に偶には、疲れない自分でいたいと考えただけのことだった。


 それが、何故かだ。よりにもよって、教室どころか学年単位で考えても目立つ優等生。あの一花ひとはなと同じ班になってしまったなどと。これはもうため息を出さずにはいられない。


「まぁ、普通ここは喜ぶところなんだがな」


 顔だけで面倒臭いと主張してくるさとしに対し、有吾ゆうごはそんな話し方をした。


 一花ひとはな朱音あかね。成績は優秀、言葉遣いや立ち振る舞いまでも完璧で、人当たりもいい。眉目秀麗びもくしゅうれい閉月羞花へいげつしゅうか。女性と話す時は快活で、リーダーシップもとれるし、サポート役もこなせる万能人。異性相手には歩幅一歩分距離を置いたスタンスで、謎を秘めたクラスメイト、といった形を崩していない。


 要するに、分かりやすい人物だということ。


 近くにいる分には、目の保養になる。さりとて、何か口うるさく言ってくるわけでもなければ、こちらが腹を立てるようなことをするわけでもない。


 ———偏見かもしれねぇけど。


 とりあえず、みんなからプラス方向に思われている自分。それを保てる限り、こちらの都合の良い顔を見せてくれる人間。


 というのが、有吾ゆうごの大まかな考えだった。


 高校生における一生に一度の修学旅行だ。どうでもいいとはいえ、班に拘る気持ちも当然ある。むしろ、変に厄介な相手と当たらなくて安心するべきなのだろうが、彼にはどうしても納得がいっていなかった。

 胸のあたりに何かがつっかえているような感覚。例えるなら、咳払いをしないと喉に違和感を覚えてしまうような、そんな感覚が、気持ち悪くて仕方がなかった。


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